王宮侍女に選ばれた本当の理由
あれ? 画面が真っ暗だわ。これはモノクロで単なる夢……いえ、少しだけ明るくなったわね。
あれは……松明かしら? どうやら3人いるみたい。何やらゴソゴソしているわ。
「おい、石像は何処にあるんだよ」
「ここに置いていると言われたから、この辺りのはずだが……もしかして場所が移動した?」
「不味いじゃないか!! 石像にあるメッセージを受け取らないと問題になるぞ」
え、 石像を……いえ石像にあるメッセージを探しているの? というかメッセージって何?
◇◇◇◇◇
「アナ……アナ……アナ!!」
「え……石像のメッセージ…………じゃなくてアレクシス様? というか……本当に申し訳ありません」
今、とんでもない状況に陥っている。なんと、目を開くと王子様のキラキラした顔が入ってきて、そして私の腰は王子様の両手によって抱えられて私が倒れるのを防いでくれていたのだ。
何故ほんの一瞬だけの予知夢を見ている間にこんな状況になったのか意味不明である。いや、私が強烈な睡魔で倒れて間違いなく王子様がそれを受け止めて、このような状況になったのだろうが、王子様の前で倒れるのも、こんな形で手助けしてもらうのも、あってはならないことだ。どうお詫びをすれば良いのか……。
「アナ、最近ずっと様子が可怪しいけれど、今日は特に可怪しいよ。勤務中ですら眠っていたし……」
「あ、それは……本当にすみませんでした。最近色々なことが重なり疲れ気味で……」
「最近辛いことがあったの? 良ければ話して欲しい」
「えっと……それはまあ……領地の問題とか色々ありまして……」
「ヴァーズ領って、何か問題あった? そんな報告は聞いた記憶はないけどな」
「いえ、今はまだですが……これから起こり得る問題があって、それで私達は調査をする必要もあり……その今ハッキリと申すことが出来ないのです」
「そうなの? 本当に何かあったらすぐに言って。王族である私が手助け出来るかは分からないけれど、相談ぐらいは乗るよ」
「あ……ありがとうございます」
本当にこれをどう弁明しろというのだ。弁明のしようがなくて、無駄なことも話してしまった感じがあるが、あの馬鹿息子に関してはまだロゼリアから連絡が来ていないから話しようがないし、それにそもそもそれを話して良いものかも分からない。予知夢なんて話したら頭が可怪しいと言われるのは関の山だし……。
もうこれ以上聞いて欲しくないのに、王子様は容赦なく話を続けてくる。
「でも他に何か大きな問題があるでしょう。 そっちの方が深刻って感じだけど……」
うぅ〜、どうしてそんなに勘づくのよ。どのように言い訳をしたら良いの?
「それは私自身の問題と言いますか……」
「やはり体調が悪いの?」
「えっと……はいそうですね」
「それならすぐに休んでと言ったと思うんだけどな。どうして部屋に向かわずに、ここに来たの?」
「それは買い物をしようと外に出ている最中で、外に石像が残されているのを見つけてしまいましたから……」
「そう……」
王子様の目が虚ろな気がして、何だかとても怖さを感じる。もうここから逃げ出したいと思うほどに。だけど、それは倉庫の鍵により物理的に無理だった。
「アナ、取り敢えず今はこれ以上体調を悪化させないことが1番だ。少しだけ私から離れてくれる?」
「……はい」
私が返事をすると、王子様はブツブツと何かを唱え始めた。少しすると、なんと右手に細い美しい杖が現れたのである。そして、王子様はすぐにその杖を一振すると、少し小さめな炎が現れた。
「これは一体どういうものなのでしょうか?」
「アナなら妹のエラ嬢から分かっていると思ったけど、分かっていなかったんだね。私も王族だからヴィオルと同じく魔法使いなんだよ。だから今火を起こせているんだ。まぁ、ヴィオルに比べると魔力は少ないのだけどね」
「もしかして……今この倉庫に機械がないのにも関わらず、暖かいのもアレクシス様の魔法によるものなのですか?」
「そうだよ」
そう言えば王族は代々から魔力を持っていると言われているわよね。でもあれは周りでは単なる伝説だと言われているから、つい忘れていたわ。
だけど、前公爵令息様が魔力を持つなら、親族である王子様も魔力を持つのも当然だと言えるわよね。そこまで考えが及ばなかったわ。
でも、どうしてこのタイミングでそのことを明かしたのかしら? まさか本当に私の身を心配してなの?
