元婚約者との対峙
「私は元からビルを許したことはないけど、今回は一生恨むわ。本当なら即死刑にしたいところだけど、私には残念ながら権限はないから、どんな刑なのか待っていなさい」
「死刑……ただか嘘ついて誘っただけでそんなことになったらたまったもんじゃないな」
「あら、でもかなり罪は重いと思うわよ。聖女の誘拐罪でしょう、それに貴族である両親の監禁罪と殺人未遂も犯しているのよ。これで軽いわけないもの」
「はあ? 監禁罪と殺人未遂ってどういうことだよ!!」
「自覚無かったの? あり得ないわ。自分の罪をもっと自覚しなさいよ」
本当に無自覚とは恐ろしいわね。今さら青ざめているのだけど、遅すぎるわよ。神の裁きを受けるが良いわ。
だけど驚いたのはこの後のあいつの発言だ。私は何を言っているのかと思った。
「嘘だろう……なぁアナスタシア、元婚約者として救ってくれよ。王子付きの侍女なら進言出来るだろう?」
これには呆れるを通り越して、相手にするのさえ馬鹿らしい。身の程知らずにも程がある。もう何も言わずに立ち去ろう。
「おい待てよ。無視すんじゃねぇ!!」
「きゃあ、何?」
急にそのドスの効いた声とガラスを思いっきり叩く音が聞こえてきたものだから、驚き過ぎて声を上げてしまう。それも縛られた手で赤くなりながら無理矢理叩いてくるものだからなお怖い……こんなの正気の沙汰じゃないわ。
「アナ、どうした……ってお前何してる?」
私の声に反応してアレク様が入ってきてしまった。心配かけて申し訳ない。だけど、アレク様が入ってきたことで安心も感じてしまった。
「お前こそ誰だ? 今アナスタシアと話しているから出ていけよ」
「私からはもう話すことはないわ。聞くだけ聞いても良いけど、何も返事しないわよ」
「お前からの返事を貰うまで喋り倒す」
「なら最初からノーと伝えておくわ。ではこれ以上いても無駄だから帰るわ。アレク様行きましょう」
もうこれ以上の醜い論争をアレク様には見せたくもない。それに彼の狂気じみた視線を感じて身震いもするので、一刻も早くここを出たかった。
でも彼はまだ食い下がり、より凶暴化する。
「ふざけるな!! 俺を見捨てる気か。貴族令息である俺が庶民であるお前を婚約者にしてやったのに、その態度は何だ」
「婚約破棄されたのに、してやったとか意味が分からないのだけど。そもそも、私は領主様からの頼みと領民の手助けのつもりで婚約したのであって、貴方を好きで婚約したことはないわ。寧ろ貴方のことは憎んでいると言ったわよね。勿論子爵夫人になりたかったからでもないから」
「ごちゃごちゃうるせぇ。お前はただ王子に俺の罪を軽くするように進言したら良いんだ」
何でこんなに話が噛み合わないのだろう。こいつとの婚約時代を思い出して嫌になる。しないと言っているのにしろとか、話を理解する能力が欠けているのか?
「王子に罪を軽く進言して欲しい……それがお前の主張か?」
「ああそうだ。だって理不尽だろう? 俺はロゼリアを聖女だとは思わずに接していたし、親は別荘に住まわして死を待っていただけだ。手をかけて殺そうとしたわけじゃない。なのに誘拐に監禁に殺人未遂とか罪名が大げさ過ぎる」
「あぁ、今その発言を受け取った。アナの進言を介さずにな。折角だからここで王子としての判断を下そう。その要求は一切受け入れない」
アレク様の声は今までに聞いたことが無いほどとても低く、威圧的な声だった。それでもあいつは反省の色を見せず、寧ろ被害者みたいに振る舞っているのだ。
しかし、王子というアレク様の立場を知って顔面蒼白になっていた。
「王子……嘘だろう。何でここにいるんだ?」
「何故か? それは私の婚約者が被害に遭わないか心配だったからだ。本当に来て良かったよ」
「はあ? 婚約者……アナスタシアが王子の婚約者だと言うのか? あり得ないだろう……そいつは庶民だぞ」
「確かに今はそうかもしれないが、そんな身分など関係ないほどこの国に貢献してくれたヒロインだ。お前が本来相手に出来るような人じゃない。私でも近づいて良いのかと躊躇うほど高潔な方なのだから。彼女に受け入れてもらうのには苦労した」
「この鉄の女に惚れたのか……趣味が悪すぎるだろう」
ちょっと待って……アレク様、それは流石に言い過ぎよ。何か凄く持ち上げられ過ぎて、予知夢も見てないのに目眩がするわ。
あと高潔だから躊躇するって、そんなの嘘じゃないの。あんなにガンガンアプローチしてきたくせに。
それに最後のセリフまで言わなくても……恥ずかしいわよ。
それにしてもあいつの発言はどういうことよ。趣味が悪いって、アレク様にも侮辱しているじゃないの。私のことはともかく、王太子に向かってそんなこと言うとか許せない。
「お前にはアナが挙げた罪以外に、プラスで次期王太子妃への名誉毀損罪も入れておく。これ以上抵抗するならより罪の重い強要罪で進言しておこう」
「くそ……お前が王太子妃だと言ってくれたら、ここまでしなかったのに……」
いや私が王太子妃になる予定だと言っても絶対に信じないだろう。というかあいつに言う義務もないし、言いたくも無かった。まあアレク様によって明かされてしまったけど。
もうこれで何も言い返すことはないだろう。早く帰りたい……馬鹿どころかサイコパスの相手をするのは疲れた。
「じゃあこれで失礼する。大人しくしておけ」
こうしてアレク様が最後に締めくくって、私達はこの部屋から出た。
◇◇◇◇◇
「アレク様、巻き込んでしまい申し訳ございませんでした」
「いや、寧ろずっと廊下で聞いていてイライラしていたから直接言えて良かった」
「ずっと聞いていらっしゃったのですか?」
「最初は聞かないでおこうと離れようとしたけど、元婚約者だと聞こえたからつい気になって……すまない」
そう言えばアレク様には彼が元婚約者だと言っていなかったっけ。というか言いたくなかったのが本音な気がするけど……こんな形でバレるとは。もしかして不味かった?
