久しぶりの市場
沢山の家が並んでいる?
だけど、窓から溢れるオレンジの明かりで輝いていることから、どうやら夜のようだわ。
でも、凄くガタガタと窓が揺れているわね。それも、音が物凄く五月蝿いわ。
あと、雨粒の音がこれでもかと地面を叩きつけているみたい……これって、もしかして嵐の予兆?
え、今度はなんか街………いえ王城の中ね。
えっと……多くの人が大型な荷物を外に次々と積み重ねているわね。なんか、とても重そうだわ。
あと、石像も運んでいる感じみたい。
◇◇◇◇◇
今日も重たい体を起こすために、カーテンを開けて光をいっぱいに浴びる。多少は目覚めたところで、今日の夢について振り返ることにした。
久しぶりに見たカラーの夢だった。まあ、いつもこのぐらいの頻度であったものの、少し前は高頻度でカラーの夢を見ていたから、感覚がバグってしまったようだ。
今日見た夢は、毎年見る嵐の予兆。いつもこの時期になると嵐がやって来るので、そこまで慌てふためくことでもない。だけど、いつもは一場面だけで、場面が今まで変わることなんて無かった。
どうして、急に王城に変わったのかが分からない。だけど、もしあの夢が嵐に関係するのであれば、きっとあのままだと大きな被害に遭うことを示しているのだろう。ならば、その被害に遭わないように、気をつけなければ。
だけど、今回はそこまで取り繕うことも無さそうだし、何とかなりそうだわ。ハッキリした日にちは分からないけれど、今はここでやるべきことをやりましょう。
◇◇◇◇◇
「お姉様、おはよう」
「アナスタシア、おはよう」
「ロゼリア、お母様、おはようございます。えっと……エラちゃんは?」
「エラならもう買い物をしに行ったみたいよ」
「あ、そうなのね。実は私も折角帰って来たから、エラちゃんと一緒にここで買い物をしようと思ったのだけど……」
「確かにそうね。お姉様、私も一緒について行っても良い? 私も久しぶりに帰って来たから、市場に行きたくなっちゃった」
「あら良いじゃない。私も、と言いたいところだけど、エラがいつ帰って来るか分からないから、2人で行っておいで」
「「はい」」
まさかロゼリアと一緒に行くことになるのは、少し意外だった。そもそも私はまずこの領地の市場で買い物をすることはない。何故なら、エラがいつも買い物を済ませてくれるから。そのため、私が市場に出かけるのは、こうやって予知夢を見た時に、その被害を防ぐため向かうのだ。そのため、その時は、気分転換とか散歩したいとか、適当に理由を付けてエラと共に買い物をいくのが常だった。ロゼリアと行く時は、大抵4人の時なので2人きりはまずないのだ。
ロゼリアも久しぶりの市場に浮かれているみたいだ。ここの市場は少しこじんまりとしているものの、活気があって訪れるのはいつも心地良い。そのため、私達ヴァーズ家はこの市場が大好きだった。ただ、予定が仕事で殆ど合わないため、中々いけないというだけで。
「はい、いらっしゃい」
「出来立てのパンだよ。いかが?」
「こっちの野菜も新鮮だよ」
相変わらず変わっていない光景で安心した。今日もいつも通り、和気あいあいしているようだ。その様子を見ているだけで、少し元気が出てきた。
「お姉様、今日は何処から見ていく?」
「えぇそうね……今日は端から行こうか」
「今日は時間を気にしなくてもいいものね」
今までは仕事の関係で、夕方ぐらいに来ることが多かったが、今日は朝から来ているのだから、時間はたっぷりある。情報を伝えるのは、1人でも多くの人に伝える方が良いのだから、全部順番に回るのが1番だ。それに最初から最後まで回るのは本当に久しぶりなのだから、少し期待もある。
「「おはようございます」」
「あら、いらっしゃい。2人で来るなんて久しぶりじゃないかい?」
「本当に何年ぶりかしら?」
「下手したら5・6年ぶりかもね」
ここで商売しているのは、パン屋の中年女性。彼女のパンはホッコリとした味で美味しんだよね。今日はまだ朝ごはんも食べていないし、何か食べたいな。
「おばさま、今日はブリオッシュが食べたいです」
「う〜ん。私はパニーニでお願いします」
「お、今回は食パンではないんだね。2つとも焼きたてだよ」
普通のパンでも美味しいのに、焼きたてのパンだなんて、なんてついているの。すぐに食べようと思っていたから、ご馳走だ。
それにしても、食パンではないとツッコまれたところには少し笑ってしまいそうになった。確かにいつもなら、節約でどうしても1番安い食パンを選んでしまう。でも、今回は少し奮発しても良いかなと思ったの。今はこれぐらいなら気にしなくてもいいぐらいになったのね。ロゼリアも同様みたいだし、何だか嬉しいな。
