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花粉症  作者: 木花
4/4

灰色の現実、明るい過去

食事を終えて、満足感に浸っているとチャイムが鳴った。

どうやらお母さんが迎えに来てくれたみたいだった。

「雅はーいたいた!真琴さんの料理美味しいでしょ。彩ちゃんはどこかしら。」

「私ならここだよー。」

「げんきーそうではないわね。でもこれくらいなら食べれそうかしら?」

お母さんはモンブランやプリンなどのデザートを買ってきてくれていた。

「栞里さんありがとうございます。私はプリンがいいなー。」

「栞里さんったら・・・。こんなにたくさんいいの?」

「もちろんよ。だって雅が今日はずっと家にお邪魔していたし、デザートくらい買ってきてもバチは当たらないはずよ。これ食べたら帰ろっか。」

「うん。真琴さんと冬仁さんはどれにますか?」

「真琴から先に選んでいいよ。」

「そう?それじゃあ私は・・・レアチーズケーキにしようかしら。」

「それなら私はシュークリームを。」

「あ!デザートにはお茶やコーヒーよね、入れてくるわね。」

いそいそと真琴さんが奥に消えていった。

「雅くんはどれにするんだい?」

「雅は決まってるよね。」

「うん!モンブラン!」

みんなでデザートを食べながら職場であんなことやこんなことがあったよと話が弾んでいた。

そんな中、僕彩お姉ちゃんは2人横並びに座り、ぼーっと話を聞いていた。

「デザートも食べたしそろそろ帰ろうかしら、雅は帰る準備できてる?」

「うん、晩御飯をご馳走になる前に片付けていつでも帰れるよ。」

「流石私の息子よ!それじゃあ彩ちゃんまたね。」

「うん、雅くんまた明日ね、学校も勉強も頑張ってね。」

「彩お姉ちゃん・・・うん、頑張る。」

こうして僕とお母さんは家に帰っていった。

また明日ね、こんなに短い言葉だけでも僕は嬉しかった。彩お姉ちゃんの側に入れる、同じ時間を過ごせる、それだけでよかった。

そんな小さな気持ちは桜が散る時期よりも早く訪れることを僕はまだ知らない。

冬仁さんのスマホはまだ持っていた。次の日から今日までメッセージのやり取りをしていた。その内容は彩お姉ちゃんの体を休ませる為と、僕の卒業式、入学式の準備があるから落ち着いてから家に来てくれと言う内容だった。

