更なる予知夢
王宮に戻ってきて早4日。つまり石像のことを探り始めてからもう4日も経った。しかし、未だに新たな情報が掴めないのが現状だ。まぁ、そんな誰も気に留めないことを調べようとしているのだから、集まらないのも当然かもしれない。だけど、対策のしようがないこの現状に歯痒い思いをしていた。
今日も少しがっかりしながらも、いつものように装って、御茶を持って王子様の執務室に入る。
「失礼致します」
「アナ、こんばんは」
王子様はいつものように御茶を受け取り、優雅にお召しになる。本当に所作が完璧で毎回見ているのにも関わらず、毎回綺麗だなと感心してしまう。
「今日も美味しいね。今回はオレンジペコか」
これもいつもと同じやり取り。私が何も言わずとも御茶の銘柄を当てるのもいつも通りである。しかし、この後の発言はいつもと少しばかり違った。
「アナ、最近ずっと倉庫の方を行っているけど、倉庫気に入ったの?」
今回は何処に行ったのか尋ねたのではなく、どうしてそこに行っているのか理由を聞かれたのだ。たまにそんなことはあるが、今回ばかりは事情が事情だけあって少し動揺してしまう。
「アナ、どうしたの?」
この方は本当に些細な変化でも気づくのだから、本当にこういう場合に関してはやりにくい。かと言ってもこれ以上口を閉ざすと、更に面倒なことになりそうなので、それっぽいことを言って誤魔化した。
「多くの方が行き交う場所ですから、常に手伝う機会があるかと思いまして、ここ最近は足を運んでおります」
「成る程ね。でもアナなら何処でも手伝って欲しいところありそうだけど」
「まあ散歩も兼ねてです。ここに来てそこまで運動もしていなかったので」
「ここに来る前はけっこう動いていたの?」
「そうですね、前の職場はいつも馬車で30分、徒歩で30分かけて向かっておりましたので」
「毎日けっこうな時間を掛けて向かっていたんだね。確かに今は職場がすぐだから」
個人馬車を毎日なんか使っていたら、かなりお金を蝕まれてしまうため、勿論のこと公共馬車だ。そのため、男爵家から1番近くでもそこそこの距離があり、毎日歩いていたのだ。だから今は運動不足であるのは間違いではない。ただ今なんて片道15分と半分ぐらいなので、それで運動不足を補えているかは謎であるが。
「倉庫に参らない方がよろしいでしょうか?」
「いや、そういうのじゃないよ。ただアナがここ最近見れなくて少し寂しいなと思っただけ」
「…………」
何故いつも私の心をくすぶることを言うのか……困ったものである。私は今まで恋なんてしたことなかったのだから、好意を寄せている人にこんなことを言われると、都合の良いように考えてしまうのだ……王子様も私に好意を寄せているのではないかと。
だって、そもそも王子様から声を掛けているのを見たことがないとミナさんから言われ、そして何より自由時間の時に彼が私の近くにいると、いつも話をかけられるのだ。それも本当に嬉しそうな顔で。そして、今はとても悲しそうなのだ。こんなの期待するなと言う方が無茶である。こんなことにうつつを抜かしても意味が無いのに……寧ろ傷つくばかりなのにな。
必死に心身ともに動揺を抑えながら、仕事を終えて執務室から出ることになった。
◇◇◇◇◇
次の日、つまり石像のことを調べ始めてから5日目も相変わらずあの倉庫を訪ねる。しかし、それは半分無駄足だろうという諦めも含めてだ。取り敢えず、どちらにしろ手伝うところはあるだろうから、今日もいつものように、困っている人を見つけて手伝うことにした。
「こんにちは。そのお荷物を一緒に運びましょうか?」
「あ……ありがとうございます、なら頼まれてくださいますか?」
「はい」
情報は全然集まらないが、こうやって手伝えるのは嬉しい。やはり、じっとしているのは性に合わないのかもしれない。
「ヴァーンズさん、そう言えばどうやら3日後に、隣国のリンネ国から様々な珍しいものが届くそうですよ。珍しいものが気になると仰っていたから、伝えてあげなきゃと思いまして」
「珍しいもの……あらワクワクしますわね。具体的にはどのようなものがございますか?」
「詳しくは知らないのですが……食べ物やら宝石やら漆器やら石像やら様々あるようですよ」
「石像……そうなのですね。教えてくださりありがとうございます」
「面白いものが見れると良いですね」
まさかこんなにアッサリ話を聞くことが出来るとは、ここ数日で珍しいものが見たいとアピールした甲斐があったというもの。もう少しマシな方法は無かったのかと思うが、これが予知夢のことを伝えずに聞くことが出来る、1番手っ取り早いのだから致し方がない。
因みに、ここ数日で様々な珍しいものを見せてもらった。見た目からして歪な珍味やとても大粒の宝石、変わった工芸品と本当に様々であった。
