王子様の覚悟と侍女の不安
浅い眠りの中、目覚めた時刻は分からないものの、体感的にいつもの時間に起きた私。
ふと隣に見ると、眠っている王子様がいて、胸がドキリと大きく鼓動を立てた。流石に私の心臓の音が聞こえるわけないので、それで起きるわけではないのだが、直接聞こえるのであれば、その大きさで起こしてしまいそうな程、私の中では煩かった。
美形は寝ていても、相変わらず綺麗らしい。いや、寧ろより神秘的になっている気がする。そんな高貴な方である王子様の寝顔を眺めるだなんて、あってはならないことのような気もするが、どうせもう2度と見ることもないだろうから許して欲しいところだ。
さてと今から何をするべきなのかしら……と思いつつも、残念ながらここで出来ることなんて何もない。いつもなら、1時間程読書でもするのだけれど、本も無いし、あったとしても図書館にある本とは違うから触れないし。
それにしても、王子様は普段はいつ起きているのだろう。私の場合は、時間はハッキリ分からなくても体感的に時間は分かるからそこは良いのだけどね。
王子様はいつも起こしてもらっている立場だろうし……だけど何時起こした方が良いのか分からない。寝る前に何時に起きるのか聞いておけば良かった……。まあ昨日なんてとても聞ける余裕なんて無かったけど。
でも、まだ倉庫の扉が開く時間でも無さそうだし、それに何よりも疲れているだろうし……起こさない方が得策よね。
多分今は6時過ぎだから、後2時間ほどでこの扉も開くだろうし、そこまで慌てる必要もないわ。流石に何日にもなれば、今すぐにでも出る方法でも考えなければならないけど……。
そうだ、折角なら鑑賞会でもしようかしら。こんなに珍しいものを多く見れるなんて、またとない機会だし、見るだけなら別に良いわよね。相手は物だし。
そうと決まれば少し動こうかしら。布団だけはちゃんと畳んでおいて……これで良し。王子様を起こさないようにそっと移動して……。
え? どうしてこれ以上前に進めないの?
この壁みたいなものは何? 壁なんて無いのに……。
「アナ……何処に行こうとしたの?」
「アレクシス様!? え、その……ここにある物を見回ろうとしまして……」
「そうなんだ。アナやけに起きるの早いね………………えっと今まだ6時ぐらいだけどな」
「起こしてしまったようで申し訳ございません」
見えない壁にも驚いたけど、それ以上に王子様からかけられた少し低い声の方が驚いてしまった。寝ている美形も心臓に悪いが、不意打ちの美声も同じぐらい心臓に悪い。
あと単純に眠そうな顔をしているから、起こしてしまったことへの罪悪感もあり、ヒヤヒヤしてしまう。
それにしても、王子様は懐中時計を取り出して時間を確認したようだけど、やはり私の体感時間と同じだった。私には懐中時計なんて高価で買えないのだから、こういう身の回りに時計が無い時は、自分の体感に頼るしかないのだが、王子様には正確に時間が分かることに少し羨ましく思えてしまった。
「アナはいつもこの時間に起きているの?」
「はい。私は朝に読書をするため少し他の方よりも早いですね。まあ、義妹は私よりも全然早いですけど」
「え、ロゼリア嬢かエラ嬢は5時ぐらいに起きているの? 早すぎない?」
「エラは朝型なのです。夜は9時ぐらいに眠りまして、朝4時ぐらいに起きますから」
「完全な朝型だね。ヴィオルは夜型なのについて行けるのかな……って今からはそんなこと言えなくなりそうだけど」
「そう……ですね」
そう言えば、エラは前公爵令息様から求婚されていたわよね。私はやめておいた方が良いと言ったけど……エラはどう決断したのかしら? 何となくだけど、エラは受け入れそうだなと思っているけどね。
でもこれから隣国に対して備えなくなると、この話も流れるだろうな。こんな形で流れるのは悲しすぎる。
「アナ、こっちに戻ってきてくれる?」
「あ、はい。それは分かりましたが……アレクシス様、壁?と申し上げれば良いのでしょうか……これは一体どのような物なのでしょうか?」
「ああ、それは寝る前にも言ったけど結界だよ。万が一があったら困るからね」
「もしかして……毎晩このようにお過ごしなのでしょうか?」
あれ? 今までは基本返事はすぐ返ってきたのに、言い淀んでいる? 何だか一気に暗い表情になってしまったけど、私……もしかして聞いてはいけない質問をしてしまったの?
