新たな交流
「アン、お疲れ様」
「ルナもお疲れ様」
2日目が終わり、部屋でルナと今日も会話が始まった。話は勿論今日あった出来事。ルナはとても楽しそうに聞いている。特に王子様との話をした時には、とてもニヤニヤしていて、少し不気味に感じるほどだった。
「騎士団四天王に会っても響かなかったということは、やはりアンは殿下推しなのね」
「確かに殿下が1番イケメンだなと思ったのは認めるけど、推しとかはないから」
「だから隠さなくても良いのに〜」
あぁ、もう駄目。どうやらルナは思い込んだら修正が効かないらしい。これ以上何を言っても無駄だろう。まぁ、別に王子様が推しだとしても不審がられることもないだろうし、放っておくか。
「それにしても、殿下から好意を寄せられているなんて凄いわ。まさかの身分差ロマンスあり得る?」
「どうやったらそんな解釈になるのよ」
「いや、だって殿下がアンに自ら話しかけて、挙句の果てに名前呼びをさせるだなんて、好意を寄せているとしか思えない」
「それは単に王宮での暮らしに慣れない私を気遣っているだけよ」
「でも、少なくてもアンのことは気に入っているに違いないわ」
さっきのはまだ良いとして、これはどうなんだルナさん。確かに王子様に嫌われていないと思うし、寧ろ気に入られているとは思うけど、それを恋愛に勝手に結びつけられても困る。想像力が豊か過ぎて恐怖すら感じてしまうほどだ。ただ、嫌な感じがしないどころか、また胸の鼓動が上がっているのだから、何だか変な気持ちだった。
◇◇◇◇◇◇
3日目からの1週間は、2日目とほぼあまり変わらない生活で、早めに仕事が終わると、図書館に立ち寄り本を探したり、読んだりした。そして、時間になると1人で王子様の執務室に向かい、お茶を入れて仕事は終わるのだ。ミナの手伝いはもう殆どないまま、7日間が終わりそのまま1人で担当することになった。
逆に1人になったことで気が楽になり、仕事がよりスムーズになった気がするが、何だかこんな少ない仕事量で働いていることに少し気が引いてしまう。このままこの環境に慣れてしまうことに少し恐怖すら感じた。
ただ、ここに来てから変な予知夢を見ていないことには安堵しており、このまま何も起きなければ良いのになと思っていた。
◇◇◇◇◇
変化が訪れたのは、ここで勤め始めて10日目のことだった。いつも通り仕事を終えて、図書館に向かおうとすると、2人の侍女の困惑した声が聞こえてきたのだ。勝手に耳をそば立てるのは申し訳ないと思いながらも、気になって話を聞いてしまった。
「今日は忙しいのに、ニナが休みだから2人でしないといけないわね。手が空いている人もいないし、時間内に終わるかしら」
「本当に不安よね。時間内に終われば良いけど……」
どうやら人手が足りないようだ。内容や時間にもよるが、今なら手伝えるかもしれない。そう思うと声をかけるのは早かった。
「突然話しかけてすみません。先程話が聞こえてしまって……。困りごとがあるようでしたら、可能な限りでお手伝いしましょうか? あ、私は最近王太子殿下付きの侍女として勤め始めたアナスタシア・ローズ・ヴァーズと申します」
2人はすぐには返答をせず、お互いに目を合わせて目をパチパチさせていたが、合意に至ったのか1人の侍女が口を開いた。
「ヴァーズさん、初めまして。私は王妃付きの侍女のレティシア・マリー・デービスと申します。これから王妃に届いた荷物を取りに参らなければならないのですが、量が多いものですから、人手が足りなくて困っていたところなのです。もしよろしければ、可能な限りお手伝いお願い出来ないでしょうか?」
「1時間ほどなら大丈夫ですよ。是非そこまで案内してください」
「「ありがとうございます!!」」
まさかルナ以外の王妃付きの侍女とすぐに関わるとは思わなかった。本当は図書館に行きたかったけど、困っているなら助けないといけないわよね。
私は単純に与えられた仕事が終わっているから休んでいるに過ぎなくて、今は勤務時間だし、一昨日ルナが他の仕事を手伝うことになったと言っていた。また、他の所の侍女が手伝うこともよくあることだから、問題にもならないだろう。こんな仕事は初めてだから、不謹慎だけど少し楽しみだわ。
あらあら、そんな期待を胸に膨らませている間に、どうやら目的地は着いたみたいね。
「お待ちしておりましたよ。今回は少なめですね……って貴女は初めて見る方ですが、新人さんですか?」
どうやら彼はここの管理者らしい。2人の侍女は顔馴染みのあるようたが、初めて見た私の顔に少し戸惑いを覚えたようだった。
「初めまして。王太子殿下付きの侍女、アナスタシア・ローズ・ヴァーズです。今回は臨時でここに参りました」