体調が悪いのにここ数日の間に無理させた気持ちも持っていたため、すぐに返事をして数日が経った。

3月も終わり、大きめの制服に戸惑いながらもそれに袖を通した。

中学生になりちょっとは彩お姉ちゃんに近づけたかなと思いながらもその日は過ぎていった。

彩お姉ちゃんと最後に話してから3週間が経ち、中学生活にも少しずつ慣れていき、そろそろ彩お姉ちゃんにも制服姿を見て欲しくていつも図書館に行くことにした。

彩お姉ちゃんと出会う前と同じ、1人で勉強をしていた。彩お姉ちゃんが来ることはなかった。

家に帰るとすでにお母さんが家にいた。

彩お姉ちゃんに会いたくて図書館で勉強していた事、制服姿を見せたい気持ちもあるよと話しているとお母さんはうんうんと話を遮らずずっと聞いてくれた。

一通り話終えて部屋に行こうとするとお母さんに呼び止められた。どうしたのかと思い、お母さんの方へ振り返るとすごく真剣な顔で僕を見ていた。

「雅、話があるの。ちょっといいかしら。」

「お母さんどうしたの?」

「これ、彩ちゃんからの手紙。」

「彩お姉ちゃんから?なんだろう。」

「勝手には読めないから内容はわからないけど、こう言うには部屋で読んだ方がいいわよ。」

「わかった。着替えてから読んでみる。」

部屋に行こうとする僕ももう一度呼び止め、続けてこう言った。

「すぐに読んだ方がいいこともあるよ。」

それだけを聞いて部屋に向かった。

開いてみるといつもの可愛らしい彩お姉ちゃんの字ではなく、震える手でなんとか書いたような字だった。

「雅くんへ、この手紙を読む頃にはもう中学生なっているのかな。雅くんを初めて見たのは去年の今くらいだったんだ。高校生に上がってからも体は弱いまんまで休みがちで、せめて高校生気分味わいたくて無理を言って制服を着て図書館に通っていたの。最初は可愛い男の子が勉強頑張ってるなーって思ってみてた。1ヶ月くらい同じ時間、決まった場所で勉強してるからどうしてかな?って見てたら目があったんだよね。それでお節介かなとも思ったんだけど声かけたの。そしたら素直でとてもいい子だから、残された時間を誰かのために使いたかったからずっと勉強を教えてたんだ。本当のお姉ちゃんみたいに頼ってくれてとても嬉しかった。いつしか図書館で勉強する時間や一緒に帰る時間が当たり前になってきていて、体のことを忘れることができて嬉しかった。でもごめんね、もう一緒にいられる時間はもうないの。雅くんとの思い出をこう言う形で閉じることになるなんて寂しいよね。全部私が悪いの、だから無理させたとか、雅くん自身が悪いなんて思わないで。そんなことしたら化けてでてやるんだから。最初弟みたいで好きだったけど、今もう違う。好き、雅くんのことが大好き。雅くんと同じ時間を過ごせて幸せだった。またね、って言えないのは辛い。雅くん、私の最初で最後の可愛くてかっこいい彼氏くん、さようなら。」

ところどころインクが滲んでいる箇所のある手紙だった。いつもの明るくて一緒にいると元気を出してくれる太陽の様なお姉ちゃんなのにこんな手紙は嘘だよねと心の中で思いながら読んでいた。

僕は急いでお母さんの元へ走った。

「お母さん!この手紙は誰かがイタズラで書いたんでしょ?」

「・・・、違うわ。」

「なにが違うの?お母さん。彩お姉ちゃんが元気になったからいつもみたいに意地悪してるんだ、きっと。」

「違うのよ、雅聞いてくれる?」

この真剣な表情、僕は見覚えがあった。思い出したくない記憶から出てくるこの感情、同じだと思いたくない。信じたくない。

「・・・聞きたくない。自分の目で見るまで信じない。彩お姉ちゃん家に行ってくる。

「雅待って!行っちゃダメ!」

お母さんの静止を振り切って家を飛び出した。

4月の夕方はまだ風は冷たかった。そんなことを気にする余裕はなく、がむしゃら、最速最短で走り抜けていった。

彩お姉ちゃんの家に着いたが家は暗かった。

チャイムを鳴らすが反応はない。もう夕食を作ってもいい時間なのに静かだった。草木の擦れる音が聞こえるほどに。

どうしようかと考えていると、制服のポケットに冬仁さんから借りているスマホがあることを思い出した。

躊躇ったが電話してみることにした。

長いコールの後に冬仁さんが電話に出てくれた。

「雅くんかい?」

「はい、手紙を読みました。」

「そうか。と言うことは今家の前にいるんだよね。」

「そうです。どうしても彩お姉ちゃんに会いたくて、自分の目で確かめたくて来ました。」

「まだまだ冷たいのにすまないね。今は近くにいないんだ。明日は日曜日で学校休みだよね?明日の朝もう一度来てもらえるかい?」

「わかりました。忙しい中すみませんでした。」

「雅くんが謝ることはないよ。雅くんの声を聞いたら少しだけ冷静になれたよ、それじゃあ明日。」

そう言って電話は切れた。

あの穏やかな口調で暖かみにある冬仁さんの声が信じられないくらい冷たい口調だったことに驚いていた。彩お姉ちゃんになにかあったことは間違い。そう考えると心臓の鼓動が早まり、パニックになりかけていた。

「雅!はぁはぁ。あんたってこんなに足が速かったのね。勉強してるところしか見てないからびっくりだよ。」

「お母さん。ごめんなさい、彩お姉ちゃんのことが心配で・・・。」

「それ以上は何も言わなくていいよ、帰ろう。今の雅ができることは冷静になることよ。どんなことがあっても必ず冷静に。難しいんだけどね。」

「わかった。ねぇお母さん、明日の朝に冬仁さんと話す約束したからまた来ることになると思うんだ。」

「うん、1人で大丈夫?」

「大丈夫。」

「わかった。ただし、これだけは約束して欲しいことがあるの。」

「どんなこと?」

「辛くなったら誰かを頼りなさい、私でも話しやすい人でも。」

「わかった。」

帰った家でも言葉少なめでその日が終わり、日曜日になっていた。

「お母さん行って来ます。」

「行ってらっしゃい。」

不安と言う鎖が身体中を締め付けられたせいか足が重かった。でも約束もしたし、ここで逃げたら後悔すると強く感じたから不安に逆らい、歩みを進めた。

彩お姉ちゃんの家に着き、チャイムを鳴らすと昨日とは違いすぐに冬仁さんが出て対応してくれた。

「いらっしゃい。せっかく来てくれたのに昨日はごめんね。」

「いえ、大丈夫です。それより・・・」

「彩のことだよね。」

2人に間に決して短くない時間が流れていた。

冬仁さんは覚悟を決めた顔付きになり僕と真正面から話してくれた。

「今の私には雅くん、君を傷つけない様に説明する言葉を持っていない。彩は君に会いたい言う気持ちと会いたくないと言う気持ちを両方持っている。ただ誤解してほしくないのはどちらも君のことが大好きで、愛してるからだ。」

