義姉への求婚
実家に帰ると、母とエラが明るい笑顔で出迎えてくれた。されど1か月のはずなのに、今までずっと一緒にいた私達にとっては大変長い時間であり、久しぶりの再開に私も自然と笑みが溢れた。
また、全く同じタイミングでなんとロゼリアも実家に帰っていたのだ。どうやら私が戻ってくると知って、合わせて帰ってきたらしい。ロゼリアとも久しぶりに会うことが出来て、心の底から嬉しかった。
しかし、エラに対する不安は消えないどころか、募っていくばかりだった。エラにどうやって話を切り出すのかもずっと考えていたけど、どうしても受け入れられなかったし、またヴィオル様の求婚はあくまでも、王子様の予想に過ぎなかったので、確信も持てずに尋ねることが出来ないまま、次の日にエラから話を切り出されてしまった。
「実は前言ってた魔法使いの話なんだけど……実は彼から今日の昼に求婚されたの」
アッサリと単刀直入に今日の昼の出来事を明かされ、2人は何を言っているのか理解が追いついていない様子で、ただ大きく口を開けていた。一方で私は驚きながらも、遂にこの話が来てしまったかと待ち構えてしまう。
「それで実は彼、この国の第2王位継承者らしいのよね」
「えぇ~! まさか相手ってヴィオル・アーサー・ジェームズ・ハワード卿?」
「えっと……そんな名前だった気がするわ」
「王族の名前どころか、求婚された相手の名前すら覚えていないの?」
求婚相手もアッサリとバラしているし、ロゼリアがその相手に驚きを隠せないのに対して、エラは飄々と名前が分からないと言っている。ここまで飄々としているところが、何とも凄いというか……エラらしいというか……。
姉の贔屓目がかなり入っているけど、エラは間違いなく可愛い。私にとっては天使だし。
だけど、ヴィオル卿はこんな性格を知っている上で、プロポーズをしたのだろうか? もし、エラの見た目だけでプロポーズをしたのであれば、王族とは言えどエラを嫁がせたくないと思ってしまう。
「――本当にあの話は本当だったのね」
いけない、いけない。私が求婚のことを知っていたなんて知られたら、3人が更に混乱して大変なことになる。なんてことを呟いてしまったの。聞かれてないかしら?
「アナスタシアお義姉様、大丈夫?」
あぁ、私はどうやら顔に出てしまったみたいね。
どうしよう。このまま騙し通すことは出来る気がしないし、どちらにしろ話し合わなければならないし……ここは話を切り出すところよね。
「エラちゃん、多分求婚した相手はハワード卿で間違いないと思うわ。だってその話を聞い……いえ、噂で聞いたのよ。 王宮では前公爵令息様が元令嬢に夢中になって、求婚しようとしていると言う噂を……」
危ない、危ない。全てバラしたら何の意味もないわ。
「王宮ではそんなことが噂になっていたの?」
「えぇ……そうなのよ」
いくら王子様から直接聞いたとは言え、嘘を吐くなら、もっとマシな嘘を吐いて欲しかった……。でももう言い直しは出来ないわよね。
「だったら、あの婚約書は本物だったのね……。ヴィオルもヴィオルのお父様のサインも本物なのか……」
え? 婚約書って、そんな話は聞いてないわよ。ちょっと待って。これって場合によってはかなり不味い状況なのでは?
「エラちゃん、その婚約書って何色だった?」
「え、青色だったけど。それがどうしたの?」
赤色ではなく、青色?
青色の婚約書ということは、つまり貴族同士で交わすものだわ。これは効力は強いから、契約を違えた時には、家の賠償金などで解決するもの。
でも、ハワード卿は貴族どころか王族だし、エラは元貴族令嬢とは言えど今は庶民。どちらに合わせてもまず使うことのない婚約書だ。
本来ならば、王族であるヴィオル卿と婚約を交わすならば、王様のサインも入った王命に近いとされる婚約書を用いるはず。もし万が一にこの約束を違えたとしたら、領地や身分を取り上げられるだけでなく、逮捕すらされることもあるほど効力を持つもの。王族と婚約するなら、それぐらいの婚約書は必要なのに。
「どうして緑色の婚約書なの? 意味不明だわ」
エラがどういう意図で婚約書の色を聞いたのか尋ねてきたから、緑色と赤色の違いをしっかりと説明すると、エラもやはり不思議に思ったみたいだ。
エラにその婚約書を見せてもらったが、エラのところ以外は全て綺麗に埋まっている。前公爵のサインまで入っているし……。
私も正直よく分からない……けれど考えられる可能性はいくつかあるわよね。きっと、可能性についても説明しないとエラは納得しないだろうからな。何だか自分の考えを説明するのは緊張してしまうわ。
「考えられる可能性は4つ」
最初の3つは絶対に違うと思うけど、一応説明だけはしておこう。
「1つ目はエラちゃんを騙している。でもこれは貧乏な元令嬢を騙す理由もないし、噂と求婚の時期がピッタリだからこれはないと考えて良いでしょう」
最初の理由は、王宮の噂ではなく、王子様から直接聞いていたから確信に至っただけなのだけど。普通なら騙しているとしか思えない。だってエラは申し訳ないけど、世間知らずだから騙しやすいし、私は彼とは会っていないのだから尚更だ。
「2つ目は陛下や王子に会う時間が無かった。でも、殿下とヴィオル卿は恋仲なのではないかと言われたほどの仲良しだし、すぐに会いに行けるからそれは無いと思うわ」
これは貴族の間では有名な話だ。まあ、私達はもう庶民だけど。あまりにも2人の距離が近いからそんな噂をされているが、実際はそんなことはないだろう。だって、そもそも王子様が誰かに好意を寄せているように見えないもの。
「3つ目は周りが反対した。でも、前公爵様の名前が記入されていたと言うことは前公爵様は勿論、陛下や殿下も反対していないと言うことね。もし反対されていたら、前公爵様もサインなんてしないだろうから」
王子様が直接勧めたからね。王子様が義妹への求婚に関与する日が来るだなんて、誰が思うだろう。私が王宮侍女として勤めていることが何の違和感も感じなくなるほどって、かなり可怪しい状況よね。
まさか前公爵様のサインがあるだなんて、これは流石に驚いたけど。こんなの完全に丸め込もうとしているじゃないの。王子様は、一体どんな風にしてハワード卿を説得したのかしら?