「どうりで見慣れない顔ですね。初めまして、私はこの場所の管理を任されております、エドワード・ジョン・フォックスと申します。よろしくお願いします」
改めて思うけど、本当に王宮に勤めている人達は全員言葉も動作も洗礼されている。上司のミナやルームメイトのルナは私に対しての砕けた言葉で話すが、他の人と話す時は大変丁寧だし、動作もやはり綺麗だ。改めてレベルの高さが伺えた。
どうやら荷物は何回かに分けて持って行くらしい。無理のない程度の量を渡されて、新たな場所へと移動する。この道のりも普段の私なら通らないところなので、新鮮味があり楽しく感じられた。また、渡された物も、珍しい物ばかりで、他の国から取り寄せたり、贈られたりするものが多いようだ。
王妃様でこれだけの量なら、王様はどれだけの量があるのか? また、王子様はどれほど届くのか気になってしまった。王子様付きの侍女でありながら、担当ではないため、王子様にどのようなものが届けられているのは知らず、少し寂しく感じてしまう。他の仕事をしておきながら、王子様のことを考えてるなんて少し自分でも呆れてしまった。
こうして、5回ほど往復を繰り返すとあっという間に1時間が過ぎ去り、職場に戻らなければならなくなった。彼女にはあと1回で運び終えたら良い状態まで手伝ってくれてありがとうと、深い感謝の言葉が述べられる。私はしっかりと手伝うことが出来たのだと分かり、大変嬉しかった。こちらこそ新たな体験をさせてもらったのだから、お礼を言いたいぐらいだった。
その気持ちの良いままで、王子様の執務室にお茶を持って行くと、王子様はそのことに勘づき機嫌が明るい声で話しかけてくれる。
「アナ、今日は機嫌がすこぶる良いね。何かあった?」
「アレクシス様、今日は王妃様付きの侍女の方のところで手伝いをしておりまして、役に立てようなので嬉しく思いまして」
「頼まれたの?」
「いえ、私から話しかけて手伝わせていただきました」
「成る程、アナらしいね」
本当に王子様は楽しそうに聞いてくれるから、こちらも話していて楽しいな。察しも良いし、返答も上手いなと毎回思ってしまう。
「手伝うのは良いことだけど、怪我だけは気を付けてね」
こうやって心配してくれるところも嬉しい。でも、どうやらこれからも他の人の手伝いをすることを許してくれるようだ。もしそんな機会があれば、積極的にしようかな。
◇◇◇◇◇
それからというものの、様々なところで手伝う機会が増えて、1か月の間で10回以上の援助を行うことになった。ちょっとしたことから、大がかりなことまで内容は様々。ただ、どれも全体的に体験したことがあるため、そこまで苦労することも無かったし、また分からない場合でも、皆教え方が分かりやすいのですぐにものにすることも出来た。
こうして、私は王宮生活で充実した日々を送ることが出来たのだった。
◇◇◇◇◇
こんな風に私は、1か月間変な予知夢も見ることなく、安定した生活を送れていたのだが、王子様の方に劇的な変化が訪れてしまったのだ。
「今後、妃候補がこの王宮で過ごすことが決定したのですか?」
「本当に面倒なことになったんだ……」
噂では勿論聞いていたものの、本当にそんなことが決定してしまうだなんて驚きだ。それも妃候補とは王子様と踊った人全員ということらしい。私は途中で抜けてしまったが、その間でも、私が戻ってきた後でもかなりの令嬢と踊ったと聞いている。そんな無茶振りなことが決定するだなんて、本当に王太子妃にならせたい貴族が多くいることによる策略なのには違いなかった。王子様も頭を大きく悩ませているようだ。
ただ王子様は、その後大変言いくそうな表情で、口をゆっくりと開き、衝撃的な事実を告げたのである。
「実は……アナの妹であるエラ嬢のもとに、ヴィオルが求婚しにいくと思うんだ。あの……それ、俺が勧めてしまって……本当に申し訳ない」
前公爵令息で第2王位継承者であるハワード卿が、妹のエラに求婚とか、全く持って話が見えない。
私の頭が混乱する中、王子様はゆっくりと説明し始めた。そのため、状況は理解出来たがにわかに信じがたい話で、心の整理は全然追いつかない。
確かにエラは、魔法使いであるハワード卿の手伝いのもと舞踏会に参加したと言っていたし、エラもハワード卿には好意は寄せているようだった。しかし、それはあくまでもその場限りのもので、恋愛にまで発展しているだなんて誰が思うだろうか? しかも相手は王位継承はあってないようなものだと言われているものの、腐っても第2王位継承者。仮にお互いが結婚したいと言ってもそんなの認められるのか? 私如きが納得出来るわけがなかった。
そんな状況が飲み込めない中で私は、3日ほど実家に帰ることになったのだった。