妹からの悲しい知らせ
「話と言うのは領地のことよね。あいつに会ったの?」
「えぇ、少し前に会いに行ったわよ。悲しいことに噂は嘘じゃないみたい」
「税を上げる話は本当なのね」
「それもいくら上げると思う?」
「もしかして10%ぐらい上げるの?」
「10%で済んだらまだマシよ。7割も取ると言っていたわ、あの馬鹿が。」
「7割!? もうそれは馬鹿を通り越して屑よ」
現在のヴァーンズ領地での租税は種類によって多少は変わるけど、大体30%前後だ。そんなの数%でも生活が少し苦しくなるのに、7割とかみんなが生活が貧窮して苦しむことになるじゃないの。
それもそれでは死なない程度にしているところが本当に嫌らしい。何一生貴方のために働けってこと? 領民はあんなの奴隷じゃないのよ。
「理由も聞いたけど何て返ってきたと思う?」
「その増量したお金で酒や女に充てようとしているのでしょう」
「そうよ、まさにお姉様との婚約を破棄した時と同じことをしようとしているわ。それも卑怯な方法で」
あの人のことだから理由はそんなところだとは思っていたけど、本当にそのままとは……全く反省していないじゃない。あんな人が一時期とはいえ婚約者だったのが悲しくなる。
「あと子爵が倒れたのも本当だった。それも5か月間も前に倒れたらしいの。今は違う場所で療養中って言っていたけど、場所は最後まで教えてくれなかった」
「領主様、そんなに前から倒れていたの?」
「そうよ。あいつこっちが聞くまで何も教えてくれなかった。それも領民から様々な所で話が出ていると言うまで倒れてなんていないと突き通していたのよ!!」
ロゼリアは領主の息子のことは毛嫌いしているが、領主様のことは心の底から敬愛していた。子爵家の侍女を辞める直前はもう子爵はその家で仕事をしておらず、あの息子に対して奉仕していたから常に嫌悪感を示していたけど、子爵がいる時まではずっと楽しそうに働いていたのだから。
だからこそ、こんな状況になっていると知って動揺が止まらないのだろう。それも薬師になったからこそ、少しでも手助けをしたかったに違いない。それが出来ないのはとても歯がゆいことだろう。
「でも5か月間前に倒れたということは、あと7か月したら自動的に領主様の爵位は失われるわ。そうすれば必然的に息子のあいつがなる……だからあんなことを考えていたのね」
「そうなの。でも今はまだ領主様が爵位を持っているから彼をリコールすることも出来ないし、別に今は領地のお金に手を付けてないから犯罪者として出すことも出ないわ」
「仮になってからリコールしたとしても正式に認められるためには様々な手続きが必要で、なった時点で半年間は彼に爵位が渡ってしまうわよ」
「お姉様、だからこそ困っているのよ」
本当に頭打ちというわけか。正直庶民の私達だと今何も出来ないのが 現状だ。
制度上では6か月間で現領主からのサインが無ければ勧告され、またその6か月間の間で音沙汰が無ければ完全に爵位を失ってしまう。
もし私達が男だったら話は全然違うかっただろうに。それなら元領主の息子として統治権を取り返すことも可能だっただろう。
というかそもそも爵位が女でも受け継ぐことが出来ていたら、母がなってそれでおしまいだったのに。それが出来ないからこうなったのよね。
領主様は母が以前から交流があって経営としての腕あることも知っていて信頼もあったからこそ任すことが出来た。というか、他の訳も分からない成り立ての貴族に爵位が行き渡るぐらいならと、母が先に手を打って、領主様に渡すのを条件にすぐに爵位を国に返したのだ。案の定領主様は何1つ文句もない働きをしてくれたもの。
まあ、領主様には母が領地経営に携わることも条件で受け入れてもらったから、初期は母の手が加わっているけど。その流れでロゼリアも領主様のもとで働くことになったわけだし。
だからこそあの素晴らしい領主様からこんな屑が出てきたのかが不思議でたまらない。少しでも領主様みたいに領民を思いやる気持ちを持ってくれた良かったのだけど……それを言ってももう仕方がないわ。
「とにかく領主様を探すのが1番ね。もしかしたらロゼリアや先輩の薬師様の手で治療出来るかもしれないし。それがもし無理でも、話し合いはしないと……」
「そうね……分かったわ。私が絶対に領主様を見つける。あいつは意地でも口を割るつもりもないだろうから。幸いにメイドとしての仕事にはゆとりがあるし、薬師としての仕事はまだ先だから時間はあるわ」
「私も手伝いところではあるのだけど……」
「忙しいわよね。だから私がするわ」