「4つ目はエラちゃんの意思に任せる。これが理由だと思う。あくまでもエラの同意を得た上で婚約したいと言うヴィオル卿の意思だと思われるわ」
というかこれしか理由が残っていないわよね。無理矢理でも良いなら赤色を出した方が手っ取り早いし。前公爵様とヴィオル卿のサインがある時点で威力しか感じられないけど。青色ということ多分2人の名前があることで真剣であること伝えたいけど、エラの意思を尊重したいという表れなのだろう。
「エラちゃん、嫌なら絶対に断った方が良いわ。普通の貴族でも婚約は簡単に解消はされない。王族なら尚更よ。真剣に考えて。私は正直に言うとやめた方が良いと思う」
これが私の本音。勿論私が可愛いエラを他所に出したくないというのは多いにあるけど、それ以上に大変だと思うの。エラは世間離れしているから尚更だ。
「私もあまり賛成はしないわ。やっぱり、庶民に成り下がった元子爵令嬢のくせにと妬む人もいると思うから。エラちゃんには辛い思いして欲しくないもの」
やっぱりロゼリアも反対なのね。きっとロゼリアも私と同じ気持ちなのだろう。
「私はどちらとも言えない。エラが断りたいなら断れば良いと思うし、受け入れたいなら勿論反対なんてしないし、むしろ喜んでお祝いするわ。私達はいつでもエラの味方だから。でも真剣に考えて、後悔のない選択をするように」
母の表情からはあまり良い顔をしていないから、本当は反対なのだろうなと思う。だけど、何処までも母はエラの意見を尊重するつもりなのね。
◇◇◇◇◇
エラは一体どうするつもりなのだろうか。それはエラが決めることだから、私はもうこれ以上は口を挟むつもりはないけど……やはり気になってしまう。
もし、エラがヴィオル卿と結婚するならば、私達は王族の親戚ということになる。ハワード公爵家だけでなく、遠いとはいえ王家とも繋がりを持つことになるのね。
王子様が親族となる……やはり実感は湧かないわ。私は今王子様の侍女として働いていることすら実感ないのに、親族になるだなんて実感が湧くわけない。
エラがそのまますぐに結婚したら、私達姉妹の中では1番乗りになるのね。まあそれは何となくそうなるのかなとは思っていたけど。私はきっと一生独身で生涯を過ごすのだろうな。
世間的にはまだ結婚が女性の幸せだという風潮は残っているし、実際に好き同士で結婚出来るとなればそれは幸せだと思う。エラの場合もきっとそうなるだろう。
私は別に結婚が幸せに直結するとは思っていないし、このまま一生独身でいることに抵抗はない。だけど、今は凄く羨ましく思えてしまう。
私には好きな人なんて一生現れない……なんでここで王子様の顔が思い浮かんでしまうの。間違いなく王子様に対して好感は持っているし、好みの容姿でもある。だけど、私如きが思い浮かべて良い相手ではない。
最近嫌でも気づき始めている……王子様に対する恋心。3日ほどだけど王子様に会うことが出来なくて寂しいという気持ちとホッとしている複雑な気持ちが入り混じっている。叶うこと以前に、伝えることも出来ないのだから早くこの恋心が消えて欲しいのに……。
あぁ、最近なんでも王子様に結びついてしまうのだから本当に駄目駄目だ。もう今すぐ寝よう。
私はそんな不安な気持ちを抱えた上で、久しぶりに実家のベッドで眠ると、最近見ていなかったカラーの夢、予知夢を見ることになった。