戦いの幕開け
昼に王子様の執務室に向かうと、その時は王子様がいて話しかけてきた。私はお茶を淹れながらその話に耳を傾ける。
「アナ、朝はありがとう。予定は早まったけど、ほぼ準備は出ていたから大丈夫そうだ。あとは迎え撃つだけ。アナのお陰で心構えが出来たよ」
「そのように仰ってくださりありがとうございます。ただこんなに遅い時期でのご報告になり大変申し訳ございません。本当はもっと早く見られたら良かったのですが」
どうしても心が晴れなくて顔を合わすことが出来ない。それに耐えきれずに思わず謝罪までしてしまった。きっとこんなことを言われても返答に困るだけだと言うのに。
「何を言っているんだ。私達はそもそも予知夢なんて見れないのだから、そのことを誇りに思って欲しい。それに絶対に自分で自分のことを責めない欲しいんだ」
王子様は何処までも優しかった。特に最後の自分を責めないで欲しいという言葉が凄く心に響く。
先程までずっと自分を責め続けてきた。だからこそなお辛くなっていたのだが、それをしなくて良いというので少しその気持ちから解放された気がする。
もう責めるのは止めて、自分がこれからするべきことに目を向けようと決意した。
こうして準備して迎え撃つ体制が整えた上で2日はあっという間に過ぎ去ってしまう。私は余程のことが無ければ王城に来るなと言われており、今は護衛術を備えていない侍女や文官達が避難している王城の外にある寮に入っていた。しかし、私はそんな戦争が始まる朝にまた予知夢を見てしまったのだ。
◇◇◇◇◇
ここは何処? 何か周りがゴツゴツしているし、洞窟みたいね。
松明もあるし、思った以上に幅もあるわ。どうやらちゃんと整備はされているみたい。これは明らかに自然な物ではないわね。
◇◇◇◇◇
起きたのは朝の5時。いつも通りに起きる必要はないが、体が勝手に起きたようだ。しかしいつものようにゆっくり用意している暇はない。早く出てこの予知夢を伝えなければならない。
万が一ルナが早く起きた時に私がいなければ心配することは分かっていたので、少しの間だけ外に出るけどすぐに戻ってくるとメモ帳に書いておこう。
だけどすぐに万年筆のインクが出なくて思いっきり振ったら、インクが出過ぎて手がインクまみれになってしまった。でもこれだけ付いてしまったインクを綺麗に落とす暇なんてないし、とにかく早く行かないと。
ちぎったメモをルナのベッドの端に置いて、誰も起こさないように足音を消して外へ出た。
正直この予知夢が何を示しているのか全く分からないけれど、もしかしてたら国旗のように何か深い意味を持つのかもしれないと思うと、徒歩10分ほどの距離にある王城まで走るしかなかった。
◇◇◇◇◇
鈍足ながらも王城に辿り着き、王子様の執務室に向かおうとした時、私は見てしまった……7人の魔法使いを。
かなり離れてはいるけれど、視力の良い私にはハッキリと見えた。あの予知夢と全く同じである。もうこんなに早くから奇襲が始まるだなんて信じられないが、これが現実なのだと突きつけられる。
だけど何か変だ。周りに騎士達がいるのに全然気づいている気配がないのだ。どうしてか理解が出来ない……でもこのままだと王城の中にそのまま入られてしまう。
この距離からだともう私から騎士達に伝えるのは無理だ。ならば予知夢で見たあの廊下まで走って騎士達に伝えた方が早いだろう。
早く向かわなければ。今はさっき見た予知夢がどうとか言っている場合じゃない。
「皆様、先程魔法使い達が王城に入っているのを見ました。魔法使いは向こう側から侵入しております。お願いです……あちら側でどうか準備をしてください」
私は最初に見つけた騎士達に声をかけて、何ふり構わずその場で懇願した。何故なら戦力は1人でも多い方が良いと思ったからである。きっとここにいても魔法使い達はここを通らない。
しかし私のことを知らない彼らは、ただの侍女1人が何を言っているんだ状態になっており、全く持って取り合ってくれない。
そんな中、近くにいた騎士団三銃士の1人であるウィルソン様がやって来て、私の話を聞くとはすぐに彼らに命じる。すると、彼らは驚きながらも上司の命令に従い、直ぐ様にあの廊下に向かってくれた。
「ヴァーンズ嬢、何しに来た? 侍女は王城に残るなとあれほど言われただろう」
「私は予知夢を見たので伝えに来ました。全く意図は分からないのですが、洞窟の予知夢を見ましたので、アレクシス様に伝えなければと思いました。でも今はそれどころではありません。とにかくあの廊下に向かわなければなりませんわ」
「予知夢は私が殿下に伝えておく。だからもう帰れ」
私も帰れるなら帰りたい。だけどどうしてもさっき騎士達が誰も反応しなかったことに違和感もあったから、私が直接関与しなければいけない気がする。だからこのままウィルソン様の言葉に甘えるわけにはいかない。でも説明する時間もないし……もうこうなったらウィルソン様を振り切って向かうしかない!!
