予知夢で見たあの場所を尋ねて
――――トントン
「え? はい……何か御用でしょうか?」
「ルナ、入っても良いかしら?」
「え、アン? 勿論入って良いわよ」
――――バタン
「失礼するわね」
「どうしたの、ドアなんて叩いて? ここは自分の部屋なのだから叩く必要なんてないじゃない」
「そうね……実家に帰ったせいか、なんか他者の部屋のように感じてしまったみたい」
「う〜ん。その感覚はないかな? 私この仕事、板につきすぎたのかしら」
今日の朝に実家を出て、王城に着いたのは夕方。案の定かなりの時間が経っていた。
たかが3日しか実家にいなかったのに、領地での出来事がかなりショッキングなものだったため、すぐに王城に戻って来たものの、何だか新鮮な感じがしてしまう。
それにしてもこんな失態をするだなんてね。 でも……王宮で予知夢をもとに行動するだなんて、あの舞踏会以来だ。それも、あの時は咄嗟の行動で計画を立てていたわけでもないため、今回が初めて前持っての行動になる。領地では簡単に出来たことが、王宮では一筋縄ではいかないことが目に見えているため、不安なのだろう。明らかに動揺が走っている。
「ルナ、私もう疲れているからすぐに寝るわ」
「え? 今19時よ。晩御飯は食べたの?」
「えっと……まだ……」
「なら、食べなきゃ。ただでさえ疲れているのだから栄養は取らないと」
「そうね……ルナはもう食べた?」
「私はこれから行く予定のところで、アンが帰ってきたの。一緒に行こう」
「うん、分かった」
今日は本当に疲れているから、これ以上変なことをしないようにもう寝ようと思ったけど、晩御飯も食べずに寝るだなんて、更に変梃な行動を取るところだったと胸を下ろす。その後は2人で晩御飯を済ませ、そしてすぐに就寝したが、本当にこの調子で大丈夫なのだろうかと、不安を抱えたままになった。
◇◇◇◇◇
「ミナさん、おはようございます」
「アンナ、おはようございます……休みはどうでしたか?」
「そうですね……家族や領民とも会えて楽しかったです。良い息抜きになりました」
「なら良かったです。では、お互いに頑張りましょう」
「はい」
ルナと同様、今日は別に特に言われることもなく、いつも通りの私のようだ。今日は心配されることがないであろうことが分かり、そのことに少しだけ安堵した。
今日もいつものように、王子様の身の回りの整理整頓や掃除をし終えると、今回はいつもよりも30分ほど早く終わり、自由の時間が増えた。流石に1ヶ月も同じことをやっていると、慣れるらしい。
さてと、そろそろ目的の場所に行くとしよう。
目的の場所というのは、勿論夢で見た場所のことだ。正直予知夢で見えただけだと場所なんてハッキリ特定は出来ないが、人や物があれだけ多く行き渡る場所なんて、王城では1つだけだ。まだその場所に足を運んだことはないが、場所自体は何処にあるのかは分かるので、何の迷いもなく目的地に着いた。
「お〜い、そっちの食料はここだ」
「この荷物は何処に置けば良いんだ?」
「じゃあ、全て運んだからこれで帰りますね」
様々な声が交差し、人も物も交差する。その場所と言えば、あの大きな倉庫だ。あそこには、直接届けられるもの以外は全てここに集まり、それぞれ分けられた後に、しかるべきところに向かうという仕組みである。
今までは職場から遠かったので、来れたことはなかったが、ここまで栄えているとなると、本当に小さな市場でも見ているかのような感覚に陥った。これが王城でのやり取りだと思うと、その規模の大きさに圧倒されてしまう。
しかし、驚いてばかりもいられない。15分もかけて来た意味もないのだから、取り敢えず動かないといけない。そうね……ちょっと動きが止まりかけている人がいるから、あの人に声をかけてみようかしら。
「こんにちは。量が多いのでしたら、私もいくつか運びますよ」
「こんにちは。本当に申し訳ないのですが……お願い出来ますか? 分けて持っていくと、時間に間に合いそうにないので」
「はい、ならこのぐらい私が持ちますね」
「そんなに持ってもらわなくても」
「大丈夫です。これぐらいの量は慣れていますから」
男爵家で働いていた時は、いつもこれぐらいの荷物をあっちこっちに運んでいたからな。今は軽いものしか持たないから、これぐらいの方がまだ馴染みがあるかもしれない。と言っても少し重みはあるけれど。
「そう言えば見かけない顔ですが、新入りですか?」
「あ……はい。先月から王宮侍女として入りました、アナスタシア・ローズ・ヴァーンズと申し上げます」
「あぁ、噂で聞いておりますよ。王太子殿下付きの侍女で、様々なことを熟すプロフェッショナルだと」
「そんな風に言われているのですか!?」
「はい。もうすでに有名ですね」