「こんな晴れた日に食べれるなんて幸せね」
「お、その言葉が出てきたということは……そろそろ嵐が来るってことかな?」
「あ、確かにそろそろそんな時期ね。喚起の呼びかけの時期だわ」
「あら、お察しが良いのですね」
「このやり取り何回したと思っているの?」
「そうですね……もう4回ほどでしょうか」
「この時期だから、そろそろかなと思っていたけど、やはりアナスタシア様もそう考えているんだね」
「はい、嵐はそろそろかと。あと話は関係ありませんが、私はもう令嬢ではないので、様をつけなくても……」
「私にとっては、ヴァーズ家の皆様は領主家だよ。いつもそうやって4人とも私達に寄り添ってくれているのだから」
もうそんなやり取りを何度もしていたと再認識すると、私の能力を活かし始めたのも長い月日が経ったのだと実感してしまう。それに、私が言わなくても分かっている口調だったので、こうやって意識してくれているのは本当に嬉しい。
それにしても、やはりまだ領地の人達は、私達ヴァーズ家が領主家だった認識が抜けないみたいで、未だに昔と変わらず令嬢扱いをしてくる。私達はもう庶民だし、領主は変わったので普通に接して欲しいと頼んでいるのだが、態度はフランクでありながらも、敬称はついたままだ。
確かに私達は、今もこの領地の人達のことを第2の家族のように大切に思っている。だから私はいつも情報が広がる拠点となる市場に来て、警告を鳴らしているし、また私も含めて4人は可能な限り必要な時に手伝いもしていた。特にエラは積極的に行ってくれているらしい。だからこそ、エラは誰よりもこの領地の人達に好かれていた。それもあって、寄り添っていると思ってくれているようだ。それが敬称に繋がっているのだと思うと嬉しさもあるが、やはり少し距離を置かれているようで寂しさを感じてしまう。
因みに、今の領主を嫌っているわけでなく、寧ろ現領主も尽力してくれているため、好かれている。特に領主の元で働いていたロゼリアは、領主のことを大変慕っていた。また、お母様も頼りになる人だと信頼を置いていた。まあ、最近は領主が病に伏せて、代わりにご子息が経営を行っているのだが、少し雲域が怪しいようなので不安なところではある。しかし、今の私達ではどうしようもないので、少し歯がゆい気持ちではあるのだが……。
「あと、エノレア様とエラ様の分も持って帰っておくれ。こっちはサービスだからお代はいらんよ」
「いえ、そんな申し訳ないです」
「忠告してくれたお礼ということで、受け取って」
「「ありがとうございます」」
結果的にパンを4つ受け取ることになってしまった。まあ取り敢えずお腹が空いたので、隣のお店で飲み物を買い、こちらでも同じ話をし終えた後で、近くにあるベンチに座り、それぞれ頼んだブリオッシュとパニーニを取り出して、一緒に食べる。
「うわ〜美味しい〜」
「本当に美味しいわね。幸せ〜」
エラが作ってくれる朝食も、王宮で食べる朝食もともに美味しいが、今回の朝食は朝食で違った美味しさがある。やはり、こんな快晴で妹と焼きたてのパンを食べるのは格別のようだ。私達はゆっくりと時間をかけて朝ごはんを食べて、再び店を順番に回って行った。
勿論私達は、第一の目的として嵐の警告をするために回っていたが、それ以上に店主や店員と話したり、買い物するのを楽しんでしまった。その警告を皆が素直に聞き入れ、その上感謝までされていたのだが、その一方で服やアクセサリーなど少しずつお互いの両手に荷物が重なっていき、最後には少し持つのが大変だった。
普段ならこんなに買い漁ることはないのだが、やはりお金にゆとりが出たこともあって、ついつい気になるものを買ってしまった。ただ、お金を使うということは経済を回すことに繋がるので、後悔なんてなく、寧ろ清々しい気持ちだった。ロゼリアはどのように思っているのかは分からないが、満面の笑みを浮かべているため、楽しかったのは間違いないだろう。
市場は、この領地に住んでいるいる人達なら漏れなく定期的に来る場所。そのため、ここで嵐の情報を伝えておけば、ほぼ間違いなくこの領地の人達にはその情報が伝わるし、仮に市場で知らなかったとしても、近所から情報が伝わってくるため、被害にも遭うこともない。これは私達や領地の人達の信頼が築かれているからこそ出来ること。それが、この領地の1番の強みだと私は思っている。
ただ、明日まではここにいるのだから、明日は領地の人達に情報を伝えに行こうかな。今、どのように思っているか直接声を聞きたいし。
久しぶりに領地に帰ってきたのだから、折角なら出来ることをやろう。