2度目の会場
ようやく戻ることが出来たけど、もう1時間ほど経ったし、私を追いかけてくる令嬢もいないだろう。きっと、それぞれ舞踏会を楽しんでいるはずだ。
そっと会場の中に混ざり、母とロゼリアを探すと、2人ともアッサリと見つかった。
母は、どうやら相変わらず貴婦人と会話を楽しんでいるようだ。それにしても相手の貴婦人はとても優美で、遠くから見ても品がある。しかし、母はそこまで着飾っていなくても、負けないほどの品があった。勿論、娘の贔屓目があるとしても品があるのは間違いない。そんな優美で楽しそうに話す2人の間に入る勇気が無くて、母に話しかけるのは諦めるしかなかった。
ロゼリアは、現在青い服を身に着けている騎士様とお話をしていた。彼女は上級の笑顔を浮かべていて、偽りの笑顔ではないのはよく分かる。どうやら髪飾りも戻って来ているので、きっと見つけて届けてくれた騎士と話しているのだと推測出来た。彼女の大切な形見が見つかり安堵したものの、それと同時にここはやはり邪魔してはいけないなと思い、声を掛けることは止めて、2人からは離れた。
今は疲れて令嬢に話しかける勇気も無いし、また話しかけたら何を言われるかも分からないので、話しかける必要がなかった。そのため、お腹が空いたこともあって、多くの料理が並んでいる壁の方へ向かった。
並んでいる料理は、本当に様々な種類があった。メインディッシュであろう高級そうなローストビーフ、あまり出回っていないフィシュ、新鮮なサラダ、様々な甘い香りが漂うデザート。流石に溢れたら大変なためかスープは無いものの、ドリンクも充実している。どれも美味しそうで、一気に食べたくなるものの、それはマナー違反であるため、少しずつ量を取って食べる。
やはりどれを食べても新鮮で美味しい。エラが作ってくれる料理も美味しくて安心感があるが、それとは違う美味しさで堪能出来る。思っていた以上にお腹が空いていたようで、皿に乗せた料理がもうすでに無くなってしまったため、あまり行儀は良くないが、2週目に入ってしまった。
それにしても、考えれば考えるほど不思議だ。
今まで予知夢はどんなに遅くても前日で、あんな直近で夢見ることなんて無かった。あんな風に突如睡魔に襲われることもなかった。そして、今まで今日の舞踏会に何かが起こると判明したように、場所と日時がある程度分かるのも無かったのだ。何もかもが初めてで頭が痛くなる。
確かに初期に比べると、場所が特定出来るようになって来たり、直近で分かるようになったりと、より助けやすい状況にはなっていたため、今は急に予知夢能力が上がったと思わざるを得なかった。しかし、確認を持てずに悶々としてしまう。
それに、また何故王子様が真っ先に近づいて来たのかも意味不明なままだ。
確かに私は、と言うか私達ヴァーズ家は地元の人達には大変な美人だと言われてはいる。しかし、そんなのはあくまでも田舎での話だ。都会に出たら、私達よりも美人は存在する。また、服だって舞踏会に参加出来るほどのドレスではあるが決して豪華だとは言えない。そして、何よりあの時私は1番端にいたわけでもないのだ。何処をどう切り取っても、私を真っ先に選ぶ理由が分からない。
また、あの時は嬉しさもあってつい引き受けてしまったが、何故あの会話から私が王宮侍女になれたのかも不明だ。まあ、話は女性らしくはなく、政治方面に興味を持った変わった女に気を惹かれたのかもしれない。しかし、たかが地方貴族で侍女として長く務めていたからと言って、王子様だけの一存で決めて良いのだろうか。王宮で務める場合、普通は厳密な審査があるはずだ。だからと言って、王子様がそんな嘘を吐くのも筋が通らないのだ。
考えれば考えるほど分からなくなってしまう。
しかし、最悪嘘でも今の所で働くだけの話。もしかして私にとって都合の良すぎる夢でも見ているのかもしれないと思うと自嘲したくなる。もう早くこの会場から離れたかった。
そんな気持ちが落ち着かない中で、次のダンスが始まるようだ。この間は如何なる場合も静かにしなければならない。私はそっとお皿を置いてピンと背筋を伸ばして姿勢を整えるものの、中央を見ると驚きの人物がいて思わず前のめりになってしまう。