「アレク様。元婚約者が犯罪者で、私の領地で問題が起こってしまいましたが、私が王太子妃で大丈夫なのでしょうか? やはり外聞が悪いでしょうか?」
「そんなの関係ない。例え周りに言われてもアナと結婚する。寧ろアナは被害者だろう。もっと怒れば良いのに」
「婚約破棄された時に怒り散らかしましたから、もう良いのです。何を言われても慣れておりますから」
「そんなことに慣れては駄目だ。もっと自分を大切に……誇りに思ってくれ。私は耐えられなかった。アナが馬鹿とか鉄の女と呼ばれていたのが凄く辛かった」
きっと母や妹達がこの場面を見ても、辛いと嘆くことだろう。家族がそんなことを言われていたら、私も辛く感じるのは間違いないから。だからこそ、家族の前では気丈に振るって心配かけないようにしていた。下手に同情も買いたくなかったし……。
今は目の前でアレク様が私が罵られたことに対して辛いと感じている。家族が感じてくれるであろう気持ちを感じてくれているのだ。私は本当にアレク様から大切に思われているのだと実感して、辛い思いをさせて苦しいのに、それと同時に心配してくれていることに嬉しさを感じている。
自分でも自己肯定感が低い自覚は昔からある。だって、その方が楽だったから心を殺してきた。でも、もうそんなことしなくて良いんだ。自分を誇って良いんだ。そうアレク様が私にそう気づかせてくれた。
だから私はこれからもっと自分を誇りたい。誇ってアレク様の隣に立つのがより相応しくなりたいと強く思った。
◇◇◇◇◇
結局あいつは2週間後に裁判をかけられ、聖女の誘拐に、貴族である両親の監禁・殺人未遂、そして調べたら出てきた領地の予算の横領と、あらゆる罪が挙がり、最終的には懲役40年になると、殺人を犯していないのも関わらずとても重い刑に処させれた。
また脅しで言っていると思った私への名誉毀損もしっかりと上乗せされており、私がまだ正式ではないとは言え次期王太子妃なので、その罪も終身刑に響いたらしい。それがなければ35年ほどの懲役だったとか、どちらにしろ重い罪に変わりはないが。
またヴァーンズ領地はどうなったのかと言うと、領主様が無事に回復したので、再び領主として元に戻ってくれることになった。
彼は息子の責任も取るため辞任するつもりだったが、領民達の強い要望もあり、寧ろ継続することで償うと復帰したのである。勿論私達も継続してくれることを願い頼みにも言ったので、安心した。
しかし、彼はどうしても息子のことに責任を強く感じており、今から代わりに任せられる人がいないか、探すとも言っていた。と言っても領民達が代わりの人を見つけても、そう簡単には代わらない気もするけど……。
とにかくヴァーンズ領地に不穏な動きは無くなり、かつての田舎ならではの活気の良さが溢れたところに戻ったのだった。
◇◇◇◇◇
私はあの予知夢を見てからあいつの裁判が終わるまで一時的に王太子妃教育を中断させてもらっていたが、無事に終わると再び王太子妃教育が始まり、それからあっという間に1ヶ月後が経った。
期間的には多分短いとは思うが、進捗具合としてはもう9割ほど終えており、あと少しを詰め込んで後はしっかりと復習するのみになっていた。
そんな中で、ロゼリアとエラから手紙が来て、会いたいと書かれていたので、同じ日に私の方が2人を王城に招待し、お茶会をすることにした。