「ごめんなさい……でも手伝えることがあったら絶対に手伝うから」
「ありがとう」
戦争が始まるかもしれないのに、領地の心配をしなきゃいけないなんて。でも戦争のことは今は誰にも打ち明けられないから、断るのも辛い。
それに戦争がすぐに始まるとは限らないもの。そうなったら手を打っていないと不味いことになるし。ここはロゼリアに任せよう。
私が領主様が何処にいるか分かる予知夢でも見ることが出来たらまずそこの問題は解決するのに……。ここ最近領地に関する予知夢は嵐のことばかりだし。
どうしてこんな大事な時に予知夢を見せてくれないのだろう。必要な時に見せてくれないと意味がないじゃないか。今の戦争の手がかりも予知夢は見せてくれないし、もう嫌になる。
え、そう思ってたらなんか急に眠気がやってきた? これって予知夢……。
◇◇◇◇◇
何だろう? 時計塔みたいだけど、王城のものでは無いわね。これ何処かで見たことがあるような……。
え、軍隊が攻めてきているの? それもかなりの量だわ。でも一部しか映ってないから数を把握出来ない。
あと持っているのは……大砲!? なんであんな恐ろしい武器をみんなが持ち構えているのよ……。
◇◇◇◇◇
「お姉様、大丈夫!?」
「え、あ……ロゼリア……」
「急に眠ってどうしたの? 疲れているの?」
「あ、ごめんね。ねぇ今は何時かしら?」
「はい、今? 今は4時5分だけど」
「4時5分………………ロゼリア、ごめん。急用を思い出したの。だから今すぐ帰るわ。お金は置いておくから会計よろしく」
確かダグラス様とロジャー様が職場にいらっしゃるのが午後5時までのはず。さっきのはカラーだったから間違い無く予知夢だ。それならば1日でも早く知らせないといけない。今ならまだ間に合う、早く急がないと。
「あ、馬車乗り場は何処にあるの?」
「馬車……それはその道を真っ直ぐ行くと10分ぐらいの所にあるわ。確か20分毎に来るから後15分ぐらいで着くはずだけど……」
「ロゼリア、今日は呼んでくれてありがとう。ではまた今度会いましょう」
「え、お姉様……ちょっと待って!!」
ヤバいこのままだと乗り遅れる。早く移動しないと。何でこんな時に限ってギリギリなのか。私は鈍足なんだけど。
はあ〜まだ馬車は出発してない。間に合った〜。運賃を払って……うぅやっぱり都市部だから高いわ。まぁそんなこと言っている場合じゃないけど。
さっきは散策も兼ねてルナと一緒に1時間かけて徒歩でここまで来たけど、馬車だと20分で行けるからこっちを使うしかないし。
あ、ルナを置いてきてしまった。あぁ〜これは怒られるわね。でも今回ばかりはルナがいない方が良いし……何でこんなにタイミングが悪いの。
あ、動き出した。これでルナも追いかけて乗ってくることもないし安心というべきなのかしら? どんな罰が待っているかは少し怖いけどね。
それにしてもさっきの予知夢なんだったのかしら? 確実に言えることはあれはリンネ国の軍隊だったということ。あの赤みがかった軍服はリンネ国の物で間違いない。
でも謎なのはどうやって2000人ほどの軍隊を集めたのかしら? オルガ国は多いからそれ以上には騎士はいるけれど、リンネ国は小国なのに……。正直驚いた。
あとはあの立派な大砲もどうやって手に入れたの? あんなに大きい大砲が来たらひとたまりもない。領民まで巻き込まれそうだ。
でも普通に考えたらあの時計塔がある所を攻められるということ。昔国内の領地を調べていた時にあの時計塔を見た記憶はあるのだ。でも本当に場所が何処かは思い出せない。とにかくあの場所を今のうちに思い出さないといけない。
それにしても王城前に停車する馬車で良かった。少し離れた所だと間に合うかどうかも分からないから。
今回は腕時計は付けて来てなかったからすぐには確認出来なかったけど、懐中時計で馬車が時間通りに動いていることは把握した。もうすぐ40分と予定通りだ。
でも意外と文官の執務室って遠い。本当は着替えて行きたいところだけど、緊急事態だもの。今回はこのままで行くしかない。
そう考えていると馬の唸り声が聞こえて、王城前に着いたことが分かった。早く向かわなければ。
王宮侍女である印を見せたらすぐに通してくれたし、何とか5時までに間に合った……。
「侍女のアナスタシアです。急用で今参りました。お通し願いますでしょうか?」
「どうぞお入りください」
「このような格好で本当に申し訳ございません。実は予知夢のことで至急伝えたいことがありまして…………え、アレクシス様?」
そこに居たのはダグラス様とロジャー様、そして予想だにもしなかった王子様だった。