「アナは本当に私が魔力保持者だって今まで気づかなかったの?」
「はい、全く」
「そっか……それは本当なんだね」
え……それはどういうことだろうか? まるで今まで私が言ってきたことが嘘だと言われているのかと錯覚してしまう。言葉の綾だと思いたいのだけど、やはりそうではないようだ。
「私も最初はアナの正体がハッキリ分からなかったよ」
「正体?」
「今までアナの力は少なかったし、まともに関わったことがなかった分からなかったけれど、今ようやく確信したよ。アナの力は聖力によるもので、そして君は夢の中で未来が見えるのだろう?」
まさかこんな形で予知夢能力がバレるだなんて誰が予想出来るだろうか? 私の祖母が聖女だったから私もその力があるけれど、祖母は元々他国の人だったから、今この国には聖女なんていないと思われているはずだ。なのにそれをアッサリと受け入れるだなんて信じられなかった。
「どうして……」
驚き過ぎて、この一言しか出てこない。しかし、王子様はそれに怖気づくこともなく、その問いに答えてくれた。
「実は出会った時から勘づいてはいたんだよ」
「舞踏会で?」
「そう、実はあの時にアナだけ魔力みたいなオーラを感じて、他の令嬢にないものが見えた」
「オーラ?」
「アナは私が魔力保持者ということが分かっていないから多分見えていないだろうけど、基本的に魔力保持者は使用している間は魔力のオーラを放っている。使用量によって大きさに違いはあるけれどね」
「では、それは聖力も同じだと仰りたいのですか?」
「そういうことだ。流石アナ、飲み込みが早い」
いやいや、ここまで話は進んでしまったが、私の能力は舞踏会で出会った時点からバレていたとでも言うのだろうか? じゃあ、今まで私の能力に気づかない振りをしたとでも言うの?
そんな謎が深まる中で、次の言葉に衝撃的な真実を知ることになってしまったのだ。
「でもね、流石にあの時はあれが聖力ではなく、魔力だと思っていたんだよ。だから私はアナを警戒せざるを得なかった」
「警戒って……どういうことでしょうか?」
「実は……隣国のスパイかもしれないと思ったんだ」
「え? スパイですって!?」
まさかそんな風に思われていたなんて心外だ。でも、魔力だと思っていても、それがスパイになる理由って一体何なのか?
謎は深まる一方で、王子様は気にせずに話を続けていた。
「実は隣国のリンネ国とは最近折り合いが悪いし、何よりここ数年とても不穏な動きばかりしているんだ。正直、リンネ国はオルガ国に何か変なことを企んでいるのではないかと警戒している」
「確かにリンネ国はこの国のキツネを密猟しておりましたし、アレクシス様も求婚に断りを入れておりましたが……もしかして逆恨みでもされているということでしょうか?」
「よく知っているね、その通りだ。そして、推測も同じだ。あのリンネ国のことだから、本当に何をしでかすか分からないんだよ」
「そこで、そのリンネ国が派遣させた、魔力保持者であると考えられたということでしょうか?」
「そういうことなんだ。この国では王族しか魔力が使えないから、てっきりリンネ国から来たものばかりだと思っていた。リンネ国には優秀な魔法使いもいるしね」
確かにそれだとスパイだと間違えられても仕方がないかもしれない。
それに、聖女はこっちの方だと全然いないから、馴染みもないし、尚更魔力保持者だと思われるのは自然なことだろう。
「本当にすまない。アナをここの侍女として誘ったのも、スパイだと警戒したという理由が大きな1つだった。王宮侍女は中々審査が厳しいし、何よりも時間も掛かるからね。それを簡単ですぐになることが出来たら向こうも食らいついてくるかと思ったんだよ」
「そしたら案の定すぐに受け入られたと……」
ずっと違和感は感じてはいたのだ。どうして私がすぐに王宮侍女になるのか出来るのかよく分からなくて……でも話が美味しすぎて乗るしかなかった。
これで完全に腑に落ちたというのに、どうして今ここまで胸が苦しいのだろう。いや、本当は分かっている。侍女として私が求められていたわけではないからだ。
だけど、自分が求められて誘われたと思っていたので、その事実に悲しく思い、これ以上になく苦しく感じられて、とても辛かった。