敵に追われた侍女
インクは無事に手に入ったけど、この重いインクを持って走るとなると、かなり体力が持っていかれる。でも、ウィルソン様の素早い対応もあって、魔法使い達との距離もそこまで離れていなかったため、比較的すぐに追いついた。
でも彼はもう例の通路目前まで来ていた。そのため、 1秒でも早く対応しなければと、私は無我夢中で彼らに追いつき思いっきり叫んだ。
「かけて!!」
私の叫び声に合わせて、私とウィルソン様は直ぐ様にインクを思いっきし上にかけた。魔法使い達は少し反応が遅れて、そのインクを避けることは出来ず、たっぷりと浴びてインクまみれになったのだ。
「箒で飛んでる!? これが貴女が仰っていた魔法使い達なのですね。ヴァーンズ嬢ありがとうございます。では貴女は今すぐにここから抜け出してください。今から私が指揮します」
どうやらウィルソン様にも無事に魔法使い達の姿が見えたようだ。ウィルソン様は私にお礼を言うと、すぐに大声を上げて魔法使い達が侵入してきたことを伝える。すると、騎士達が一斉に駆け込んできたのだった。
そう今まさに予知夢の状態になったのだ。
そしてそれは、予知夢の通り1人の魔法使いを逃してしまったところも同じであり、やはり変えることは出来ないのだと落胆する。
しかし、今は落ち込んでいる暇などないのだ。ここの付近にいる魔法使いを早く追いかける必要がある。
きっと扉に向かった魔法使いは王子様達が対処してくれるだろうから、そちらはお任せしよう。
しかし、もう本当に消えた魔法使いが何処にいると言うの? でもここには居ないし、さっきの通路はいないだろうし、抜けるとしたら向こう側の通路なのか?
ちょっと待って……それならさっき騎士達をこっちに移動させたのが仇となった。不味い……これは1人で対応するべき? でも1人じゃ何も出来ないし……かと言ってもうここにいる騎士達は魔法使い達と魔法と武力で戦いをしていて、声をかけるにかけられない。
でも私が対応出来る相手でもないし……出来るだけここから離れないでこっちにおびき寄せるしかないわよね。私に出来ることはインクをぶちまけて相手を巻くことだけ。
ここで見逃したら応戦が失敗するかもしれないと思うと、もうやるしか道は残されていなかった。
ここでやると決めたらあとは実行するのみだが、やはり怖いものは怖い。失敗したら何が起きるのか分からないのだ。
そもそも向こうに行ったという仮説は合っているのかすら疑いたくなる。だからこそ慎重に探さないと……。
幸い私は視力が凄く良いからかなり遠くからでも姿があれば見つけられる……とにかく何処にいるは確認しないといけない。
今少しずつ足跡を出来るだけ立てないように歩いているけど、そもそもこれで追いつくのかも不安だ……。この間に逃げられてたり、知らないところで反撃されていると思うと恐ろしさで足がすくみそうである。
「あぁっ」
危ない危ない。思わず声を上げるところだった。今1人の魔法使いを見つけたわ。インクも全然かかっていないし、あれがインクをかけ損ねた魔法使いに違いない。
かなり遠いけど、でもこれ以上は近づきたくないし……もうここは自分の巧緻力と出発力を信じるしかなさそう。行くわよ。
バシャという音が響き渡り、上手くインクが魔法使いにかかったことが、目からだけでなく、音からも伝わってくる。凄くマントが汚れているわね。無事に成功……自分の巧緻力と瞬発力を信じて良かった〜。こう見えても私は運動神経は良いからね。
よし、後はこっちにおびき寄せるだけ。このまますぐに逃げなくちゃ。まだあの廊下と近くて助かったわ。
はぁ〜あの廊下まで戻ってきた。魔法使いもこっちに近づいているし、後は騎士達がどうにかしてくれるはず。ならば今からはここを離れるのが一番ね。彼らの邪魔をしないようにこっちへ逃げよう。
はぁ〜こっちに逃げたのは良いけど、こっち方面は寮から離れるから失敗したかもしれない。でも今更引き返せないし、早くこっちから逃げないと。
えっと、この音何かしら? 後ろから聞こえる……え、嘘でしょう。魔法使いがこっちに猛スピードで追いかけてきているじゃないの。
間違いなくあの廊下は通ったはずなのに、どうして私を追いかけてきているの? いや、その後ろには複数の騎士達もいるわ。もしかして逃げているのかしら……いや、これは多分私を狙いに来ているわ。何か遠くにいるのに凄い怒気を感じられるもの。
本当に訳わからない状態が続き過ぎていて、頭の理解が追いつかないわよ。さっきのあのスロースピードは何だったとの疑いなくなるぐらい速いわ。
だけど、本当に私を狙っているならば、これは捕まったら本当に殺されるかもしれない。
逃げなきゃ……早く逃げなきゃ。でも、このままだと追いつかれて捕まっておしまいだ。どうすれば良いの? 運動神経は良いのに、鈍足なのが恨めしい!!
