侍女と王子様の贈り物
「おはようルナ♪」
「おはようアン……って何か今日のテンション可怪しくない?」
「そんなことないわよ」
昨日の夜は初めて王都の市場での買い物と、コーディネートの件ではかなり疲れたものの、それも仲の良いルナと一緒に出来たのだから、凄く興奮していた。また4日後には可愛い妹であるロゼリアに会えるだと思うと、中々眠ることも出来なかったのだ。
しかし、その眠気を全然感じることもないまま、今は完全にテンションはハイである。そのことをルナに朝の挨拶そうそう見抜かれてしまった。それが少し恥ずかしくなって、思わず否定したけど、ルナのニヤニヤは全然止まらない。
「まあ、最近のアンは明るくなかったから、元気を取り戻してくれて良かったわ。だけど本当に無理はしないでよ」
「ルナ心配してくれてありがとう。本当に大丈夫よ」
「本当に? もうアンはしっかりはしているけど、所々抜けているところがあるから不安なのよね」
「もう何よそれ」
ルナは私を元気づけようとしていることが分かる。確かにここ最近疲れていたから、それがどうやら顔に出ていたようだ。
そのことを隠していたつもりなのにな……やっぱりルナには敵わない。
「じゃあ一緒に朝食を取ろう」
「ええ」
こうして気分は上げ上げの状態でありながらも、いつも通り朝食を取りにこの部屋から出た。
◇◇◇◇◇
「ミナさん、おはようございます」
「アンナ、おはようございます。何だか今日はいつも増して笑顔ですね」
うぅ、まさかミナさんにもそのように言われるとは……そんなに最近顔に出ていたのだろうか。はぁ〜困ったものだ。これからは、ルナにもミナさんにも心配されないように気をつけなくちゃ。
でも笑顔になっていると言われて素直に嬉しい。
「何だかそうみたいです。今日もしっかりと務めさせていただきます」
「はい、お願い致しますね」
よし、まあ今は気分も良いし、さてこのまま元気に仕事に取り組むわ!!
こうして私の前半の王子様の周りを整える仕事はいつもよりも早く終わり、その空いた時間で少しの間図書館で本に浸っていた。
◇◇◇◇◇
――トントントン
「アレクシス様、私アナスタシアです。ただいまお茶を持って参りました」
「どうぞ」
「失礼致します」
――ガチャ
ここ最近王子様とは会っていなかったら久しぶりだ。素直に会えて嬉しく感じる。なんか昨日と言い、今日と言い、良いことばかり続いて、この後の自身に何かとんでもない厄災が降ってくるのではないかと心配になるほどだ。
でも王子様は私が来てもまだ書類に目を通している。いつもなら手を止めて話しかけてくれるのに……その一瞬でも目を通したいほど、今は切羽詰まっているのか。ならば最高のお茶をお届けして、少しでも癒やさなければならないわね。
はあ〜なんかちゃんとお茶を入れなければならないと思うと少し緊張してきた。いやいつも通り……それでは駄目ね。いつもよりも丁寧お茶を淹れることにしよう。別に王子様はわざわざ待っているわけではないから、いつもよりも少し時間が掛かったところで問題はないだろうし。
「アレクシス様、只今お茶を淹れ終わりました。少し休憩してください」
「あぁ、悪いね。折角アナと会えたのに、書類ばっか目を通してしまって」
「いえ、私のことはお気になさらないでください」
「いやいや、お茶を淹れてくれる人に向かってこんな態度は失礼だった。本当にごめん。じゃあアナ、お茶をいただくね」
今日のお茶はいつもと違うからどう反応するのか気になる。もしお気に召さなかったらどうしよう。
だけど、そんな心配は一瞬で吹き飛ぶほど、王子様は朗らかな笑みを浮かべて美味しいと褒めてくれたので、その姿を見られて安堵した。
「ねぇアナ、このお茶ここ最近飲んだことがないのだけど……これってキームンだよね?」
「はい、こちらは東の国で取れるお茶のキームンでございます。こちらの地方ではあまり見慣れないお茶ですから、珍しいかと」
「久しぶりに飲んだから自信が無かったけど、やっぱりキームンか」
このお茶はここの国では中々手に入らないのに、知っている上にアッサリと当てるだなんて……流石王子様だわ。
「でもどうしてキームンが今日のお茶なの?」
「それは昨日私が市場で購入致しまして、殿下にお裾分けしたいと思い、淹れさせて頂きました。あ、あのミナさんにも確認してもらいましたので、決して怪しいものは入っておりません」
そもそも私が用意したお茶を王子様に差し出すことが可能などうか分からなかったので、ミナさんに大丈夫か予め尋ねておいた。ミナさんはじゃあ私が毒味をしますと、少し茶葉を入れて紅茶を蒸して飲んだのだ。そこで美味しいし、何の問題もないと太鼓判をいただいたのである。
まあそもそも昨日ルナと私でこのお茶を飲んだから毒なんてないことは確認済みなのだけど、私の買ったお茶を淹れて良いと言われたため、安心して王子様にこのお茶を提供したのだ。
「そこは怪しんでないよ。別にアナが私を狙う理由もないからね。でもわざわざ私にそこまでしてもらわなくても良かったのに」
「いえ、アレクシス様には日頃からお世話になっておりますし、今はとても繁忙期であるのでせめてお茶の時間だけでも癒されて欲しいと、ご用意したものなので」
即座に私を疑っていないと返してくれて嬉しかった。それだけ私は信頼されていると言うことなのだろうか……そうだと良いな。
勿論私が答えたことは何1つ嘘は無い。全て本心だ。少しでも疲れが解れただろうか?