「はい。・・・理由を聞いてもいいですか。」

「雅くんは大好きな人に会いたいけど会うことを躊躇う気持ちはどんな時だと思う?」

「え、それは・・・。」

「間違いも正解もないんだけど、それを雅くんなりの答えを聞かせてほしい。その後で彩のところに連れて行こうと思う。」

ずっと会いたいと思っていた感情に電気が走ったように感じた。初めて触れる考え方だった。

今までは嫌いだから会わない、好きだから会いたい。それだけだったのに好きなのに離れないといけないなんて考えたこともなかった。家でのことを考えてみた。

いつもは僕のために仕事でもなんでも頑張ってくれるお母さん。たまに体調が悪くて1人部屋で休むことがあった。その時のお母さんの言葉。

「患者さんから風邪もらっちゃった。うつすと嫌だから治るまで離れてて。それでも近くにいたいの?んー、ダメ。こんな弱ってる姿見せたくないもん。」

姿を見せたくない?思い返してみると一度僕自身も風邪をひいて彩お姉ちゃんに会いに図書館へ行くことを躊躇ったことがあった。その時の気持ちは?

こんな姿を見せたら心配させてしまう。

遠ざけるための感情じゃない、大好きな人のことを考えた感情。それは相手を守る感情でもあった。

「冬仁さん、彩お姉ちゃんはもしかして僕の気持ちを守ろうとしてるんですか?」

「そうかもしれない。手紙を受け取ってから君とのことは話さなくなっていたから、真意は私にはわからない。ただ・・・雅くんの気持ちだけじゃないと思うよ。それじゃあお昼食べてから彩の元へ行こうか。」

「はい、お願いします。」

「雅くん。」

「はい?」

「少し前までは可愛らしい顔付きだったのに今は男らしい顔付きになったね。」

「そうですか?そんなに変わってない気もするんですけど。」

「いや、顔の形じゃないよ。きっと気持ちと覚悟ができた顔つきだからそう見えるんだと思う。」

「ありがとうございます。」

「彩に・・・彩にもっと強い体を授けることができなくて私は辛いよ。」

「冬仁さん。」

「すまない。彩にこんないい子が側にいて幸せだなと思う反面、私自身が悔しくて悔しくて。少し取り乱して申し訳ない。」

「謝るのは一回でいいですよ。それにきっと彩お姉ちゃんは恨んだりしませんよ。」

「ありがとう、その言葉だけでも救われるよ。それじゃ行こうか。

冬仁さんの目尻には乾いた後を沿うように涙が流れていた。

それから車の中ではラジオが流れていて、それ以外は静かな物だった。

車に数十分間揺れ、美味しいはずなのにあんまり味のしない食事をしていた。そこからすぐに大きな建物が見え始めて僕の悪い予感が当たった。

そこは僕の住んでる地域で一番大きな病院だった。

冬仁さんと一緒に病院の中に入り、いろんな順路で案内されてある扉の近くまで来て、冬仁さんの顔には冷や汗が出ているのがわかった。少しだけ険しい表情で話しかけてきた。

「雅くん、私の気持ちは彩に合わせたくないと言うのが本音だ。それは私自身見慣れることが一生ないこととすごいショックを受けたからだ。ここまで案内したけどまだ後悔している。君は本当に彩に会いたいかい?」

「はい。ここで会わないと一生後悔して、自分を許せなくなると思いますので。」

「愚問だったね、すまない。これが今の・・・。」

言葉にならない声で僕を案内した。

そこには俯いている真琴さんとガラス越しにベッドで横なってる人がいた。

「彩お姉ちゃんはどこ?」

目を背けてながら悔しさと悲しさが捲った表情で冬仁さんが最後の言葉を放った。

「横になってるよ。」

そう言い終えると壁にもたれかかりもう僕を見ていなかった。

「あ・・・う、嘘でしょ。彩お姉ちゃん、彩お姉ちゃん!」

僕は膝から崩れ落ち茫然とした。

点滴の管が繋がってて、浅い呼吸で横なっている姿にショックを受けた。

元々色白で細かった彩お姉ちゃんは青白い顔色で頬がコケるくらい痩せ細っていた。一番心を抉ったのは髪の毛だった。

僕プレゼントしたニット帽を被っているがそれでも伝わってします。肩まで伸びていて艶やかで綺麗な髪がなくなっていた。ショックを受けると同時に冬仁さんと朝話した会話がようやく理解できた。できてしまった。

