舞踏会を終えて
「2人とも舞踏会はどうだった?」
「お母様、私は思った以上に楽しかったわ」
「私はどちらかと言うと疲れたかも……」
舞踏会が終わり、3人揃って馬車に乗るなりすぐに母は今日の感想を尋ねてきた。ロゼリアは満面の笑みで声が弾んでいる。それに対して私は笑う余裕もなく、素っ気ない態度を取ってしまった。そのため、2人は私を心配の眼差しを向けてきて、私はそれを取り繕うと慌てて説明をする。
「単純に慣れない場所に来たから疲れたです。体調を崩したわけではないですから」
それを聞くと2人は一旦安心したようで、私に笑みを向ける。そして、ロゼリアは今すぐに自分の話を聞いて欲しいと、口を開いて今日の出来事を話し始めたのだった。
「実はね私、なんとオールトン侯爵家で侍女として雇って貰えることになりました」
「あら、それは凄いわね。でもオールトン侯爵家に令嬢はいなかったと思うけど……」
「お母様、それはね、髪飾りを届けてもらった騎士様がオールトン侯爵家の侯爵令息様で、彼と会話が弾んで行くうちにそう言う話になりまして」
「オールトン侯爵令息様って、確か王国の騎士団長でもあるわよね」
「ええ、そうよお姉様。よく知っているわね。まさか落とした髪飾りでこんな縁が巡ってくるとは思わなかったわ。お父様が引き合わせたのかしら…………なんてね」
話を聞いているこっちの方も驚きだ。まさかロゼリアも、有力な所の新たな就職先を見つけているなんて夢にも思わなかった。あれは単純に口から出任せみたいなところもあったため、これは素直に喜んで良いのか戸惑ってしまう。
しかし、驚きの知らせはそれだけではなかった。
「実はね、私も良い就職先を見つけたのよ。私はランカスター公爵家のメイドとして雇って貰えることになったわ」
「お母様は公爵家なのですね。 何とも由緒正しい家紋だわ」
「でも、ランカスター公爵家の令嬢ってまだ幼くありませんでしたか?」
「ええ、そうよアナスタシア。よく知っているわね。実は今回は用事があって公爵夫人が参加したみたいで、そこから会話が弾んで行くうちにそうなったのよね」
まさか母からもロゼリアと似たような話を聞くとは、こちらも同様夢にも思わなかった。2人とも何か運命によって引き起こされているのではないかと思うほど、有力な所を見事に引き当てている。本当に何が起こるか分からないものだ。
それにしても、2人からはそれぞれの家の話をすると、物知り認定されたが、確かに田舎貴族なら知らなくて当然かと少し腑に落ちてしまう。最初物知りだと言われた時は、そんなの常識だと思っていたが、それは単純に私が現在の状況が気になって独自で調べて知っているだけで、そんなことをもう庶民である私達は調べる必要がないのだから当然だった。
それと同時に、王子様との会話は淑女としては相応しくなかったかともしれないと思い始めた。政治は男性が行うものなのだから、あんな政治的な話は、淑女としてと言うか、女性として話すことではないのだ。そんな話を王子様の前で肩を入れて話していたと思うと、肝が冷えてしまう。
「お姉様は、何処か就職先とか見つかったの?」
「え? えぇ、見つかったわよ。私は王宮侍女として働くことが出来そうだわ」
「王宮侍女って厳密な審査とか必要じゃないの?」
「あぁそれは、なんか王子様が直接許可をしてくれたと言いますか……」
「王子様が直接!? 確かにお姉様、1番最初に踊っていたものね。もしかしてお姉様のことを気に入ったのかしら? 」
「さあ……」
突如ロゼリアに尋ねられて慌てて答えたものの、自身が何でこうなったのかがそもそも分かっていないため、何と答えたら良いのか分からなかった。もうこれ以上詳しく話を聞かれても困るため、話を変えることにした。