「ありがとう。おかげで少し元気が出たよ。アナも元気そうで安心した」
まさかの3人目。ルナとミナさんに続き、ここで王子様も来るとは……。全然誤魔化しきれてないじゃないか。これは本当に自己反省会をしないと。
でも王子様に活力が少し戻ったようで安心した。買ってきたお茶を淹れたのは成功ね。
「アナ、このお礼をしたいのだけど、今用意出来そうなものがこれぐらいしか無い。可愛くはないけど、取り敢えず受け取ってくれるかい? また後日しっかりとしたお礼をさせて」
今すぐ出来るお礼として王子様から渡されたのは、チェック柄の未開封のハンカチだ。確かに可愛さはない……王子様のハンカチに可愛さがあったら変だろうし。というか、そもそも私が可愛い物を身に付けるのが分不相応な年齢に差し掛かっているのよね……。まあそのことは置いておいて、私はシンプルで綺麗なデザインだと思う。
ただこれを受け取るとお礼のお礼になってしまうから、受け取るわけにはいかない。
「アレクシス様、普段のお礼でしたことですからお気になさらないでください。そのため……」
「それは駄目だ。本当ならもっとしっかりとした物を今すぐに贈りたいぐらいなのに、これすら受け取ってくれないと、立つ瀬がないだろう。あ、ごめん。こんな物を貰っても嬉しくないよな」
「いえいえ、大変嬉しいです!! なので今回はそのハンカチを受け取らせてください。あの、本当にお礼はこれだけで十分ですから」
「もっとしっかりした物を贈りたかったけど……アナがそこまで言うなら。でも受け取ってくれて本当にありがとう。是非使って欲しい」
うぅ〜この爽やかなイケメンスマイルにやられてしまうわ。何という破壊力なの。こんなの受け取らないわけにいかないじゃないか。
結局お礼のお礼の形でこのハンカチを受け取ることになって凄く申し訳ないけど……でも王子様からの贈り物は本当に嬉しく思う。
王子様は使って欲しいと言われたけど、こんなの使えるわけない。だからこそお守りとして持ち歩くのは良いかもしれない。何だかこのハンカチを持っていたら守ってくれそうな気がするから。
今日は最初から最後まで気分良く仕事を終えられそうだ。
◇◇◇◇◇
「アンお帰り〜。今日は少し早かったね」
「そうね。今日はいつもよりも早く終わっちゃった」
「あ〜れ〜? アン、なんか凄く機嫌が良いね」
「まあ確かに今日はずっと気分良く仕事出来たから」
「それだけじゃないでしょう。何か絶対に凄く嬉しいことがあったね。さぁ私に教えなさい〜」
「これ以上話すことはないわ。さぁご飯食べに行くわよ」
「もう話を逸らさないでよ」
いつもならルナに乗せられて結局話すことになるけれど、今回ばかりは意地でも口を割らなかった。これはどうしても私の中で仕舞っておきたいことだったから。
まあ、今までルナには散々色々なことを話しているし、今日ぐらいはこれぐらいで勘弁して欲しいものだ。