てっきり無理にでも止めに来るかと思ったのに、ウィルソン様も察したのか、呆れながらもそれ以上は何も言わず、黙って私に付いてきてくれた。
あ、ここだ。ここがあの例の廊下だ。
まだ魔法使い達は来ていない。ならば少しでも早く位置を把握する必要がある。あの場所から王城に出てくる方面と言えばこっちだ。こっちから魔法使い達が来るはずだ。こっちに向かって突き進もう。
廊下から離れ始め、少し足が疲れ始めたところ、遠目からではあるが彼らの姿を捉えた。だけど彼らは大変ゆっくりとしたスピードで箒に乗り、少しずつ人影が露わになってきた。
「ヴァーンズ様、何だか私の杞憂だったみたいみたいですね。予知夢通り魔法使いが来ましたから私は戻ります。あとはウィルソン様よろしくお願い致します」
「はい? 魔法使いどころか1人もいらっしゃらないじゃないですか」
え、確かに少し遠くからだけど7人も魔法使いが近づいて来ているのに、見えないだなんてあり得ない。
さっきも騎士達は反応してなかったけど、角度的に気づかなかったとかとそういう何かしらの原因があるかもしれないと考えた……だけどやっぱり違うのね。
もし私が聖女だから分かるとしたら、騎士達が見えないのは当然となるけど……でも私が指示したところで7人も指示なんて出来ないし、そもそも信じてもらえなそうだし。もうどうすれば良いの!!
なんでこういう大事な予知夢は見ないのに、訳も分からない洞窟の夢を見たんだか……。この出来事をせめて昨日でも知っていたら、何か対策も考えられる時間もあったのに……あぁ、どうしようどうしようどうしよう。突然過ぎて考えが全く纏まらない。
そう考えているうちに魔法使い達が近づいてきた。どうにしかないと。えっと……とにかく動きを止めないといけないわ。
「あぁ」
私は何をしているのだろう。彼らを捕らえられるわけもないのに、掴もうとしたわ。思いっきり当たったけど、結局掴みきれてないし。
「急にどうされましたか……って何ですかあの黒い手形は……手形が浮いている!?」
「手形……もしかして私のインクがついたの?ならば……ウィルソン様、ちょっと王城のインクを使わせていただきますね」
「はい? インクがどうしましたか?」
まさか私のインクまみれになった手がここで役に立つだなんて。あまりにも付きすぎて完全に乾ききっていなかったのね……。
多分魔法使い達は魔法の力で周りから姿が見えないようにしているんだわ。だけど、外側から汚れるとその魔法は消えるみたい。それならばインクをばら撒いて彼らの姿を露わにしたら良いのよ。
幸いさっきは最後尾にいる魔法使いのマントに触れたから、魔法使い達は私達が存在を認識していることには気づいていない。その証拠にスピードもさっきと変わらず凄くゆっくりだもの。きっと速くしすぎると音でバレる可能性があると考えているのじゃないかしら? もしくは姿を隠しながら箒を操縦するのが大変なのかもしれない。まあどちらにしろ、まだ騎士達が待つ廊下までは行ってない。
そして不幸中の幸いに、目の前が文官達の職務室。ここからいくらでもインクがあるわ。早く急がないと彼らを逃しちゃう。
「ウィルソン様、どうか黙って私の言うことを聞いてください。とにかくこの大きなインクを持って、私がかけてと言ったら、インクの蓋を開けて、思いっきり上に向かってかけてください。説明は事が終わり次第説明しますから」
「あぁ、貴女は本当に意味不明なことばかり仰りますね。でも今回は一刻を争うようなので手伝います」
ウィルソン様は凄く生真面目で硬い人だから、凄く苦手意識があるものの、その生真面目ゆえ今回ばかりは手伝ってくれてありがたい。
それにしても流石文官達の職務室。インク入れどころか、その元であるインクが入った大きなボトルがある。これなら3・4人は余裕でインクをかけられそうだ。
これでインクも手に入ったし、あとは彼らの姿を早く露わにしなければならないわ。




