第19話 ムニャーの丸洗い
「シャロさん、手のひらを私の方に向けてください」
「えっ、はい!」
シャロさんが突き出した両手に、私の両手を重ねる。
「セ、セフィラ様、急に何を……!」
「聖なる魔力を付与して、一時的にシャロさんの体をいろんな穢れから守ります。今のムニャーに何の対策もなしに触るのは危険ですからね」
触れ合った手のひらを通して、聖なる魔力をシャロさんの体に流し込む。
シャロさんの体は淡い金色の光に包まれた。
「ふぅ……。これで10分くらいは大丈夫だと思います!」
「シャロ様にはこんな力まで備わっているのですね……! でも、穢れから体を守る力を付与出来るなら、それを直接ムニャーに付与して穢れを取り除くことは出来ないのですか?」
「残念ながら、それは難しいんです。私の聖なる魔力の本質は、契約した神獣へ聖なる力を付与すること、そして邪悪な魔力への対抗すること。体の汚れ、ばい菌、病気などなど……魔力が関与していない穢れを浄化する能力はおまけなんです。今のムニャーから穢れの原因物質を取り除くほどの力はありません」
「そ、そうなのですね! 余計なことを言ってすみません……!」
「いえいえ、当然の疑問だと思います! さあ、ムニャーを池まで運んで清らかな水と私お気に入りの石鹸、そして魔法にも勝る手洗いで綺麗にしてあげましょう!」
「はいっ! セフィラ様の仰せの通りに!」
2人で横に並んで、ムニャーの体の下から腕を入れて抱え上げる。
ムニャーの体は想像以上に軽かった……。
毛で見えにくいだけで、体はやせ細っているんだ。
人攫いが売り物でもない動物に、まともなエサを与えるはずはないから……!
「腕が疲れたら遠慮せずに言ってください。とにかく落とさないように運びましょう」
「了解です! 池までの道案内も含めてお任せください!」
シャロさんはそれはそれは頼りになった!
ムニャーを抱える腕が下がることも、アジトの道を間違えることもなく、5分足らずで目的地である湧水の溜まった池に到着した!
そーっとムニャーを池のほとりに下ろして、第一関門は突破だ。
「早速洗いましょう、セフィラ様!」
「はい! この石鹸なら汚れもしっかり落ちますし、傷口への悪影響もないはずです!」
ムニャーとトランクを同時には運べなかったので、石鹸だけをポケットに入れて持ってきている。
私の長い銀の髪を洗うのにも使う石鹸は、素材にこだわった逸品だ。
濡らした手に石鹸をつけて、ムニャーの大きな体を丸々手洗いしてく!
シャロさんと手分けしても、なかなかの大仕事だ。
「ム、ムニャー……! ムゥゥゥ……!」
「ちょっと傷口に染みると思いますが、我慢してください……!」
「ムニャ~~~ン!」
ムニャーは暴れることなく、じっと耐えてくれている。
全身がくまなく泡で包まれるくらい洗い、固まった汚れを手で除去し切ったら、後はすべての水で流すだけだ。
「とはいえ、すすぎの作業もなかなか大変ですね……」
洗う以上にたくさんの水を体にかける必要があるから、バケツとか桶が欲しいところだ。
人攫いだって水を使って生活するわけだから、そういう物がアジト内にあるはず!
「必要な物はこれだろう、セフィラよ」
「あっ、ガルー!」
たくさんの子どもたちを引き連れたガルーが、バケツを口にくわえて持ってきてくれた!
「体を洗うとなれば、必要だと思ってな」
「流石です! これでササッと泡を流せちゃいます!」
受け取ったバケツで池の水をすくい、ムニャーに体にかけていく。
それを数回繰り返せばムニャーの体から泡は消え、サッパリと綺麗になった!
「最後はタオルでふきふきします!」
シャロさんと一緒にタオルで体を拭いていると、不意にムニャーが立ち上がった。
こ、これはまさか……!
「ちょ、ちょっと待ってください! 離れますから……」
問答無用――ムニャーは体をぶるぶると振るわせて水を飛ばし始めた!
当然その水は近くにいた私たちに飛んでくる!
直前でタオルを広げてガードしたから、何とか服がびしょ濡れになるのは防げた……!
「も~、待ってくださいって言いましたよね?」
「ムニャ~!」
ムニャーは満足げな顔で私たちから距離を取り、平たい岩の上に腰を下ろした。
体を洗ってくれたことには感謝するけど、まだ完全には信用してないよ……ってことかな?
「ふふふ……あれは照れ隠しみたいなものだ。人間と良い関係を築いたことがないから、自分の中にある感謝の気持ちを上手く伝えられず、あいつ自身ももやもやしているのだ。種は違えど同じ獣である我には、あいつの気持ちがよくわかるぞ」
ガルーが物知り顔でそう言う。
「確かにガルーもよく照れ隠ししてますもんね。意外とムニャーとガルーは似てるんでしょうか?」
「……我がよく照れ隠しをしているというのは議論の余地があるが、その前にムニャーとはなんだ? まさか、あいつの名前か?」
「そのまさかです! ムニャ~って鳴くからムニャー! 抜群のネーミングセンスじゃないですか?」
「う、うむ……いつも通りのセフィラだな! 我もガルムだからガルーにだったな、そういえば……」
ガルーはムニャーの方に近寄っていき、目を合わせながら距離感を探り始める。
「ムニャーは我が見ておこう。同じ獣同士、伝わるものもあるはずだ。セフィラたちはここで夜を明かすための準備を始めてくれ。ざっと50人の子どもたちの晩ご飯を用意せねばならんからな」
「ご、50人も捕まっていたんですか……!」
子どもたちの方を振り返ると、どうしていいかわからず不安そうな顔をしていた。
日は傾き始め、樹海の中にあるアジトの周りはすぐに暗くなる。
明かり、寝床、食事……それぞれ50人を安心させられる量用意しないといけない。
だって、私がみんなのお姉ちゃんなのだから!