「なんでガラスの向こうで眠っているの?普通の病室ってもっと側にいられるんじゃないの?」

「ここは無菌室と言う場所だよ、雅くん。今の彩は免疫力がかなり弱ってる状態なんだ。」

「それじゃあずっとマスクしていたのは・・・。」

「そう、ちょっとでも体への危険を減らす為だったんだ。本来は図書館などの外出も止めていたんだけど、何も知らないまま家に閉じ込めておくことが私にはできなかった。この行動が正解かもわからなくなってきたよ。そのせいで彩はこんなに衰弱して。」

「冬仁さん。」

「雅くん、彩とこんなに仲良くしてもらえたのにごめんね。ごめんね。」

真琴さんの声から今の心境が痛いほど伝わってきた。好きだと言う気持ちの僕でこんなに苦しいのに、家族である2人の苦しみは想像できないほど大きく重いんだと感じた。

3人の間に沈黙が流れた。その沈黙を破るように扉が開き、お医者さんが入って来た。

「彩さんの容態についてお話ししたいのですが、よろしいでしょうか?」

やっと聞ける、どれくらいで治るのか、いつになればこの部屋から出られるのか、小さい期待だけが僕を動かした。

「分かりました。雅くん、私と真琴さんは話を聞いてくるよ。ここで待ってもらえるかな。」

「僕も、僕も聞きたいです。」

「君は?」

「雅と言います。僕は・・・。」

「私の息子です。厳しい経験になると思いますが是非、この子も一緒に聞かせていただきたいです。」

「先程は1人娘だと、これ以上は野暮ですね。」

冬仁さんが気を利かせてくれたおかげで3人一緒に話を聞くことになった。

部屋を移し、一呼吸おいてから話し始めた。

「両親のお二人は知っていると思いまが、まず、雅くんと言ったね。彼がわからないと思うところから話していきたいと思います。君が最後に彩さんと話したのはいつかな?」

「3週間前です。」

「急激に衰弱した辺りですね。次の日からこの病院に来ていただき、入院することになりました。」

「え・・・。」

「すまない、雅くん。」

「しばらくは会話も出来ていました。次第に手を動かす力がなくなってきたようでした、その時から手紙を書いてたことを覚えています。書き終えて、体力の限界を迎えたらしく5日前から目を覚ましていません。」

「冬仁さん!ほんとなんですか・・・?」

「あぁ間違いない。真琴さんと交代で目を覚ますのを待っていたが一向に目を覚ます気配はなかったよ。」

「食事も取れない為、栄養は点滴で賄っている状態です。今から話すことが近況の状態です。・・・日に日に呼吸も浅くなり、心拍数と血圧が低下しています。覚悟をしていた方がいいかもしれません。」

覚悟?覚悟ってなんの?回復に向かってる話をするんじゃないの?そう思い、冬仁さんと真琴さんの方に顔を向けると泣き崩れる真琴さんを辛い気持ちをなんとか抑えながら支えている冬仁さんがいた。

気付いた、気付かされた、気付いてしまった。頭に浮かぶ絶望的な感情が僕を満たしていった。お母さんは誰かに頼れと言っていたけど、今は誰も頼れない。自分の足で立ち、考えるしか出来ない。

「どうにか出来ないんですか?」

「末期の状態でもう打つ手立てがない状態です。冷たく聞こえるかもしれませんが、私たちにできることは生命維持装置をつけて今の状態を少しでも長くキープすることだけです。私から以上です。しばらくはこの部屋にいますので聞きたいことがあれば声をかけてください。」

その言葉を聞き、僕ら3人は部屋を後にした。ガラスの前で立ち尽くしていた。彩お姉ちゃんのためになにも出来ない自分に苛立ちを感じる。そこで彩お姉ちゃんが目覚めるのを待つしかなかった。

