戦争直前の予知夢
「アナ、大丈夫そうか?」
「はい、今から扉探しの手伝いをさせてください」
先程まで泣きそうになっていたが、それをどうにか収めることが出来たので、次の任務に移るべきだろう。これ以上王子様を心配させるわけにもいかない。
「アナは何処のエリアに行ったことがないの?」
「行ったことがないのは、立ち入り禁止エリアぐらいだと思います。それ以外は全て足を踏み入れました」
「まあ、アナならそうだろうね。ならば立ち入り禁止エリアに向かうとするか。数としては主に5つあるから近いところから行くとしよう」
私があちこち動き回っていたのは、そう言えば王子様も知っていたわね。正直たった4か月でこんな広い王城を全て見回った人は、自分で言うのもあれだけどそうそういないと思う。
まず来たのは王室の重要機密情報管理室。つまり、具体的を挙げると王宮の秘密経路の地図などが仕舞われている場所だ。
まあ入ったと言ってもこういう場所は全て二重で扉が有って、その2つ目の扉まで案内してくれるというものだ。それぞれ少しずつ扉の縁や取っ手の形が異なるらしいので、そこに注目して欲しいとのことだった。
残念ながら中には入らせてもらえなかったのが、まあそんな場所に入るのも恐れ多いし、むやみに疑いをかけられても困るので、ある意味助かったとも言える。
最初の1つの目の扉は、縁の色が少し違ったので次に周ることになった。
それから案内されたのは、非常食や軍需品の管理室、避難所、そして最後は動物管理室だった。
動物管理室の扉の前に来た時、ようやく予知夢で見た扉と一致したため、思わず大声で叫んでしまった。
「あ、これです。この扉に間違いありません。緑が少しかった縁と、少し丸み帯びた取っ手でした」
「やっぱりここか。ここはレインボーバードも管理している場所だからな」
「レインボーバード……やはり目的はそれだったのですね」
「あぁ、これで確信が持てたよ。アナ、ありがとう」
本当に見つかって良かった。もし見つからなければどうしようということも過ったが、時計塔と同じくスピーディーに見つけることが出来たと思う。
それにしても、もうあれこれ1時間程度も案内されたような気がするが、こんなに悠長にしても良かったのだろうか? というか、やっぱりと言っていたような……。
「アレクシス様、どうしてここだとお考えになられていたのに、他のところも案内されたのですか? 最初からここに案内した方が、私を他の場所に案内する必要も無かったでしょうに」
「私の予想が当たるかどうかなんか分からないからね。確実に1つずつ潰した方が安心だったんだ」
「しかしその分時間が掛かったと思うのですが」
何気なく聞いたことなのだが、王子様は私の質問に言葉を詰まらせていた。何か私に言えない特別な事情でもあるのか。そんなことを思っていたら、凄く暗い顔で返事をしてきたのだ。
「怖いんだ……アナが危険な目に遭いそうで」
「怖い?」
「あぁ、私はアナの能力がバレて狙われるかもしれないと考えている」
「バレる……相手も魔法使いだからでしょうか? アレクシス様が分かったように相手も分かると仰りたいのですか?」
「そうだ。だからこそ万が一の逃げ道としての可能性を増やせたらとも思った。これら相手も知らないところも多いだろうから。本当は私が守りきれたらそれに越したことはないのだが」
そりゃそうだ。相手が魔法使いだと分かった以上私の能力がバレる可能性は高い。と言っても私はここでの使命もあるし、帰るに帰れやしない。
勿論戦中は表に出るつもりはないが、どんな形でバレるかは分かりもしないのだから。
「私自身も警戒しておきます」
「あぁ」
私はこんなに暗い表情を浮かべている王子様に対して何という言葉をかけて良いのか分からず、ただ一言そう言うしか出来なかった。
そんな時にグゥーという音が聞こえきた。
あ、そうだまだ朝食取ってなかったからお腹が空いていた。王子様の前で鳴らすなんて恥ずかし過ぎる。
「もしかして朝食取ってない?」
「あぁはい。お見苦しいところをお見せしまして申し訳ございません」
「いや気づかなかった私も悪い。アナ、ご飯食べておいで」
「いえ、勤務中ですし1食ぐらい大丈夫ですよ」
「駄目だ。大切な人に倒れられたら困る」
「ではお言葉に甘えて朝食を摂ってきます」
大切な人……それは侍女として、聖女して、それとも女としてなのか……。そんな意識させる言葉を言うなんてズルい。度々こんなことをするのだから困る。
胸の鼓動が早まる中で王子様と別れて、それが鳴り止まないまま遅い朝食を摂ることになってしまった。
