義妹が舞踏会に行った理由
「私は王子様に会うのが目的ではなくて、実は王様の顔を近くで見たくて舞踏会に行ったの。王様の顔はお父さんの顔に似ているから……」
エラは気まずそうに小さな声で話し始めた。確かに普通の令嬢ならば、王子様に会いたい・踊りたい・見初められたいという理由から舞踏会に行くことだろう。しかし、エラと理由は違えども、私達が王子様を目的で舞踏会に行ったのではないという理由では同じだ。
そのため、王様の顔が子爵に似ているというのは事実であったことも関係して、私達は特段驚きはせず、エラの理由に全員納得して相槌を打っていた。
「それとお義母様達と一緒に行かなかったのは、私がマナーの悪さで失敗して迷惑を掛けるかもと思うと怖くて……」
「「「そんなことはないわ!!!」」」
「え?」
「別に迷惑かけても良いのよ。私の可愛い義娘ですもの」
「「別に迷惑かけても良いのよ。私の可愛い義妹ですもの」」
エラ、どうしてそんなところで変に遠慮してしまうのよ。気にするところはそこではないのよ。
そんな思いが3人揃い、見事にハモって反論をしていた。
「でも……私が失敗したらお義母様達も恥をかくことになるのよ」
エラは声を少し荒げながら、反論をしてきた。どうやらそんなことを言われるとは夢にも思わず、慌てているようだ。
「大丈夫、私達が失敗しないように見張るから気にしなくても良かったのに」
「仮に失敗して恥をかいても良いわ」
「その時はその時でどう対処するか考えたら良いの」
そう、私達はただエラに楽しんで欲しかっただけ。私の場合はエラを連れて行くとなったら躊躇いはあっただろうけど、少なくも2人は一緒に楽しみたかったはずだ。
エラはそのように心配したのが嬉しかったのか、笑顔で涙を流している。泣かせるつもりは無かった罪悪感と分かってもらえて良かったという2つの気持ちが入り混じってしまった。
「それにしても、どうやって作法やマナーを身に着けたの? 私達が教えた時は全然出来なかったのに……」
母は疑問に思ったことをそのまま尋ねたようだ。確かにダンスは王子様のリードがあってこそかもしれない。しかし、それよりも前の挨拶や言葉遣いは、失礼のない丁寧な言葉遣いや動作だった。急にここまで作法やマナーを身に着けたのは私も不思議に思ったのだ。
その質問にエラは、満面の笑みを浮かべて声高らかに答える。
「実は魔法使いさんのお陰様で、馬車で連れて行ってくれたし、ドレスも用意してくれたわ。それにマナーも教えてくれて何とか形にはなったの。元々はポムとこっそり行く予定だったのだけど、王城に行くからには最低限のマナーは身に着けろと言われてね」
ポムと言うのはエラの愛馬であり、馬に乗ってあの長い距離を走ろうとしていたことに驚きが隠せないが、それが気にならないぐらいの爆弾発言がぶちまかされたのだ。
「「魔法なんてあるわけないでしょ!」」
「魔法使いがこの国にいると言うの?」
そう『魔法使い』という言葉だ。私達の常識では、魔法なんて物語の話であり、信じられる存在ではないのだ。しかし、私は自身が聖力を持っていることを分かっているため、同様に魔法使いは普通にいると思っている。ただ、この国で魔法使いがいるだなんて聞いたことがなかったため、ついあんな反応をしてしまった。それだけでなく、興奮してしまい、つい母とロゼリアを諭すように堂々と説明してしまったのだ。
「お母様、ロゼリア、魔法と言うのは本当に存在します。昔、国の図書館が所蔵している本の中にそのようなことが書かれておりましたわ。どうやら、妖精の国とかもあり、魔法が主流のところもあるらしいです」
この時ようやく不味いことを言ったと我に返ったものの、もう後の祭り。しかし、2人は疑う様子もなく受け入れているのが見て取れた。多分信頼しているエラと私が同じことを言っているため信じたのだろう。
私は不本意とは言え、今まで多くの嘘を吐いてきたことに罪悪感を感じてしまった。これからも嘘を吐き続けなければならないこともだ。
そんな中、エラは大きな声ではしゃいでいた。
「お義姉様の言うことは本当よ。魔法使いは妖精の国に行ったことがあると言っていたわ。あと本当に魔法使いに会ったと言う証拠もあるのよ」
エラは興奮して、すぐさまに階段を駆け上がったと思いきや、すぐに帰ってきたのだ。
