ルームメイトと妹とのお茶会
ロゼリアと会う約束の日曜日。朝いつも通りに起きて、ルナと一緒に朝食を取った。時間は昼からなので、いつも通り読書をするため図書館に向かおうとすると、ルナから左腕を掴まれて、そのまま部屋に逆戻りしてしまう。部屋に戻るまで何も説明しないので、何事かと思いびくびくすると、化粧台の前に座らされた。
「アン、今からメイクアップするわよ。希望とかある?」
「え、メイクまで力入れる必要なくない?」
「何を言っているの!! お洒落をするなら徹底的にするに決まっているじゃない。希望がないなら勝手に私がメイクを決めるわよ」
「はぁ〜。分かった……ならゴテゴテのメイクは止めて。私はメイクに慣れてないの」
「確かにアンはいつも最小限だものね。要するにナチュラル了解!!」
最小限って……本当にストレートね。事実だから何も言い返せないけど。
でも、今回も結局ルナのスイッチオンモードに抗うことは出来なかった。そのためこってりメイク以外は全てルナに任せることにした。流石に早すぎる気がするが、もうここまで来たらどのように仕上げてくれるのか楽しみにしよう。
「と言ってもアンは本当に均整が取れた顔だからそこまで力を加えなくても良いのよね。取り敢えず血色を良くするためにファンデとグロスはするとして……」
もう完全にルナワールドに入り込んでしまった。ここからはルナの頭の中で、何が最適か吟味されることだろう。
結局30分ほどルナはあれこれ悩みまくり、メイクが終わるまでに約1時間もかかったのである。体感としてはそれ以上に感じたものの、完成したメイク顔を見ると、いつもの自分じゃないみたいでドキドキしてしまった。
「アンの顔はどうしてもクール系が似合うからそっちばっか引っ張られそうになったけど、今回のコンセプトはキュートだから難しかったな。でもいい感じに美人から可愛くなったでしょう」
「本当に驚いたわ。なんか凄く明るくなった」
「そうそう、強めな感じは出来るだけ消すようにしたのよ」
鉄の女と呼ばれていた私の顔はどうしても威圧感を感じさせてしまう。だからこそここまで穏やかな感じを出してくれたのは素直に嬉しかった。
本当にメイクの力は凄い。だけど、きっとそれはルナの腕があってこそだ。たかが妹に会うだけなのにここまでしてくれるルナには感謝しないと。
そう思った矢先、ルナが急にヘアピンやゴムを外して一気に私の髪を下ろしたのだ。これで終わったと思っていたので、まだやるのかと驚いてしまう。
というか、普通に髪を団子状にセットするまでにいつも5分ほどかかっているので、勝手に崩されて悲しい。だけどルナはそんなことお構いなく髪を梳いて整えていく。
「まさか三つ編みが出来ないだなんて……なんてことなの。アン、髪サラサラ過ぎるでしょう!!」
「そうかな、 そこまでサラサラ?」
「三つ編み出来ない人に会ったのは初めてだもの。間違いなく私が出会った中では1番サラサラだわ」
「三つ編みって髪がサラサラだと出来ないんだ」
「そりゃそうよ。だってすぐに解けるもの。私なんて天パだから綺麗なストレートが羨ましいわ。髪を梳かすだけで毎日10分かかるし……」
急に声を荒げるものだから驚いてしまった。どうやら元々三つ編みをする予定だったから想定外の出来事に戸惑わずにはいられなかったのだと思う。
そんなに私の髪がサラサラだったとは全然気づかなかった。確かに髪を梳かすのはそこまで時間は掛からないけど。
髪を梳くだけで10分以上かかるルナに、5分ほどでセットまで終わる髪を崩されたことに腹を立ててなんか忍びなく感じる。
「三つ編みカチューシャにしようかと思ったけど、当初の予定通り普通にカチューシャを付けて終わりにしようかな。とにかくこの綺麗な髪を際立たせたいし」
「髪は下ろしたままなのね」
「まとめてたら勿体無いもの」
購入時はカチューシャを乗せるだけだと思っていたから、まさか髪を下ろすことにそこまでこだわるとは思いもしなかった。まあでもルナが楽しそうなら別に良いかな……全てルナに任せると決めたしね。
こうして1時間を超えて私のメイクアップが終わったのだった。この後昼食を取るからワンピースは出かける直前にしようとのことで、この場での服の着替えは無かった。
その後ルナは自分のメイクアップに移っていたが、そちらはアッサリと10分で終わると、私よりも丁寧にメイクをしているのにも関わらずこのスピード感で終わるとは……本当に慣れているのだなと感じた。勿論そのメイクは可愛いルナにとても似合っている。
この後少し部屋でルナと話しながら過ごし、いつもの時間に昼食を済ませた後、服も着替えてすぐに王城から出ることになった。
ルナと一緒に出かけるのは2回目だが、そもそも今まで家族以外と一緒に出かけたことがないので、やはり変な緊張感がある。なんせ元婚約者とは1度も出かけること無かったし。