◇◇◇◇◇
あれから2週間、また王城に対する対策を中心に各部署が動き始めた。ここに残った騎士達は、どのようにして捉えるかを話し合い、文官達はその事務処理をして大忙しだ。
私はその2週間は新たな予知夢を見ることなく、また相も変わらず同じ業務をしているだけになった。
ただ、ずっと狙われているかもしれない……その王子様の言葉がずっと引っかかって、どう狙われるかやどう対応するか色々考えてはいたものの、可能性があり過ぎて綺麗にまとめることが出来なかった。
そんな中、また1つの予知夢を見た。
◇◇◇◇◇
これはリンネ国の騎士達ね。
彼はリンネ国の国旗と……あれは確かリンネ国になる前の国であるガウル国の国旗だわ。 どうやら2つの旗を同時に上げているみたい……。
あら、騎士達が移動しているわ。それも大量の騎士達が一斉に。
向かうところは……あ、時計塔。
◇◇◇◇◇
またカラーの夢を見たわ。あれは間違いなくオルガ国へ移動する場面。本当にもう少しで戦争が始まるのね。ただこれを伝えたところで、いつかは具体的に分からないのだから伝える意味があるのかは正直謎だけど……。
でもどんなことで伝えて欲しいと言われたからには伝える必要があるわね。今は5時半と少し早いけど前みたいに寝過ごしてもいけないから、今から準備して、6時50分に出るとしよう。
◇◇◇◇◇
「アレクシス様、おはようございます。アナスタシアです。急用で早く参りました」
何の反応もしないわね。声が聞こえていないわけはないし、もしかしたら他の場所で業務を行っているのかもしれない。ならばダグラス様の所へ向かおう。
「ダグラス様、おはようございます。アナスタシアです。急用で早く参りました」
「え、はいどうぞ」
あ、ダグラス様はちゃんといたから良かったわ。それならちゃんと伝えないと。
「失礼致します。予知夢に関しての情報を伝えに参りました」
「朝早くからありがとうございます。では早速ですが、お聞かせ願えますか?」
「はい。本日見た予知夢は、リンネ国の騎士達がシーモア領へ移動する場面でした。リンネ国の国旗と旧リンネ国であるガウル国の国旗が掲揚されており、どうやら国中に知らせてから向かうようです。残念ながらいつかは……」
「ガウル国の国旗……えっと………………ヴァーンズ様、この国旗で間違いありませんか?」
「はい、間違いありませんが……」
「まさかガウル国の国旗をご存知とは驚きました。あ、いつ出兵するかはもう分かりましたよ」
私が最後まで言い終えていないのに、それを遮って尋ねてくるだなんて、どういうことなのだろう。それほど国旗を確かめたかったのだろうか。
そんな風に不思議に思っていると、なんと驚きの返事が返ってきたのだ。私は全く分からなかったのに、何故話を伝えただけで出兵日が分かったのだろうか。
「ヴァーンズ様、実はリンネ国がガウル国の国旗を掲揚するのは1年で1回と決まっているのです。それはリンネ国建国記念日。彼らはどんな時でもその日以外ではガウル国の国旗を掲揚することはありません」
まさか旧国旗が出兵日の特定に繋がるだなんて夢にも思わなかった。やはりどんな些細なことでも伝えるべきだと実感する。役に立てたようで安堵した。
しかし、この後ダグラス様の発言で、落胆することになってしまったのだ。
「ガウル国建国記念日は明後日になりますので、急いで伝えることと致します。今回は本当にありがとうございました。申し訳ありませんが、先に失礼致します」
まさか2日後なの? なんて直近……せめて1週間前とかにして欲しかった。これではあまりにも短すぎる。あまりの早さに頭が追いつかない。
こんなの役に立つのかしら? 逆に分かった分だけ焦るかもしれない。
どうしてこんなに直近なのか……そう責め続けたくなってしまった。
この後いつもの業務に戻ったが、あまりにも暗い顔をしていたのだろう。ミナさんから心配の声をかけられてしまった。
「アンナ、どうしたの辛そうな表情をして。しんどいの? なら休んだ方が……」
「あ、大丈夫です。その色々疲れているだけで風邪とかではないので」
「アンナ、もう少しで戦争も始まるし明るい表情をして欲しかったとは言わないわ。でも本当に辛いことがあるのなら、その時は私でも話し相手でもするから、1人で抱え込まないでね」
「はい、ミナさんありがとうございます」
上司とは言え、年下の子にここまで気を使わせるだなんて本当に駄目駄目だ。でもそのミナの優しさが何よりも温かかくて、少しだけ気持ちが軽くなったような気がした。