見かけない顔だという会話から始まることはいつものことなので、慣れたやり取りで会話を交わすが、こんな風に私が具体的な役職を示さずに、名前を名乗っただけで、こんなことを言われるとは夢にも思わなかった。
というか、私は何故か有名になっているらしい。それもプロフェッショナルだなんて。正直、何が起こっているのか咄嗟に理解することが出来なかった。
「ヴァーンズ様、今回はここでボランティアされるのでしょうか?」
「ボランティアだなんて烏滸がましいです。私は単に空いた自由時間を、こうして手伝わせてもらっているだけですから。何だか勤務中なのに、ずっと休憩するもの気が悪いですから」
本来であればずっと図書館で浸っていても良いが、まだ王城に来て間もないため、王城での状況を今はしっかりと知っておく必要があると思い、常に手伝いという項目も兼ねて、情報収集もしているのだ。
特に今は対策しようとしている予知夢に関する情報を集めなければならないのだから、少しでも時間を活用してここで行動を起こさなければ意味がない。ただそんなことを口にしていうことが出来ないため、少し嘘を吐く形になるが、これは致し方がないので気にしないことにする。
「本当に真面目ですね。改めて尊敬の念を抱きました」
「そんなの買いかぶりです。ここに来たのは、どんなところなのか気になったからでもありますから」
ここでさり気なく質問でもしておこう。正直、見ただけだと分からないこともあるから、具体的に話してくれるとありがたいのだけど……。
「どんなところですか……いざ尋ねられると難しいですね。端的に言えば、王宮に届く物が集まるところで、本当に様々な種類が届きますよね……」
「それって、例えばその国特有の食べ物とか、伝統品とかも届くのでしょうか?」
「はい、日常品から特別なものまで……本当に具体的にいうのは難しいほどですね」
「その中で石像とかも届きますか?」
「石像……そうですね届く時もあるでしょうが、そんな大きいものはそう頻繁に届けられるイメージはないですね。1年で数回程かと……ってどうして石像?」
「確かに大きい倉庫ですが、石像みたいに場所を取り大きいものは仕舞うのも大変……仕舞うのが大変?」
「どうかいたしましたか?」
「いえ、単純に石像みたいな管理するのが大変なものなどもここに全て来るのかと思いましたから」
「そういうことなのですね。基本な何でも一旦ここに集まりますよ」
「そうなのですね。勉強になりました」
危ない危ない。つい石像のことを聞きたかったからそのまま聞いてしまったわ。せめて宝石とか花とか無難なものを並べてから聞けば良かったけど、もう後の祭りね。
まあ、石像が予知夢の中では外で写っていた理由が何となく分かったような気がしたけど……はぁ、あそこまで露骨なのは反応をしたのは不自然に思われるわ。やっぱり失敗したわね。何だかいつものように上手くいかないわ。
ただ今分かったことは、石像が届いているのが見えたら、漏れなくそれが関係してくるということぐらいね。正直、嵐に何の関係があるのか分からないけれど、私の予知夢は基本外れたことないから、用心しておかないと。当分はここに来ることになりそうだわ。
こうしてほんの少しだけ情報を得たものの、それから特に有力な情報は聞き出せなかった。そのため、このでは3回ほど簡単な手伝いした後職場に戻り、王子様への御茶を用意して、彼の執務室に向かうことになった。
◇◇◇◇◇
「アレクシス様、アナスタシアです。御茶をお持ち致しました」
「はいどうぞ」
「失礼致します」
これもいつもの動作で何の変わりもないはずだ。しかし、王子様はルナやミナ、そして今日関わった人達も含めて言及されなかったことに関して、声をかけられてしまったのである。
「アナ、いつもよりも表情が暗いけど大丈夫?」
「そんなことありませんよ、いつも通りです」
「でもなんか辛そうな感じしたのだけど……」
「それは単に実家に帰ってきたばかりだからだと思います。リフレッシュは出来たものの、昨日は移動時間が長かったものですから」
「そう? まぁそれなら良いのだけど……無理は禁物だからね。何かあったら相談でもして」
「ありがとうございます。そう仰ってくださり嬉しいです」
あぁ、何だか見透かされた気分だ。いつも通りに取り繕っているから気づかれるはずないのに……実際にみんなには気づかれていないし。でも、そういう些細な変化に気づくのが王子様なのかもしれない。
はぁ、そんなことされたら、更に好きになるからやめて欲しい。これ以上は本当に突っ込みたくないのだから。それでも、胸の鼓動が止まらないのは辛いな。この気持ちもさっさと整理をつけないと。いや、でも今は嵐のことが先よ。早く石像のことについて解決しないといけないわ。
しかし、この石像がとんでもないことに繋がるとはこの時の私には知る由もないことだった。




