ダンスと新たな予知夢
「あとこれは単なるお願いなのですが、アナスタシア嬢、私と踊ってくださいませんか?」
信じられない出来事の後の、ダンスの申し出。
舞踏会であるため、踊るのが本来の趣旨のはずなのに、一瞬何を言われたのかが、分からなかった。しかし、すぐに正気を戻し、返事をする。
「喜んでお受けいたします」
本来ならこんな目立つ行為は避けるべきだ。しかし、彼はそもそも目上の人で、そして王宮侍女にしてくれると仰ってくれた方だ。そんな人の願いを無下にすることなんて出来るわけなかった。そのため、私は王子様から差し出された右手に、自身の左手をそっと重ねた。
王子様の手に触れた時に、不謹慎にも王子様に直接近づけると思うと嬉しさも込み上がってしまった。今まで家族以外では自ら人と関わりたいと思ったことなんて無かったため、そんなことを思った自分が不思議だった。
王子様が私の手を取り、再び令嬢達が集まる会場に私を誘導しながら戻って来た。すると、歓声の声と共に、王子様に対する熱い視線が集まった。そして、私を見る殆どの人達は、口元は笑っているものの、冷たい目で見られているように感じた。
王子様が真っ先に私に話を掛けてきて、それ以降はずっと一緒にいたのだから、間違いなく私が1番最初のダンス相手だ。社交界に出たこともない私が、1番最初に選ばれるのは、さぞ納得いかないことだろう。
しかし私だって、そもそも最初に声を掛けられたことが分からないのだ。そんな目を向けられても困るというのが本音だった。
そんな中、もう会場の中央まで来ていて、もう準備が進んでいた。私はそのことに気づき、王子様が礼した後に、私も丁寧に礼をする。そして、ダンスの体勢を取って曲がスタートしたのだ。
ダンスは淑女の嗜みであるため、勿論踊ることは出来る。ただ、まともに踊ったのは十数年振りで、この1ヶ月で復習はしたものの、やはり不安だった。それも流れてきた曲が中々難易度のあるダンス。確かに最初に踊る時の曲はほぼこれではあるが、まさか最初に踊ることになるなんて夢にも思わなかったため、このダンスを踊るとは想定外だった。
しかし、その不安はすぐに無くなった。何故なら、王子様のリードが大変上手いため、気を張らなくても自然と踊れるからだ。これなら、相手がどんなに下手な人でもしっかりと踊ることが出来るのではないかと思う。
そんな王子様とのダンスは、心の底から楽しいもので、ダンスが難しいと感じることもないまま、一瞬にして時間が過ぎ去ってしまった。そのため、終わった時には嬉しさと共に虚しささえ感じ、もう少し時間が続けば良いのにとも思ってしまった。もう1回踊りたいすら思うほどだった。
本当に王子様は、紳士で格好良くて惚れてしまう。こんな胸を高鳴りを感じたのは初めてで、一瞬お別れの挨拶を忘れかけるほど彼に夢中になっていた。
しかし、ダンスが終わると非情なもので、勿論大きな拍手を送られたが、それと同時に更に冷たい目で見られていた。そして、王子様が離れると、王子様に近づく令嬢もいたが、私に近づいてくる令嬢も複数いた。さっきの楽しい時間で忘れかけていたが、ここで令嬢達に構う時間はないのだ。
この状況は避けなければいけないため、私は即座に会場から離れて身を巻いた。すると、もう追って来る人は誰もおらず、1人になることが出来た。
それにしても、この間で何か問題があったらどうしようと不安になる。そのため、取り敢えずもう1回王城の中を見ることに決めたが、その時に私は強烈な睡魔に襲われてしまい、その睡魔に抗えずにその場でしゃがんで目を瞑ってしまった。
◇◇◇◇◇
綺羅びやかだけど、平然としている。
ここは先ほど見た光景ってことは……王城の廊下?
でも待って、うめき声が聞こえるわ。
えっと場所は……先に十字に道が交わっているのが見えるから、中央辺りかしら?