何故なら、今王子様の手を取っているのはなんと舞踏会についてこなかったエラだったのだ。エラは大人びた化粧をして、豪華な宝石を身に着け、また宝石も散りばめた上質な白いベルラインのドレスを身に着けていた。
最初は一瞬疑ったものの、あの可愛らしい顔と小柄で華奢な体、そしてあの可愛らしい雰囲気はどんなに着飾ってもエラに間違いない。私達の天使を見間違うわけないのだ。
その一方で、可愛らしさに、大人びた上品さも加わり、エラはとても輝いて見えた。少なくも私達よりも50倍は綺麗なのには間違いない。これは義姉の贔屓目で見ても、多くの人がエラに見惚れている。勿論敵対する目も見られたが、どちらにしろエラに釘付けだ。
しかし、エラがダンスどころか、まともな淑女としての教養が低いことを知る私は、この後のダンスが不安でしかなかった。
そんな中で音楽が流れ、2人は踊り始めた。最初はエラの方が少し緊張していたみたいだが、自然と笑顔を浮かべているのが分かった。
どうやら王子のリードが上手いお陰で、どの角度になっても普通のダンスにしか見えないようだ。あのエラをここまで自然に踊らせるなんて、流石としか言いようがない。
楽しそうに踊っている2人は、まるで絵本に出てくる王子様とお姫様みたいだった。なんてお似合いなんだろうと思うほどで、羨ましくさえ感じてしまう。
2人のダンスが終わると、エラはそのまま別れようとしていたが、まさかここで王子様が衝撃的な行動を取ったのだ。
「エラ嬢、もう1度私と踊っていただけませんか?」
普通こんな舞踏会の場では、1人1回踊るのが普通だ。そのため、2回誘うなんて異例なことだった。エラも驚いてどのような態度を取ったら良いか分からないようで動揺しているが、周りの令嬢も大変驚き動揺していた。
エラは王子様の誘いを無下に出来ないと悟ったのか、もう1度彼の手を取ろうとした時に、カーンカーンという0時の時計の音が鳴り響いたのだ。
すると、エラは伸ばした手を引っ込めて、王子様の手を取らずに、代わりに1人の令嬢を引きつけれ、慌てて帰って行ったのである。
「王子様、本当にすみません。失礼致します」
王子様は待ってと呼び止めるものの、エラは一切振り向くことは無かった。
この騒動で、多くの令嬢があの子は一体誰なのかと検索し合っている。勿論私の義妹だなんて言えるわけもなく、私は、いや母とロゼリアも含めて私達は打ち明けることは出来やしない。しかし、王子様がそれぞれの令嬢と会話に混ざるとその会話は一気に途絶え、先程の雰囲気に戻ってしまう。
何故一気にこの騒動が収まったのか、私は不思議でたまらなかった。しかし、ここでは都合が良いのだから、感受すべきな気がして、これ以上深入りするのは止めることにした。
王子様は、毎回様々な令嬢と楽しそうに踊っている。その姿を見る度に、エラの時みたいに羨ましく感じてしまうのだ。勿論こんな感情を持ったことはないため、何故羨んでいるのかは分からない。しかし、見る度にその気持ちが募って、それが胸を締め付けているのは理解した。
そろそろ朝を迎え、舞踏会が終わる。これでもう終わりだと思うと安堵と共に、寂しさも感じていた。ここでもまだ自分の感情が分からなくて、悶々としている時に、声を掛けられたのだ。
「アナスタシア嬢、今回はファーストダンスありがとうございました」
何とまさかの王子様である。最初に聞いたあの低い声を聞き、心地良さを感じてしまう。私は少し反応が遅れて挨拶をしてしまった。
「こちらこそ、ダンスを誘っていただき光栄でした。ファーストダンスの相手としてお眼鏡は叶いましたでしょうか?」
「これ以上になく素晴らしく、楽しかったです」
「そのように仰ってくださり、安心しました」
こんなのはリップサービスに決まっているが、王子様から楽しいと言われて舞い上がってしまう。
「あと、侍女の件も忘れないでくださいね。王宮で待っています」
「え……はい。王宮侍女の件につきまして、本当にありがとうございます」
また、王宮侍女の件も本気であることも分かり、転職出来ることに対して安堵してしまう。それと同時に胸の鼓動も高まったのだ。
そしてこうして、舞踏会は終わりを迎えたのだった。