それなら隠れるしかなさそうだけど、何処に隠れろと言うの? 王城は広いけど、創りはシンプルだから隠れるに隠れる場所なんてないわ。
じゃあ何処かの部屋に隠れるの? でもこっち方面は王室側の寝室などが並ぶ区域なんだけど……私が入っていい場所じゃない。でもそんなこと言ってられないほど追い詰められているのよ。
隠れるには何処が良いの?
隠れるには……そう言えばあそこを曲がって少しした所に王太子妃の部屋があるはずよ。そうだわ、あのさっき見たあの洞窟はまさかそういうこと? ならば一か八かやってみる? でもこれをしたらこの後で本当に首が吹っ飛ぶかもしれない……。
でもでも……今死んだらそれまでだわ。とにかくもう逃げるしか今の私には選択肢がない気がする。
はぁ〜全速力で走って逃げているけど、確実に距離を縮まっているのが嫌でも分かる。でもあと少しで王太子妃部屋。あそこに逃げ込めたら、ワンチャン逃げ切れる。
ここを曲がって……あそこが王太子妃部屋ね。もう勝手にお邪魔します。
あぁ1人の部屋だと言うのになんという部屋の広さ。流石王族の部屋だ。今使っている使用人部屋とは広さが全然違う。
そんなことに見惚れている場合じゃないわ。えっと……確か本棚の向こうに側よね。『キツネくんとトリちゃんのおさんぽ』と凄く可愛いタイトルだったはず。
あ〜もう何処にあるの……あ、あったわ。こんな1番下のそれも真ん中よりも右寄りにあるとか、凄く分かりにくいところにあるわね。いや、分かりやすかったらそれはそれで不味いだろうけど。
この本を取ると、本当に棚にボタンがあった。これを押したら良いのよね。
――ガラガラゴトゴトゴトゴト
え、床が動いたわ。凄い……まるでサスペンス小説でも読んでいるかのような展開。王城って本当にこんなカラクリがあるのね。
ちゃんと本もボタンが隠れるように戻したし、問題ないわね。じゃあもうこの現れた階段を降りるわ。
早くしないとバレちゃう。
何だろう少し歩いただけなのに、凄く足音が耳に響く。降りたのは良いけど、どうやったらここは閉まるわけ……あ、今閉まり出した。お願い早く閉まって……バレたら本当に終わりなの。
あ、今ガチャンといえ音が聞こえた。ちゃんと閉まったみたいだわ。本当にバレていないわよね? もしバレていたらどうすれば良いの。
「あの女、何処に隠れやがった!! あの足だと向こうの端まで行っていないはずだ。何処かに隠れているだろう。ここか、いやそこか?」
怒鳴り声が聞こえてくる。これは間違いあの魔法使いよね。もうここまで来ただなんて……。色々荒らしまくっているみたい。あぁ、こんなことになってしまい本当に申し訳ございません。
もしここで破壊されたら……この下に私がいることが分かったら……あぁどうかバレないで……。
「ちっ、ここには居ないか。ならば向こうか……さっさと見つけて懲らしめてやる……いや人質にするのもありかもな……どっちにしろ面倒なことをしてくれたお代はしっかりと払ってもらう……」
どうやらこの部屋からは立ち去ったみたい。私、ひとまず助かったのね。
それにしてもあと1分遅れていたら本当にあの魔法使いに捕まっていたかもしれないと思うと身震いする。本当に間に合って良かった……。
あ、この洞窟の感じは……松明もあって、さっき見た予知夢と全く同じ光景だ。私はこうなる運命だったとでも言いたいのかしら?
本当に恐ろしい予知夢を見せられたものね。




