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第18話 その名はムニャー!

 両手を広げたままじっと待っていると、ネコちゃんの逆立った毛が徐々に戻り、とげとげしかった鳴き声も小さくなってきた。

 そして、ゆーっくりと一歩一歩確かめるように私の方へ近づき、匂いを嗅ぎながら周りをぐるぐる回り始めた。


 ネコちゃんが気が済むまで、私は動かずにじっとしている。

 5分ほどそうしていると、ネコちゃんは私から離れて……すとんと地面に座った。


 すぐにでも立ち上がれる姿勢だから、完全に信用されたわけじゃないと思う。

 それでも、今は戦う必要がない相手だと認めてくれた!


「ありがとう、ネコちゃん! 後でもっとお話ししようね!」


 そして何より体を綺麗にして、傷の治療をさせてほしい……!


「ガルー、牢屋の扉をぶっ壊しちゃって!」


「うむ、任せろ! 子どもたちは扉から離れているのだ!」


 ガルーは黒柴犬状態のまま鋭い爪で扉の鍵を破壊し、牢屋から子どもたちを解放する。

 子どもたちは大声で喜び、ガルーをなでなでしてお礼を言っている。


「ハッハッハッ! フラウ村でもそうだったが、この姿はあまりにも可愛すぎるようだな! おかげで子どもに好かれて好かれて大変だ! 困ったものだ、セフィラよ!」


「ふふっ、そんなこと言っても『嬉しい』って顔に書いてありますよ!」


 この調子で他の牢屋の子どもたちも解放していこう……と思った矢先、こっちをじっと見つめながら座っていたネコちゃんが、突然ごろっとお腹を見せて寝転がった。


 動物が急所であるお腹を見せてくれるのは、一般的に信頼や服従の証と言われる。

 でも、ネコちゃんとはまだそこまでの関係を築けていない……。

 だとすると、ネコちゃんはもう座っていられないほど弱っている可能性がある!


「ネコちゃん、大丈夫ですか!?」


「ム、ムニャ~…………」


 弱弱しい鳴き声、呼吸は浅く、目は(うつ)ろ――。


「ちょっと体に触らせてもらいますよ」


 緊急時なのでササッと毛を動かして、隠れている傷を確認する。

 出血している傷はないし、酷く化膿(かのう)している箇所もない。

 でも、体温は少し低いかな……。


「セフィラ様、この子は病気なのでしょうか……?」


「独学のアマチュア知識ではありますが、病気ではなく栄養失調の可能性が高いと判断します。私の手持ちの栄養剤を投与して様子を見つつ、体を綺麗に洗って傷口に軟膏を塗りたいところです」


 トランク中から注射器を取り出し、中に栄養剤を詰めて聖なる魔力を針に付与する。

 聖なる力で針を清潔に保ち、刺した時の痛みの軽減も出来る!


「ほんのちょっとだけチクッとしますよ」


 そう伝えると、消え入りそうな声で「ムニャ……」と返してきた。

 比較的皮膚の状態がいい胸あたりに針を刺し、筋肉内に栄養剤を投与する。


「はい、これで注射は終わりです。よく頑張りました!」


 次は体を洗って清潔な状態にしたい。

 体を洗うには清潔な水がたくさん必要だ。

 これだけ規模が大きなアジトなのだから、必ず近くに生活に使う水を確保する場所があるはず!


「シャロさんでも、子どもたちでもいいです。このアジトの近くで水がある場所を知っている人はいませんか?」


 いない場合は光輝白繭(ルミナスコクーン)に包まれている人攫いの誰かに強めの尋問を行うつもりだったけど、ありがたいことに全員が水のある場所を知っていた。


 ちょうど私たちが入ってきたアジトの入口の反対側に『裏口』と呼ばれる出入口があって、そこを出てすぐに綺麗な湧水が溜まった池があるらしい。

 人攫いたちはそこの水を生活に使い、攫われてきた子どもたちの体を洗う時にも利用していたようだ。


「私とシャロさんでその湧水の池までネコちゃんを運んでいきます。ガルーはその間に他の牢屋に囚われている子どもたちを解放してあげてください」


「2人で運べるか? 我の背中に……いや、この姿ではそのネコを乗せられんか」


 ガルーとネコちゃんの体格差はまるで大人と子どもだ。

 かといって、普段の姿に戻るとアジトの通路を通ることが出来ない。


「私は大丈夫です! これでも同年代の子たちよりパワーがあります! シャロさんは……」


「私も大丈夫です! セフィラ様の頼みとあらば、普段の10倍の力を発揮出来ます!」


「あ、ありがとうございます……。頼もしいです!」


 これで役割分担は決まった。

 ガルーは少し心配そうだったけど、私の決断を尊重してくれた。


「では、そのネコのことは任せたぞ。他の牢屋を解放したら我らも池に向かう。行くぞ、子どもたち! 我についてくるのだ!」


「「「「「おーっ!!」」」」」


 子どもたちを引き連れてガルーが移動を開始したところで、私とシャロさんも動き始める。


「さぁて……行きますか、セフィラ様!」


「その前に1つ決めておきたいことがあります」


「決めておきたいこと?」


「このネコちゃんの名前です。いつまでもネコちゃんと呼ぶのではどこか距離があるというか、信頼関係が築けないような気がするんです」


「それは確かに……! 名前は大事ですよね。私がいつまでも『人間ちゃん』と呼ばれてたら、すっごい距離を感じますし!」


「子どもたちもこの子をネコちゃんと呼んでいましたから、まだ名前がないんだと思います。だから、私がこの子に名前を付けます!」


 もうすでに決めてあるんだ。

 この子の鳴き声を聞いた時から!


「このネコちゃんの名前は『ムニャー』です! ムニャ~って鳴くからムニャーです!」


「お……おおっ! そのまんま……じゃなくて、この子にぴったりの名前ですね! 流石はセフィラ様!」


 シャロさんも褒めてくれた。

 我ながら会心のセンスだと思う!


「ムニャー、必ず元気にします! だから、頑張って!」


「ムニャ~……!」


 その鳴き声でムニャーが名前を認めてくれているような気がした。

 人間に酷い目に遭わされてきたこの子を、人間の手で元気にするんだ!

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