王子様と侍女の想い
「でもアナと関わるうちに、多分アナはスパイではないのだろうなと思っていたんだ」
「え?」
先程までは私をスパイだと疑っていたから、王宮侍女として雇ったと言ったのに、どうしてここで否定するのかが全く分からなかった。正直に言って、私は勝手に色々な所に手伝いで回っていたし、ここ最近は石像の調査でスパイみたいなことをしていたし……スパイ要素しか無いようにも思われるのだが……。
「私の所の侍女にしたのに、全く探りを入れる気配がないし、私や文官、騎士達に接触もしないのだから」
「侍女の仕事はアレクシス様達と仲良くなることではありませんので。私はあくまでも侍女として仕事を全うしているだけです」
まあそりゃあ、本物のスパイならタイミングを見計らってそうするだろうが、私はあくまでも1人の王宮侍女に過ぎない。
それに王宮侍女だと貴族令嬢の子も多いから、庶民である私が王子様や他の文官や騎士達と仲良くして、恨みや妬みを買うのが怖すぎる。女の恨みや妬みは、王子である王子様とダンスを踊った後に怖いほど浴びたので、十二分に理解したのだ。
あのファーストダンスは、王子様からするとスパイと疑った女に侍女への勧誘が目的で、私は王子様だから断りたくても断れなかったという理由と、その上に王宮侍女として雇ってくれると言ってくれた恩もあって踊っていたので、そこのところを令嬢達に弁明出来るなら今からでも弁明したいほどである。まあ、楽しんでダンスをしていたことは隠したいけれど……。
とにかく、他の男性と仲良くするために侍女をしていたわけではないことだけは、しっかり弁明しておかなければならないのだ。
「そこに関しては信頼しているよ。アナは本当に自分の仕事を真剣に出来るから凄いと思う」
「それは雇われている身として当然のことです」
「当然か……それが本当に凄いんだよね……」
「今までの人達はそうでは無かったのでしょうか?」
「う〜ん、そうだね。スキルは別に今まで駄目だった人はいなかったけど、侍女だけの仕事を全うにというと、ミナ以来かな。私の場合は今も婚約者もいない独身だから、まあ色々とあってね……」
「そうでございましたか」
成る程ね。王子様は今まで付いてきた侍女達から、無闇にアプローチされていたということか。
確かに王子様の言う通り、王太子でありながら婚約者もいない独身なのだから、上手く行けば妃になれるかもしれないと欲が出るのだろう。多分今までは、令嬢が王子様付きの侍女をやっていただろうし。
それにこの完璧な容姿と、この優しい性格だと好きになるなと言う方が無茶かもしれない。実際に私だって、王子様に好意を寄せているし……。でも、仕事なのだからしっかりとそこは線引しなければならないだろう。
まあ、令嬢で王宮侍女になる人達なんて、婚約者がいなくて、王宮侍女になればそれだけで箔が付いて結婚探しに有利だから、勤めている人が殆どだろうけど。実際に王宮侍女のうちに、本気で結婚相手を探している人もいるだろうしね。
ミナさんは、王族の親戚である伯爵家の娘であるから、単に王子様に近づかないだけだろう。
また私が線引出来るのは、現在は庶民であり、いくら血筋が良い家でも爵位の低い子爵家の令嬢だと王子様では相手にもならないからだろう。その上、生まれは領地も持たず歴史も浅い男爵家の娘なのだから尚更だ。
それに例え私が王子様を狙える令嬢であったとしても、私の容姿だと難しいだろう。確かにヴァーンズ領では美人だと言われているが、王都だと私ぐらいの美人は別にそこまで珍しくないのだから話にならないのだ。
どう足掻いたって好きになってもらえるはずもないし、好きになって良い相手でもないのだから、必ず敗れる夢を見たってしょうがない。そう分かってはいるのに、いざそう考えてしまうと、とても悲しくなるのが本当に辛かった。
「でも、私はアナがスパイだと思わなかったのはそれだけではないよ。アナはいつも仕事にも誠実で、そして何よりも率先して手伝う思いやりがある人が、スパイなんて出来ないと思ったから」
あぁ、きっかけは私の能力を買ったわけでもなかったけれど、その後王子様はしっかりと私自身を評価をしてくれた。それが今は何よりも嬉しい。
今ぐらいは能力を買われていると思って良いわよね?
