第30話 バナンバタウン
翌朝――宿の部屋の窓から差し込む朝日と共に目を覚ます。
山を反対に下って子どもたちを送り届けているオデコさんが帰ってくるまで、私たちはバナンバタウンでのんびりしていればいい。
お日様が昇るのに合わせて早起きする必要はない……こともない!
「さて、身支度を済ませて混雑する前に冒険者ギルドへ向かうとしようか」
「はーい!」
昨日、寝る前にみんなで話し合って「明日は冒険者ギルドの支部に向かおう!」と決めていた。
フラウ村にはなかったけど、このバナンバタウンには冒険者たちが仕事の依頼を受けたり、生活の拠点にしたり出来る施設があるんだ。
それこそが冒険者ギルド=バナンバ支部!
オデコさんがこの街を活動の拠点にしているということは、この街でこなすべき仕事があるはず。
その仕事が終わらない限り、オデコさんは絶対に温泉に来てはくれない。
だから、オデコさんがバナンバタウンに帰ってくるまでにその仕事の内容を調べて、サクッと終わらせられるように私たちで準備をしておこうと考えた!
私とガルーだけでなくシャロさんにムニャーも早起きして、みんなで宿から街の通りに出る。
冒険者ギルドへの道も調査済みだ。
「ほへ~……! まだ朝も早いのに、この通りには屋台がたくさん出ていますね」
シャロさんがきょろきょろと視線を左右に振る。
どちらを向いても一人か二人で切り盛りするような小さな屋台が道端を埋めている。
そして、その屋台で売られている物は……すべてバナナだっ!
一房丸ごと売りから一本単位での販売、バナナチョコなどのスイーツも売っている!
「バナンバタウンが王国一のバナナの名産地とは聞いていましたが、朝からこんな一斉にバナナばかり売って、商売が成り立つのでしょうか? お店同士が競合して共倒れするのでは……?」
シャロさんがもっともな疑問をつぶやく。
いくらバナナが甘くて美味しくて栄養満点で、しっかりお腹にたまる食べ応えがある素晴らしいフルーツとはいえ、通りに並ぶほぼ全店舗がバナナを売っていてはお客さんも混乱するのでは……?
まあ、地元の人ならどのお店が美味しいか知っているのかも?
「初めてこの街に来た私たちには、どのお店のバナナが美味しいのかわかりませんねぇ。とりあえず、今はまず冒険者ギルドへ……」
「……いや、我にはわかるぞ。こっちだ」
ガルーが鼻をひくひくさせながら、先頭を歩き始める。
それから少し通りを進んで、チョコバナナを売っている屋台の前でガルーは足を止めた。
「ここの店のバナナ……いや、正確にはここのチョコバナナが一番美味いはずだ。全体の味を引き締めるビターなチョコレートとそれに合う甘いバナナを使っているのが匂いでわかる」
「そうなんですか~……ん?」
私はどのお店のバナナが美味しいのかわからないとは言ったけど、別に美味しいバナナが食べたいとは言っていないよね?
でも、ガルーが気を利かせてくれたんだから、ここは素直にチョコバナナを食べて……。
「我は三本欲しいぞ……! ビターチョコ、ミルクチョコ、ホワイトチョコで食べ比べをする……!」
ガルーのことを知らない街の人たちには声が聞こえないようにボソボソとつぶやくガルー。
声は小さくても、その言葉に乗せられた意思は強そう……!
口を開けて舌を出し、へっへっへっ……と呼吸までご機嫌だ!
「……もしかして、ガルーがチョコバナナを食べたかったんですか? そういえば、甘い物がと~っても好きでしたよね」
「なっ、何を言うか……!? これはせっかく王国一のバナナの名産地に来たのだから、セフィラに一番美味しいバナナを食べてほしいと思ったが故の行動で……! それに朝食も取らずに宿を出てきたから、腹も減っているだろうと……!」
「ふふふ、ありがとうございますっ。でも、これからはガルーも食べたい物があったら、素直にそれを口に出してもいいんですよ? 戦争の時は兵を鼓舞する神獣としてお堅い振る舞いが求められましたけど、今はもうその役割を十分に果たし終えたんですから」
しゃがみこんで、ガルーの耳元でささやく。
ガルーはハッとした表情で私の顔を見た。
「それも……そうだな。別に誰に見られているわけでもないか。まあ、それでも照れくささがないわけではないが……」
「何も照れる必要はありませんよっ。神獣が甘い物大好きだっていいんです。むしろ胸を張って甘い物好きをアピールし、いずれ王国の誰もがそれを知っているようになれば……!」
「そ、そこまでする必要はない……! とにかく今は目の前のチョコバナナが食べたいだけなのだ……!」
「はーい! ガルーはビターチョコ、ミルクチョコ、ホワイトチョコの合計三本ですね。私はどうしましょうか……。あっ、シャロさんとムニャーも食べますか?」
そう言って振り返ると、シャロさんとムニャーは別の屋台に熱い視線を向けているところだった。
あれは……クレープ屋さんだっ!
「なるほど、シャロさんたちはクレープをご希望ですね」
「あ、いえいえっ! ちょっと気になって見ていただけです……!」
シャロさんが手をぶんぶん振ってクレープへの興味を否定する。
でも、それは私に遠慮しているだけなのがバレバレだ。
ちょっと意地悪しちゃおうかな……!
「そうですか~。ならいいんですよ? 私とシャロさんの仲ですから、クレープを食べたい気持ちに嘘をついて遠慮してるなんてことはありませんよね! もし遠慮なんてされたら、シャロさんとの間に壁を感じて、ショックを受けちゃうところでした!」
「えっ!? あー……な、何だか今この瞬間すっごくクレープが食べたくなってきました! セフィラ様、クレープを一緒に食べましょう!」
「はい、わかりました! 時間に余裕がないわけじゃありませんし、思う存分バナナを食べながら冒険者ギルドに向かいましょう!」
「ムニャ~!」
お腹を空かせていたムニャーも話に乗っかってきた。
さあ、食べ歩きスタートだっ!