「これよ!」
エラは意気揚々と靴を見せてきた。しかし、それはただの靴ではない。何とガラスで出来た靴なのである。角度を変える度にキラキラと輝き、また中心にはとても細かい綺麗な蝶の形をしたガラスが付けられており、とても人の手で作れる品物ではなかった。これは人の手で作ることなんて不可能だ。これを見ると、本当に魔法は存在するのだと実感した。
「「「魔法使いのおかげで舞踏会に行けて良かったね」」」
どうやら2人も同じことを思ったようで、優しそうに微笑んでいた。その一方で私は変に思われずに事なきを得たことに安堵したのだった。
「そもそも、お義母様達は何故舞踏会に行ったの?」
確かにエラには説明していなかった。何故ならエラに心配をかけたくなかったからだ。しかし、ロゼリアがそのことを忘れてしまったのか、つい本当のことを言ってしまった。
「私達は繋がりを求めて舞踏会に行ったのよ」
エラは一瞬キョトンとしたものの、その話を詳しく話すようせがんできた。エラは納得が行くまで聞いてくる性格だ。そのため、私達は本当のことを話さざるを得なかった。
私達は仕事の繋がりを求めて舞踏会に向かい、実際にそれぞれ良い就職先を見つけたことを話した。すると、エラはかなりのショックを受けたようで、先程元気だったのが嘘だったかのように項垂れてしまった。
「私がダメダメでごめんなさい。そんなこと考えたことなかった……」
エラは何も悪くない。最近までは未成年で、働く年齢ですら無かったのだから。
そんな風に言って慰めようと思ったら、何とも予想外なことをエラは口にしたのだ。
「私もお義母様みたいに好条件のところを探してこの家庭を支えるわ。私もこの一家の一員ですもの。いつまでもこの家だけに留まるのはいけないわ」
何とも強い使命感で、胸を張って宣言したのだ。自分も私達と同じように働くと。しかし、私達はエラにそんなことをさせたくなくて、すぐさま反論に出てしまう。
「エラ、もし外に出たら貴女は人に仕える立場となるのよ。私達は商人から成り上がった貴族と言うだけで、商人みたいなものなのよ。だから私達は人に仕えるのは全く抵抗は無かったの」
「でも貴女は元から令嬢だったのだからそう言う扱いはされたことがなかったでしょう? 勿論、私達が指示はしたことはあったけど、私達以外からは指図されたことは無いはず」
「もし、貴女が理不尽なことを指示されても、法とかに触れない場合はそれを嫌とも言わず受け入れなければならないのよ。今までそんなことをされたことが無いエラちゃんには耐えられるの? 私達はとても心配なのよ」
私達が一斉に喚いたせいか、エラは涙を浮かべる。泣かせたいわけじゃなくて、ただ忠告したかっただけなのに、泣かせてしまったことに対して、私達は項垂れてしまうものの、よく見るとエラは笑みを浮かべていた。
「それでも私は働くわ。私は確かに作法やマナーもきちんと出来ないけど、私には今まで、家事のスキルと獣達と闘うだけのスキルと逞しさは身に付けているわ。だからどんな指示でも受けて立つわ」
私達の忠告を聞いたとしても、エラの決意は揺るがないようで、寧ろ私達を説得しようとアピールをしてくる。そんなアピールした中で、私達は疑いたくなるような言葉を聞き返した。
「エラ、獣達と闘ってきたとはどういうことなの?」
「「エラちゃん、獣達と戦ってきたってどういうこと?」」
確かにエラは弓が好きだし、得意である。しかし、そうだとしても、血筋の良い令嬢がそんなことをしているだなんて夢にも思わなかった。今まで譲ってもらったとか、安く売ってもらったという言葉を信じていた。しかし、それが嘘だと打ちくだかれ、私達の胸を抉ってきた。もしエラが危険な目に会ってしまったらと想像せざるを得なくて、つい私達はエラに怒ってしまう。
しかし怒りすぎたと思ったのか、母は怒るのをやめて、エラを抱きしめて優しい声を掛けた。
「エラの意気込みは分かったわ。なら私と一緒に働きましょう。なんとかするから。私も手助けするわ」
2人はとても嬉しそうに微笑んでいる。どうやら母はエラが外で働く決意を受け止めたようだ。それなら私達もそのことを認めなければならない。
私達はこれからは新たな環境で働くことになるだと、この時に決まったのだった。