「ところで、お母様とロゼリアは、エラちゃんが踊っているところって見ました? 私、驚いてしまいまして」
「勿論見たわよ。まさかエラが舞踏会にいるなんて、本当に理由が分からないわ」
「それにしても、エラちゃんのドレスも化粧も素敵だったわよね。普段は天使みたいに可愛いのに、あんなに綺麗になるのだもの。やはり素材が良いからだわ」
「あ、それは私も同感だわ……」
「あと、エラちゃんが引き連れていた人、凄い美人だったわ。あんな綺麗な人は初めて見たわね」
「私はその人は見てないから分からないけれど……」
「取り敢えずエラには理由を聞かないといけないわね。王子様とのダンスを断った理由も分からないし」
「それは賛成です。私も大変気になりますから」
何とか話を逸らすことが出来て内心安堵していた。これ以上自分のことを話したらボロが出そうで怖かったのだ。
それにしても、エラに関しては本当に何もかもが謎だった。あれだけ拒否の意思表明をしていたのにも関わらず、舞踏会にはしっかりとお洒落をして来ているし、そもそも馬車も無いのにどうやって来て、どうやって帰ったのかもよく分からない。それに、謎の美女は誰なのかも気になるところだ。まあ、考えたって分からないのであれば、本人に聞くしかないだろう。
母もロゼリアも先程までは楽しそうに話していたが、流石に今はもう午前2時過ぎ。普段ならとっくに眠っている時間であるため、明らかに眠そうだった。勿論私もいつも以上に体力と神経が削がれてしまって、これ以上になく疲れている。私達は馬車の中で、そっとそれぞれ重い瞼を閉じて夢の中へと入って行った。
◇◇◇◇◇
目を覚ますと、馬車の窓から眩しい日差しが自分の頬に当たっていた。どうやら朝日が昇って来たらしい。2人はもう起きていたようで、おはようと共に声をかけてきたため、私も笑顔でおはようと返した。
今回の夢はモノクロで、どんな夢を見たのかさえ覚えていないほどだった。そのため、すぐには不吉なことは起こらないだろうと分かり、まずは一安心する。立て続けに、ハッキリしない夢なんて見て、また不吉なことが起こってしまったら、今度こそ体力が持たないかもしれないのだから。
そんな中でもう馬車はヴァーズ領に入り、ほぼ家に帰ってきたようなものだった。ようやく日常に戻れたのだと安堵するものの、もう少しでこの土地とは離れて生活しなければならないのだと思うと、少し憂鬱な気分になってしまう。
そうこうしているうちに馬車は止まり、私達は実家に帰ってきたのだった。そして、私達は行者の方に御礼を言って馬車を降りると、馬車はそのまま元のルートを辿って戻って行った。
今日は仕事が3人とも休みで、馬車と寝にくいところでの短い睡眠だったので、全員疲れは取れていなかった。そのため、ベッドの上で眠ろうとそっとドアを開けて家に入ると、階段から降りてくるエラを見かけたのだ。エラを見た私達はすぐさまに眠気は飛んで、エラのところに駆けつけてしまい、3人で同時に質問攻めをしてしまった。
「エラ、どうして舞踏会に行ったの?」
「エラちゃん、どうして私達と行かなかったの?」
「エラちゃん、どうやって舞踏会に来たの?」
そして、私達はまたもう1つ疑問に思っていたことをエラにぶつけたのだ。
「「「あと、どうして王子のダンスを断ったの?」」」
あまりにも息がピッタリで驚いてしまったものの、それと同時にどう返答するべきか頭を抱えているエラに罪悪感を覚えてしまう。私はすぐに、教えられるところを1つずつゆっくりで大丈夫だからと取り繕って、何とかエラを落ち着かせた。
エラは分かったと素直に返事をし、こうして1つずつ話をしてくれることになったのだが、その話は大変衝撃的なことだったのだ。