ぼーっとガラスの向こうを覗いていると、ベッドの方でなにか動いたように感じた。

それを冬仁さんたちに伝えて、もう一度そこを見ると彩お姉ちゃんが目を覚ましていた。

僕らは喜び、お医者さんへ入室の許可を取りに伺った。

「先生!彩が目覚めました、どうか中に入る許可をください。」

「分かりました、手配しましょう。ただし、1日に一度だけ、人数は2名のみで10分間だけだと言うことを頭に入れておいてください。」

「わかりました。僕はこっちで待ってます、2人面会してください。」

「雅くんありがとう。」

「それからお父さん、部屋に入る前にこれも消毒して入ってください。」

「紙とボールペンですか。」

「雅くんが入れない以上、なにか伝えたいことがあるかもしれないのでこれに書いてあげてください。」

「分かりました、ありがとうございます。真琴さん準備しに行こう。雅くん、彩になにか伝えたいことはあるかな?」

「・・・。冬仁さんに言うのは恥ずかしいんですけど、大好きな彩お姉ちゃん、頑張って勉強して待ってるから元気になってね。と伝えて欲しいです。」

「わかった。一字一句間違えないずに彩に伝えると約束しよう。これは男と男の約束だ。」

話終えた2人はガラスの向こうへ入るための準備のために離れていった。

ここで初めて1人になった。強い不安が押し寄せてくる。それでも彩お姉ちゃんがそこで僕のことを見ているから踏ん張って立っていた。

そこに2人が彩お姉ちゃんの元へ向かうのが見えた。先に真琴さんが近づいていき、冬仁さんは僕の方へ視線を飛ばし頷く姿が見えた。

真琴さんと話、冬仁さんと話して行く中で冬仁さんがなにかをメモしている姿が目に映った。

書き終えたかと思うと2人に支えられて僕の方へ歩いてきた。ガラスに手を当てていると彩お姉ちゃんも同じように手を重ねてきた。

真っ直ぐ僕を見つめて、なにかを伝えたかったのか口だけを動かしていた。それが終わるとどこか満足そうに微笑み、力なく倒れた。

それから事態が急変しそのまま夜まで病院にいることになった。2人が帰ってきたが、話せる様子じゃなかった。泣き疲れた真琴さんと力が抜けて茫然よ立ち尽くした冬仁さんがそこにいた。

「・・・雅くん、これを。」

「あの時のメモですか?」

「あぁ。君の前で倒れたこと覚えてるかい?その時に喋っていた文言そのままのことが書いてあるよ。それが、彩の・・・最後の言葉だ。」

最後、最後と言った?どう言う意味?

メモを開いてみることにした。

「こんな姿を見せたくなかった、でも人生最後の瞬間に雅くんを見ることが出来て嬉しかった。私も大好き、ずっとずっと。バイバイ、大好きな雅くん。」

そこからの記憶は曖昧だった。気付いたらお母さんがいて、そのまま帰って、何も手が付かず、朝になって学校に行く時間になっていた。

「行ってきます。」

「雅待って。そんな状況で学校行って大丈夫なの?」

「うん。」

「うんってあなた・・・今日は休みなさい、いい?」

「わかった。」

「昨日は話せる様子じゃなかったから聞かなかったけど、どんなことがあったか話してくれないかしら。」

「いやだ。」

「どうして?」

「話したら・・・。」

「話したら?」

「全部現実になっちゃう。彩お姉ちゃんが病気なのも、もういなくなったことも全部。」

「雅!前を見なさい。下なんて見たらこの後の生活も苦しいだけよ。大丈夫、雅は立ち直ることが出来るわよ。」

「なんでわかるの?こんなに苦しい気持ちも全部無くなるの?」

「無くなることはないわ。でも私とあの人の息子だもの、当たり前でしょ。」

あの人、数年前に亡くなったお父さん。そうだ、僕とお母さんは乗り越えたんだ。近しい人との別れを。

「そうだね、思い出したくなくて忘れてたよ。でもしばらくは・・・。」

「わかってる。それから忘れちゃだめだよ。お父さん悲しむわよ。」

「あはは、そうだね。」

「今だからやっと言えるけど、お父さんに似てるところあるわよ。」

「え、どんなところ?」

「あの人ね・・・あなたと一緒でお姉さんが好きなの。」

「えー。つまり・・・お母さんより歳下なの?」

「そうなの。6個も下なのよー。」

「僕と彩お姉ちゃんより離れてる。」

「でも可愛いところとかっこいいところ両方持ってるのはずるいわよ。全く。」

「あ、それ彩お姉ちゃんに言われた。」

「あー、そこも似てきたのか・・・。流石だわ。まぁ・・・私が言えることはちゃんと前を向いて最後の別れを済ませてきなさい。忘れるためじゃないよ、ちゃんと彩ちゃんと一緒に過ごした思い出を苦しいものにしないためにね。」

「わかった。今日行くけどもう少し落ち着いたら行くことにするよ。」

悲しい気持ちもまだ抜けていないが、お母さんと話したことで落ち着きを取り戻してきた。

彩お姉ちゃんには笑顔が似合うように。それに見合った別れを済ませようと僕は考え、歩みを進めていった。

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