取り敢えず、掴みたい情報は掴むことが出来た。どうやら嵐はもう近いうちに来るらしい。ならば、ここだけでなく、他のところも嵐の対策をしなければならないわね。明日から動かなくては。
◇◇◇◇◇
残された時間は少ないため、少しの間で私は少し危ないかもと思う場所に複数向かい、危なそうなものを中にしまったり、人が向かわないように封鎖したりと地味に手を入れる。これも王子様の侍女としてだから、多少のことをやっても融通が利くのが有り難い。それにそもそも王城はしっかりとした整備をされているから、そこまで問題はないためやることも少なくてそこも有り難い。そのため、スムーズに処理をすることが出来た。
これでまあ他のところの嵐への対策は大丈夫だろう。そもそも王城でそんなに被害に遭う方が大変だから、これぐらいでないと困ると言うのが本音だが。
しかし、本当に石像に関しては何を意味するかがまだ分かっていない。それだけが気がかりだった。
◇◇◇◇◇
王城に戻って来てから8日目、例の石像が運ばれる日である。今日も仕事をすぐさまに終わらせて、そのまま倉庫に向かう。倉庫に到着すると、ちょうどリンネ国からの荷物が多く運ばれているところであり、その中に石像も見えた。
その石像は自分の背の倍ぐらいありそうなぐらい大きく、つり目で腕を組んでいるため、威圧感を感じられた。これを倉庫に運ぶとなるとかなり大変だろうなという印象を受ける。
本当なら近づいて詳しく調べたいところではあるが、そんなことをしたら怒られるのは目に見えるし、もしかしたら罰せられるかもしれない。また、侍女の私がここに来て手伝いもしないのも変な話であり、不審がられてしまう。そのため、私は石像を見つめながら、ただいつもと同じように手伝うことしか出来ず、時間が来たので職場に戻るしか無かった。
◇◇◇◇◇
「失礼致します」
「アナ、いらっしゃい」
いつものように御茶を入れて、王子様にソーサーに載せて渡す。今日も美味しいとお礼を述べて優雅に飲んでいた。いつものように軽く片付けていると、なんと急激に睡魔が襲ってきたのだ。絶対に寝ることは許されない場面で、抗うことが出来ないまま瞼を閉じてしまった。
◇◇◇◇◇
――ガタガタ、――ドンドン。
猛烈に降る雨と大きく吹き乱れる風により、倉庫がかなり大きな音を立てているみたい。
あれ? 急に場面が変わったわ。
とても多くの物があるわね……あ、あれはあの石像みたいだわ。
ということは……ここは倉庫の中?
◇◇◇◇◇
「アナ……アナ……ア〜ナ?」
「え………………あ、申し訳ございません」
「全然返事しないと思ったら、瞼を閉じていたから驚いたよ。アナ、眠いの?」
「えっと……本当に申し訳ありません。少しうたた寝をしてしまったようで……」
「大丈夫? 体調が優れないなら休んで良いんだよ。無理はしないで欲しい」
「ご心配おかけしてすみません。昨日は何故か中々寝付くことが出来ず、今頃睡魔が来てしまったようです……勤務中でございますのに」
本当に何をやっているのだろうか。あれは予知夢だ。それは間違いようがない。だからこそ眠気には抗えなかった。だけど、何故それが今なの? 勤務中なのにこんなことをするなんてあり得ない。本当に侍女失格だ。
「そっか……なら今日はもう早く休んで。アナが体調崩したら困るから」
「お気遣いありがとうございます。ですが、体調が悪いわけではないので大丈夫なのでご安心ください。代理期間はきちんと最後まで務めさせていただきます」
「代理期間って……あ、そっか……そういう風に捉えるしかないか……」
「あのアレクシス様、如何なさいましたか?」
「いや……アナ、私は代理期間だけ私の侍女として勤めてもらうつもりはないんだ。前任の彼女が帰ってきてもここで居て欲しいと思っているし……勿論アナが辞めたいなら別だけど」
え? それは私は望むまでここに居て良いということだろうか。これはどうリアクションすれば良いか分からないが、まさかそんなことを言ってくれるだなんて夢にも思わなかった。居ても良いと言ってくれて素直に嬉しい……だけど、このままずっと居ても良いのだろうか? このまま王子様の傍に居れば、私は更に彼への気持ちが加速しそうで怖い。
「ありがとうございます。では今はこのままずっと継続ということでよろしくお願い致します。もし、辞めることがあればその時にご連絡致しますね」
私は王子様の顔を見ることが出来ないまま返事を出し、さっさと片付けて執務室を出たのだった。
◇◇◇◇◇
思わずそのままベッドルームに帰ったものの、これから予知夢で見た倉庫へ向かわなければならないことに気づいた。何故なら嵐は今日の夜だからだ。予知夢ではハッキリ日付までは分からないが、あの石像は明日王城の中に運び込まれることは聞いているため、倉庫の中に入っているのは今日しかない。
早く倉庫へ向かおうと、ルナに対して一言だけ書いたメモ帳をテーブルの上に置いて、ベッドルームを出た。