第3話 どこに行こうかな?
「ひぃぃぃぃぃぃっ!! お許しください神獣様ぁぁぁぁぁぁっ!!」
「うるさい、黙れ下衆が」
家に到着後すぐに中から飛び出してきたシオーネおばさんにガルーが圧をかけた。
体がおっきくて意地悪なシオーネおばさんも、ガルーににらまれたらぷるぷる震えるしかない。
「セフィラの準備が終わるまでおとなしくしていろ。そうすれば命だけは助けてやる」
「ほ、本当ですか……!?」
「まあ、我としてはすぐにでも食ってやりたいところだがな。無駄な殺生をセフィラが嫌がるから、致し方なく生かしておいてやるだけだ」
ガルーは相当怒っているみたいだ。
おばさんは私を売り飛ばそうとしていたみたいだし、そりゃ当然も当然よね。
かばってあげる義理もないから、私が旅の荷物をお気に入りのトランクに詰め終わるまで、せいぜい怖い思いをして反省してほしい。
「さてと……何を持って行こうかな?」
お金は当然持って行くとして、着替えの服も必要だよね。
それに水筒と薬草、非常食にフード付きのマント……後は戦争中に使っていた自衛用の魔法道具をいくつか持って行こう。
戦争が終わったと言っても、街の外には盗賊やモンスターがうろついている。
ガルーがいれば安心だけど、離れ離れになる可能性もゼロじゃないから対策は大事だ!
テキパキと必要な物を詰め、10分くらいでパタンとトランクを閉じる。
「よしっ、準備完了! ……でも、勇者様から受け継いだもの全部は持って行けないな。かといってシオーネおばさんに預けておくのは嫌だしなぁ~」
「それなら気にする必要はないぞ」
腕を組んでうんうん悩んでいると、窓の外からガルーが話しかけてきた。
「あの女には自らの立場をよぉぉぉぉぉぉく言い聞かせておいた。心を入れ替え、セフィラのために働くと言っている。グラストロの遺産の管理はあの女に任せよう。その報酬として預けている金銭の一部の使用を許すことにした」
「ガルーがそう言うなら、それでいいと思います!」
ガルーの「言い聞かせる」は、そんじょそこらのお説教とはわけが違う……。
まさに人が変わったように、ひねくれ者が素直ないい人になる例をいくつも見てきた。
そして、その人たちはガルーに絶対逆らえなくなるんだ……!
ちょっと怖いけど、そんな一面も含めてガルーが大好きだし、今回もその怖さに助けられた。
ガルーの提案通り、勇者様の遺産の管理はシオーネおばさんにやってもらおう。
「あ、でも……バジルが無理やり遺産を奪いに来るかも……?」
「その場合は抵抗せずに明け渡せと言ってある。我々がすべてを持ち歩けない以上仕方がない。まあ、どれも金になる貴重な物品ゆえに、捨てられることはあるまい。物が残ってさえいれば、いつかまた巡り合うこともあるだろう」
「そうですね……そこは割り切るしかありません」
「遺産に縛られてセフィラが動けなくなることを、きっとグラストロは望まない。だから、気にすることはない。準備が出来たら、すぐにでも出発するとしよう」
「あっ、最後に1つだけやることがあります!」
「む……?」
「お着替えです! 今の服は道で転んで泥がついてるし、普段着だから旅立ちの衣装にはふさわしくないかなと思いまして」
「なるほど。では、我は玄関の前で待っているぞ」
私の着替えを覗かないように、ガルーが窓から離れる。
私を1人のレディとして扱ってくれる紳士な神獣、それがガルーなんだ。
「それじゃあ、ちょっと冒険してみようかな!」
それから約10分後――。
フリルのついたクリーム色のワンピースを身にまとって、玄関前で待っていたガルーと合流した。
「この服……似合ってますか?」
今まで着てこなかった乙女チックなふんわりファッション。
新たな人生の旅立ちには新しい姿がふさわしいと思って、勇気を出してタンスから引っ張り出してみた。
さて、ガルーの反応は……?
「お……お……おお……」
目を丸くして半開きの口から「お」だけをひたすら発している……。
もしかして、あの紳士なガルーが反応に困るくらい似合ってない!?