「ここ最近はそうだね……私はいつ狙われても可怪しくない立場にあるから……」
「あ、そうですよね。王族だからそのような立場で……。先程はアレクシス様を怖がらせるようなことをしてしまい、本当に申し訳ございませんでした」
「別に怖くはないよ……いや怖くはあるのか?」
「え、どうして疑問形なのでしょうか? 自分の命がかかっていらっしゃるのに……」
「それは私が次期国王だからだね。国民が私達の王政を辞めさせるのことが総意であれば、国のために死ななければならない。それが責務だ。だけど、もしこれが他国や極一部の派閥から狙われて私が亡くなったことで、国民の不安を煽ったら、それ以上に怖いことはない。国を平常に保つことが出来なかった上に、その後私にはどうすることも出来ないのだから」
この人は本当の次期国王になる方なんだ。
ここまでの覚悟が無ければ、王太子なんて務まらないと言うことなのね。
最初の質問には戸惑いがあったけれど、次の質問には何の躊躇いもなくすぐに答えていた。その様子があまりにも凛々しくて釘付けになるほど、真剣さが伝わってきた。
いくら王太子とは言え、ここまで国のことを、国民のことを思っているなんて感心してしまう。
「アナ、不安を煽ったようですまなかった。だけど、これが今の私の状況だと分かって欲しい」
「はい。アレクシス様のお立場……十分に理解致しました」
「そうか……助かる」
相変わらず王子様は浮かない顔をしている。やはり多少なりとも死へ怖さがあるのかしら? それとも私を怖い思いにさせたことに罪悪感を感じているのか? 何となくだけど、後者な気がした。
「アナ……私はあと1時間程だけど、もう少し寝ていたい。この後、激務になりそうだから」
「それなら私は扉の前で待機しておきます。もし何かありましたら、すぐに知らせますね。その方がご安心でしょう」
「駄目だ!! 結界中に居て」
「しかし、昨日は広がれば更に魔力が消耗されると仰っておりました。それならアレクシス様だけの結界を張った方が、使用する魔力も減りますから良いでしょう。私はもう眠りませんので大丈夫ですから」
「それでも駄目だ……アナにもしも何かあったら私が耐えられない。だから寝れなくてもここに居てくれ」
「アレクシス様……承知しました。それではここで1時間後に起こしますね」
「ありがとう」
あら、さっき起きていたとは思えないほどすぐに寝てしまったわね。
それにしてもさっきは驚いたわ。あそこまで形相を変えて、必死に引き止めるもの。私は王子様のことを思って言ったつもりだったけど、逆効果だったみたい。まさかあそこまで取り乱れるだなんて……。
それは私に好意を抱いているからなのかしらね……。
先程の王子様は、王太子としての立場をしっかりと弁えた発言をしていた。そんな彼が、私に自分の妃になって欲しいと昨日告白してきたのだ。王子様の妃ということは、王太子妃、または側妃になって欲しいということ。
だけど王宮の地図を見てしまった時も、王太子妃になってくれればと言っていたし……。
冗談だと思いたかったけれど、先程の話を聞くととてもじゃないけれど冗談だと思えない。
でも本気だとして、どうして私なの?
確かに私はきちんと令嬢としての作法は出来るし、本を読んだり話を聞いたりするのが大好きだから他の女性よりも政治や経済などには詳しいだろう。だけど、身分が明らかに違う、後ろの大きなバックもない。なのにどうしてなって欲しいと言って来たのだろう。
確かに私のことを1人の女性として好きでいてくれるのかもしれない。それは私だって、王子様のことは1人の男性として好きだけど……恋愛感情だけで動いて良い立場でないことは自身が1番分かっているだろうに。
あと私には聖女としての立場があるし、今回の件は国に貢献出来たかもしれない。だけど、この国の貴族達は聖女を受け入れるのか、そもそも信じるのかも、私には分からない。
そして何よりも私に国のために死ねる覚悟なんて毛頭ない。
勿論私の予知夢で人を助けられるなら出来る限りのことをしたいと思う。それは揺るぎない思いだ。
だけど、死ぬのは怖いと言う当たり前の感情を抑えることなんて出来ないのだ。
でも……もし王太子妃になるのであれば、それぐらいの覚悟がないと駄目だろうし。
王子様は何を思って私を王太子妃にしたいのか?
せめて理由だけでも言って欲しい。それにあと何故私に好意を寄せているのかも言って欲しい。
王子様は私を諦めることが出来ないと言っていたけど……今こんなモヤモヤした気持ちで返事なんて出せないのだから。
こんな風に思い悩んでいると、あっという間に1時間は過ぎ、王子様を起こす時間になってしまった。