それは単なる慰めなのかもしれないけれど、そう思いたい。
「それに好きな子がスパイだなんて思いたくなかったから」
「好き…………そう仰ってくださり嬉しく思います……」
「アナ、多分私の思っている好きとは違う風に解釈しているでしょう?」
「えっと……そんなことはありません。侍女として信頼を寄せてくださっているとちゃんと理解しておりますから」
「あー、やっぱりね。勿論侍女としても信頼は寄せているけれど、私が思う好きは先程の解釈とは違う。私は1人の女性として好きなんだよ。自分の妃になって欲しいと思うほどに」
「……………………」
最初に発言した『好き』という発言に、勿論大変動揺したし、本当に愛の告白でもしてくれているのではないかと勘違いしそうにもなった。だけど、そんなことは絶対にないとすぐに振り切って、出来るだけ冷静を装って言葉を精一杯返したというのに、まさか王子様からこんな回答が来るだなんて、誰が予想出来ようか。
本来ならこれは夢だと思いそうだが、王子様の握る手から伝わる温もりと、目の前にいる王子様の熱い視線が夢ではないと告げる。それに、こんな都合の良過ぎる夢を見れるわけがない。
「私は今貴女に告白をしたけど、アナからの返事を今ここで聞くのはアリかな?」
まさかの告白の返事を要求されてしまった。真剣なのだと分かり、胸の鼓動が一気に高まってしまう。
だからと言ってどう返事をすれば良いのだろうか。本当ならこのまま私も好きだと言いたいけれど……本当にそれをそのまま伝えて良いの? 相手は王子様なのよ……だから。
「私は雇い主や王太子殿下として、アレクシス様のことをお慕い申し上げております」
王子様への好意は隠そう。きっと最近は王子様の近くに女性がいなかったから、それに今まで私みたいな女性がいなかったから、他の人よりも好感を持っただけだ。王子様は、私と同じく恋愛経験が今までないのだろう。それをきっと恋と勘違いしただけだ。
私は本当に王子様のことが恋愛として好きなのだろうけど…………いや、でも本当にそうなの? 私も王子様と同じく、単に初めて会ったタイプの男性だったから好意的に思っているだけなのかしら? でも……王子様じゃない似たような人でも同じように好きになっていたとでも言うの? 王子様じゃなければここまで惹かれていない気もするのだけどな……。
「そっか……期待してごめん……だけどやっぱり私はアナのことが本気だから諦めきれない」
ここですぐに諦めてくださいと言うことが出来なかった。本来であれば、適当に理由でも付けて突き放さなければならないのに……王子様からそのように言ってくれて嬉しく感じてしまったわ。こんなの更に期待してしまうではないか。どうすれば良いのよ。
ああ、本当に頭の中がグチャグチャして、頭が痛いし、胸も苦しい。相手や自分のことが分からないだなんてこんなにも辛いんだ。未来のことは予知夢で見たことだけとは言え、多少は分かると言うのに……。
あ、石像のことをスッカリ忘れていたわ。いや、先程までそんなどころでは無かったから、当たり前と言えば当たり前なのだけど。
でも、今の状況で石像のことを切り出すのは重いな……それでもこれを早く解決しなければならないのは変わらないし、何よりもこの気まずい状況から逃げ出した過ぎる。
もうここは思い切って切り出すべきだろう。この恋の話も終わらすためにも。
「アレクシス様……実は私の能力のことでお話したいことがあります」
うぅ〜、言ってみたもののやはり気まずい。それにさっきの返事はあれで良かったのかと、未だに思い悩んでしまい、尚気分が落ち込んでしまう。
だけど、王子様は私と違ってすぐに態度を改めて、仕事をする目つきで真っ直ぐに私へと視線を向けてきた。
「アナ……それについては後で話を詳しく聴きたかったんだ。今から話が出来るなら話を聞きたい」
やはり彼は何処まで言っても王太子だ。どうやらオンオフの切り替えは早いらしい。これなら問題なくスムーズに話を進めることが出来そうだ。
私は内心は完全に切り替えることは出来ていないけれど、ここはしっかりと話さなければならないわよね。