第1話 セフィラ・ローリエの災難
人類と魔人、お互いの国の領土をめぐる戦争が終結してから1年後――。
神獣と共に人類を勝利に導いた勇者、グラストロ・ローリエが50歳でその生涯を終える。
葬儀は盛大に執り行われ、人々は勇者の死を悼んで涙を流した。
勇者の葬儀から1週間後、悲しみを引きずりつつも人々が普段の生活に戻り始めた頃。
誰よりも大きな悲しみを抱えていた勇者の養女、セフィラ・ローリエに人生最大の危機が訪れようとしていた。
◇ ◇ ◇
「セフィラ! もうこの家にアンタの居場所はないよっ!」
「だ、だから……どういうことなんですかっ!? セフィラは何も悪いことをしていません!」
怒鳴りながら追いかけてくるシオーネおばさんから逃げるため、玄関から家の外に飛び出す!
「うわわっ!」
家の外の道に出たところで、足がもつれてずっこけてしまった……!
そこへニヤニヤといやらしく笑うシオーネおばさんが近づいてくる。
おばさんの両隣には、いつの間にか現れたヒゲもじゃのおじさんが2人……。
シオーネおばさんは勇者様の遠い親戚だけど、こっちのおじさんたちはまったくの他人だ!
「ククク……っ! これはなかなか上玉のガキだ! 10歳ってところですかい?」
「まだ8歳だよ。前線で戦争を経験してるからか、そこらへんのガキよりませてるのさ」
ヒゲおじさんたちとシオーネおばさんが物騒な会話をしている。
この人たちに捕まったら、ロクでもない未来が待っているのは間違いない……!
「ど、どうして私を追い出すんですか! ちゃんと毎月生活費はお支払いして……家事だって私がほとんどやっていて……!」
「その生活費ってのは、グラストロの遺産から出したものだろう?」
「いえ、神獣の世話係を勤めていただいたお給料から出しています! まだ勇者様の遺産には手をつけていません!」
「そうかい、そうかい……それは良かった! アンタが消えれば、その遺産は全部グラストロの親戚である私のものってわけだね! あいつの血縁者は私以外みーんな戦争で死んじまったからさ!」
遺産目当て……!
亡くなる前の弱った勇者様に、やたらと私を引き取りたいと力説していた時から怪しいとは思ってた。
私とシオーネおばさんって、全然関わりなかったし……。
でも、勇者様はたとえ遠縁でも自分の親戚が生きていることをすごく喜んでいたし、あの時のシオーネおばさんはとっても良い人に見えた。
勇者様が騙されてしまうのも仕方がない……!
「あなたのような人に……勇者様が遺したものは渡せません!」
パッと立ち上がり、王都の中心にある王城に向かって走り出す!
背後からシオーネおばさんの叫び声が聞こえる……!
「お前たち、確実に捕まえて売り飛ばしな! 戦争は終わって勇者も死んだ! コネで使われてただけの神獣の世話係なんて、突然消えても誰も気にしやしないよ!」
「へへっ、わかってますがな!」
チラッと振り返ると、ヒゲおじさんたちが追いかけてくるのが見えた。
それにしても、私が消えても誰も気にしない……?
もしかしてシオーネおばさんは忘れてるのかな?
私の婚約者がこのシーズ王国の第一王子バジル様だってことを!
婚約を決めたのは私じゃなくて国の偉い人たちだし、今までにバジル様と会って話せる機会はそんなに多くはなかった。
だから結婚とか恋愛とか、まだあんまり想像出来てないのは事実。
それでもバジル様は私に会えることを喜んでくれて、私が勇者様に拾われた捨て子だと知っていても差別することなく接してくれる。
戦後のごたごたが落ち着いてきて、これからはもっと一緒にいられる時間も増えるはずだ。
そうすれば、夫婦になる実感も湧いてくるはず!
「助けて……! 王子様!」
ヒゲおじさんたちに比べて、私は王都の地形をよく知っている。
大人が通れないような狭い隙間を通って王城への近道をすれば、追いつかれることも先回りされることもない。
王城に逃げ込んでしまえば、王子様に悪い人たちをまとめて捕まえてもらえるはず……!
「門番さん、私です! バジル王子の婚約者、セフィラ・ローリエです!」
ヒゲおじさんたちを振り切って王城にたどり着き、門番さんに顔を見せてお城の中へ通してもらう。
私は顔パスで通してもらえるけど、あのおじさんたちには無理だよね!
「ふぅ……これで一安心」
後はお城のどこかにいる王子様に会って、今回の出来事を伝えればいい。
ちょうど近くを歩いていた侍女さんに話を聞くと、王子様は中庭にいるという情報を得られた。
教えてくれた侍女さんにお礼を言って、中庭に直行だ!
「バジル様っ! セフィラです! 私の話を聞いてください!」
バジル様は中庭に置かれたイスに腰掛け、お付きのメイドさんと優雅にくつろいでいた。
そして、私の顔を見てとっても驚いた顔をした。
こんなに息を切らして私がやって来ることなんてないから、驚いて当然……と思っていたら、今度はバジル様が私をとんでもなく驚かせることを言った。
「なーんだ、まだ始末されてなかったのか。シオーネとかいう女も使えないなぁ」
「え……? バ、バジル様……?」
信じられない言葉に、目の前の人はバジル様ではないのでは……と一瞬思った。
でも、あの深緑の髪と少し垂れた目、高い鼻と整った輪郭は、間違いなくバジル様だ。
「その様子だと人攫いから逃げてここまで来たようだが、残念だったなセフィラ。お前はもう必要なくなったんだ」
「どういうことですか……!? 何を言ってるんです!?」
「お前みたいな捨て子と婚約したのは、勇者に近づいて信頼を得るためでしかない。だが、思ったより早く勇者がくたばったから、もうお前は不要になったんだ。勇者は化け物みたいに強いって聞いてたから、100歳くらいは生きるのかと思ってたぜ……アハハハッ!」
「そ、そんな……!」
悲しみよりも信じられない気持ちの方が強い……。
これを現実だと思えなくて、まともに考えがまとまらない……。
「そして勇者が死んだ今、神獣の契約者はいなくなった! ならば俺様が神獣の契約者になればいい! そうすれば、神獣の力は俺様のもの……! 無敵の暴力と権力が手に入るってわけだ!」
バジル様は拳を空へ突き上げて叫ぶ。
そんな野望を持っていたなんて……!
私も勇者様のことを言ってられないくらい、人を見る目がなかった。
驚きや悲しみの気持ちが、徐々に怒りへと変わっていくのを感じる!
「俺には神獣さえいればいい。不要になった世話係には消えてもらおうか!」
バジル様の周りにいる兵士たちが、私を捕まえようと迫ってくる。
勇者様は最期に「ただただ平和に暮らしてくれ、それだけが願いだ」と私に言った。
ここで捕まったら、勇者様の願いを叶えられない……!
「来てっ! ガルーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
天に向かってその名を呼ぶ!
「な、なんだ……!? ガキの額が金色に光って……うわああああああっ!?」
中庭全体が光り輝き、その眩しさに私以外の全員が目を閉じる。
その人たちが次に目を開いた時、目にするものは……。
「神獣ガルム――名をガルー。契約者の命により参上した」
大きな漆黒の狼、神獣のガルー!
金色に輝く満月のような瞳で、バジルや兵士たちをにらみつける。