前は買い物に夢中で何も気にならなかったけど、今はただ歩いているので、周りの視線にも目を向けることになったのだけど、今家族と出かける時とは違う面でドキドキしている。
それは人とすれ違う度に私達をジロジロと見られているのだ。中には振り返って見つめる人達もいる。
今までここまで注目を集めたのは、あの舞踏会で王子様と踊った時以来。しかし、別に特別な場面でもないのにここまで注目されるのは不気味だった。
「やっぱりアンの美貌にみんなが見惚れているわね、流石だわ。親近感の湧きやすいメイクにこだわった甲斐があった……」
まさかそういうことなの? 領地では確かにお洒落なんてしてなかったから、特段にお洒落している私達に目が行っていると言うわけなのね。
でもその状況を生み出しているのは、絶対に私だけではないと断言出来る。
「それを言うならみんなルナの可愛さに惚れているわよ」
「何を言っているの。どんなにお洒落をしていたところで、平凡な私に目が行くわけないじゃないの」
「いやいやルナは客観的に見ても凄く可愛いから」
「みんな気を使って可愛いって言ってくれるけど、アンまで気を使わなくて良いわよ」
嘘……まさか本気で自分の顔が平凡だとでも思っているの? この王城の中でもルナは可愛いのに……地元では散々モテまくっていたであろうに気づかないのは天然なのか、それとも単純に上には上がいるからなのか。
「彼氏にだって可愛いって言われるでしょう」
「そりゃ言ってくれるわよ。抜けているところがあって可愛いとか言われると少しムッとするけど。まあ、顔も好きだと言われているわ」
きっとこれは彼氏だから可愛いと言ってくれていると思っているに違いない。そんなのだから抜けていると言われるのよ……。まあ、ちゃんと内面も見てくれる彼氏で安心したけど。
「アン、とにかくそんなにビクビクしないで堂々とすれば良いの。別に変な格好どころか、ちゃんとお洒落しているんだからさ」
それはそうね……折角素敵なコーディネートをしてもらったもの。シャキンとしなきゃ。
私は美人でもキツイ顔だからかあんまり目が合うこともないのだけど、今は穏やかな美人なのだから可愛いルナとも一緒にいる私に目が行くのも当然なのかもしれない。だからもう気にしないでおこう。
こうして周りに気にせずルナとの会話を楽しみながら喫茶店に向かうと、あっという間に到着した。実際は1時間だが、体感は20分ぐらいだ。
少し早く着いたので、ロゼリアを待つとしよう……って。
「お姉様、もう来てくれたの。あ……えっと姉のルームメイトのルナさんでしょうか? 私、アナスタシアの妹ロゼリアです。いつも姉がお世話になっております」
「初めまして!! こちらこそアンにはお世話になっております。ルームメイトのルナ・テイラーです。今回は急に押しかけてごめんなさい。どうしても貴女に会いたくて……」
「本当ですか!! 私もルナさんにお会いしたかったです」
2人とも出会って早速意気投合しているわね。正直どうなるかと思っていたけど、何事に問題もなくて安心したわ。
「あ、こんなところで喋ってないで席に着きましょう。何を食べるの?」
「私は2人がお勧めしてくれているチーズケーキよ」
「じゃあドリンクはアッサムミルクティーで良い?」
「ええ、それで」
「ロゼリアさんはどうなさいますか?」
「私も姉と同じにします」
「あ、店員さん。あのチーズケーキ3つとアッサムミルクティーを3つお願い致します」
大抵こういうのってメニューを見ながら少し時間を掛けて決めそうだけど、こんなにアッサリと決まってしまうだなんて、よほどチーズケーキが美味しいのね。楽しみだわ。
「あの……もし良ければなのですが、リアと呼んでも良いですか? ロゼは多くの方から呼ばれているでしょうし」
「勿論大丈夫ですよ。というか敬語もやめましょう」
「うん、ではリアよろしく」
「ルナよろしく。でもリアって初めて呼ばれたから新鮮だわ」
「やっぱり初めてだったんだ」
「ええ、何ならロゼも殆ど呼ばれないけどね」
「え〜そうなの? それは意外すぎる。因みに誰から呼ばれているの? やっぱり親とか?」
「家族からは普通にロゼリアと呼ばれているの。ロゼと呼ぶのは旦那様ぐらい」
「へぇ〜リアの旦那様ってオールトン騎士団長よね」
「え、そうだけど。知ってるの?」
「王宮侍女の情報量を舐めないでいただきたいわ」
なんか会話のラリーが5回以上行っていて、もう最初から友達みたいになっているわね。流石ルナ恐るベし。
あ、確かに騎士団長は最初に会った時、ロゼリアをロゼと呼んでいて羨ましく思ったっけ。単純に騎士団長が気さくな方なのだろうけど。
でもルナはニヤニヤしているし、絶対違う意味で想像しているわよね。私と王子様の時もそうだったし。このルナの妄想癖がどうにかなって欲しいわよ。
やれやれこれは3人での会話が弾みそうだ。