あとは……。
◇◇◇◇◇
私は一瞬だけカラーの夢を見て、目が覚めた。しかし、こんな間近になって予知夢を見るなんて異例だ。不思議であるが、分かった以上現場に向かわなければならない。幸い場所は分かったため、後は間違えずに向かうだけだった。
夢で見た場所に向かうと、バリンという大きな音が聞こえて、夢で見た通りうめき声が聞こえる。そちらの方に向かうと、人が床に倒れていた。青い正装を着ていることから彼が騎士様であることはすぐに分かった。
下には割れた花瓶が飛び散っており、花瓶が直撃したのだと推測出来る。怪我をしたのは足のようで、大量の血が流れている。取り敢えず血を止めなければと未使用のハンカチを取り出して止血したが、彼はまだ意識はあるようで、うめき声を更に上げた。ただ、かなり苦しそうであるのは見て取れて胸が苦しくなってしまう。
本来なら私が連れて行きたいところであるが、とてもこんな大きな体格の人を持ち運べるわけがない。そのため、私は「助けを呼んで参ります」と一言を残して、近くにいる騎士を探した。
騎士を探して体感10分。ようやく2人の騎士に出会うことが出来た。私は探している間に悪化していたらどうしようという不安に駆られていたため、彼らには取り乱して話を掛けてしまう。
「騎士様、お忙しいところを失礼いたします。実は先ほど大怪我をしている騎士様を発見いたしました。お願いです、助けてください」
彼らは大変驚いた様子で私の顔を睨んだが、嘘を吐いていないと分かったのか、1人の騎士は「場所は?」とすぐに聞いて、まともに取り合ってくれた。私は「丁字路を右に曲がったところです」と応えると、尋ねた騎士は凄まじい速さで駆けていった。
私も本当は追いかけたかったが、ドレスとハイヒールという動きにくい中、走ってここまで来たため息が上がっており、走る気力が無かった。
約5分後、向かった騎士が怪我した騎士を連れて戻ってきた。そして、2人の騎士はお礼を言って医務室の方に向かう。どうやらまだ意識はあるようで安心した。今回は彼を助けるためだったのだと思うと腑に落ちて、また安堵した。そして、今までで1番神経がやられたと言ってもいいほどに疲労感がどっと出る。
もうすべきことはしたため、本来ならば帰りたいところであるが、まだ舞踏会が続いているため帰れそうにない。取り敢えず会場に戻って、母やロゼリアとコンタクトを取りたいと思った。そのため、残っている騎士にお礼を述べて会場に向かおうとすると、騎士から鋭い声で引き止められてしまった。
「レディ、何故あそこにいらっしゃったのか説明してくださいますか?」
彼の質問は当然のものだった。何せ舞踏会はとっくに始まっているのだ。招待客である私が、会場にいない方が可怪しい。
「私は慣れない場所で疲れを感じてしまいまして、人通りの多いところから少し離れたいと、王城を散策させていただいておりました」
「散策ね……」
私は肝心なところを言っていないだけで、嘘は吐いていない。しかし、彼は納得がいかないようだった。
「貴女はブラウン騎士と面識はありますか?」
「いいえ、存じ上げません」
「では、彼が怪我した瞬間は目撃しましたか?」
「いいえ、存じ上げません」
「貴女は花瓶に触れましたか?」
「いいえ、触れてはおりません。私が騎士様をお目にかかった時は、すでに花瓶は割れておりましたので」
どうやら私が花瓶を割り、彼に怪我をさせたのではないかと疑われているようだった。良い気分ではないが、私が先に駆け付けることも多いため、疑われることは珍しいことではなく、正直慣れていた。
彼はまだ納得が行ってないようで、質問が続いた。
「そもそも会場には行きましたか?」
「勿論です。私は王子様とも踊りましたので」
「殿下が……貴女と?」
「はい、その通りです。気がかりでしたら、アナスタシア・ローズ・ヴァーズの名で王子様に直接尋ねてくだされば幸いです」
「分かりました、ヴァーズ嬢。この度はブラウン騎士を助けてくださり本当に感謝します」
特別美人なわけでもなく、高級品を身に着けているわけでない私に、最初の方で王子様とダンスを踊ったことに驚いたのだろう。まあ、最初の方ではなく1番最初なのだが。
しかし、彼は表情を元に戻し、綺麗な一礼をして、感謝の意を示したようだ。ならば私も同じように返さなければと、丁寧なカーテシーを取って、礼を述べて、お互いに別れを告げた。
正直あの騎士には失礼な態度を取ってしまったと後悔した。別に王子様と踊ったことを明かす必要もなかったのに、彼に対して謎のマウントを取ってしまった感じがしたのだ。
青い正装を着ているということは、上流の騎士であることは間違いない。そのため、彼が王子様と直接関わりがあっても何ら不思議ではなく、本当に尋ねる可能性も高かった。そして、王子様は私のことを覚えていると自信もあった――きっと最初に踊った自分のことを覚えているはずだと。
私はまた王子様と踊ったことを思い出して、再びあの時と同じような胸の高鳴りを感じた。