「ご、ごめんねっ! 私にはこんな服に合わないませんよね! そもそも動きにくそうだし、すぐに着替えてきます……!」
「かわいい……! 普段からかわいいが、それがさらなる高みへ……!」
ガルーが息を荒くして、金色の瞳で射貫くように私を見つめている。
というか、こんなに直接的に「かわいい」って言われるの初めてかも。
いつもは「美しい」とか「可憐だ」とか、ちょっと大人っぽい言い回しだもの!
「私……かわいい? 本当に本当?」
「うむうむっ! 最高にかわいい……あっ、いや、むむむむむ……っ!」
自分の普段使わない言葉に気づいて、ガルーは照れ臭そうに視線を逸らす。
「ガルーがかわいいって言ってくれて、とっても嬉しいです! かわいいものはかわいいんですよ! 他の言葉では表現出来ずに、かわいいが出てくるのも当然です! さあ、素直な心でもっとかわいいと言ってください!」
両手をバタバタさせてガルーから「かわいい」をさらに引き出そうとする。
ガルーは恥じらいながらチラリとこちらに視線を向け、たっぷり間をおいてから口を開く。
「……セフィラはかわいい、この世界で最もかわいい存在だ!」
「え、ええっ!? そ、それは言い過ぎですよっ!」
今度は私が照れてしまう……!
「もう、ガルーったら……お世辞が上手になりましたね」
「世辞でも虚言でもない! シルクのようになめらかな銀の髪、琥珀のように深みのある金の瞳、百合のように白く華奢な肉体、そして何より天使のように優しき心! この冥府の番犬にして神獣のガルー……セフィラに対して偽りの言葉など述べんっ!」
吹っ切れて恥ずかしさが吹き飛んだのか、ガルーはしっぽをぶんぶん振りながら、頭を私の体にすりすりしてくる。
「ちょっと恥ずかしいけど……褒めてくれてありがとう。ガルーはこの世界で一番カッコいいね!」
「うむっ! グラストロ亡き今では我が一番かもしれんな! フハハハハッ!」
大声で笑い、しっぽを振るスピードが上がるガルー。
お堅い性格に見えて、結構お調子者な一面もある。
いつも褒め言葉をそのまま受け取ってくれるから、褒める私も嬉しくなってくる!
「さて……かわいいセフィラよ、どこへ行きたい?」
「そうですね……。いきなりどこにでも行けるとなると、案外悩んでしまうのですが……」
「本当にどこでもよいのだ。食べたい物、見たい景色、会いたい者、何か興味がある場所をパッと思い浮かべればいい。我がどこへでも連れて行こう」
う~んと考え込んでいると、不意に私のお腹が「ぐぅ~!」と鳴った。
そういえば、今日はろくに食べてないかも……!
恥ずかしくて顔が赤くなるのを感じていると、ガルーが小さな声で「かわいい……」とつぶやいた。
そんなガルーをジーッとにらむと、「何も言っておらんぞ」とばかりにぷいっと顔を逸らした。
「え~、それでは……とってもお腹が空いたので、美味しい美味しいパンが食べたいですっ!」
素直な気持ちを言うと、ガルーはスッと視線をこちらに戻す。
「なるほど。シーズ王国で美味しいパンを食べるとなれば、目的地は1つしかないな。ちょうど王都からも近いことだ、王国最大の小麦畑があるフラウ村に向かうとしよう」
「はいっ!」
「トランクは我の首輪に引っかけておくのだ。手に持っていては背中に乗れんだろう」
ガルーの首輪は勇者様から貰ったものだ。
のどの下にあるフックは重い物でも引っかけて固定することが出来る。
しかも、どんなに引っ張られてもガルーの首が締め付けられることはないらしい。
戦争中はこれでよく物資を運搬したなぁ~。
お言葉に甘えて私のトランクをフックにかけた後、ガルーの背中に乗る。
「では、行きましょう! 最初の目的地フラウ村へ!」
「うむ! 久しぶりに全力で走りたい気分だ。しっかり掴まっているのだぞ!」
顔つきの変わったシオーネおばさんに「行ってらっしゃいませ、お嬢様!」と見送られながら、私とガルーはどこまでも自由気ままな旅へと出発した!