王子様と執務室での会話
「そろそろ殿下のお茶の時間ですから、私はティーセットを取りに戻りますね。失礼致します」
「あぁ、もう休憩時間はもう終わりか……。じゃあ執務室で待っているね」
王子様の声が少し寂しそうな気がしたことにも驚いたものの、休憩中だったことの方が驚いた。時間に細かい公務をされているといるのに、休憩の時間を拭って、本を探しに来たのだろうか? あの30分は私ばかりが本を探していたから、時間を無駄にさせたかもしれない。
それならせめて美味しいお茶でも飲んで少しでも癒されると良いな。昨日王子様がお茶を気に入ってくれたようだし、今日もお気に召してくれると良いのだけれど。
「あら、帰ってくるの少し早かったわね」
「ミナさん……はい、そうですね。きりが良かったので、こちらに戻って参りました」
彼女はもっとゆっくりして良かったのにと言いながらも、前のめりに何をしていたのか尋ねてきた。私が王宮の生活に困っているのか、聞きたいのだろう。
「先程、王宮の図書館に参りました」
「王宮の図書館広いでしょう」
「そうですね。全て読破するのは一生かけても無理な気がしましたね」
「凄い例えね。興味のない分野でも読む方の例え方だわ」
「私は興味がない分野なんてありませんので、時間があればどんな本でも読みたいです」
「本当に本好きなのね」
ミナは右手を大きく振って、私は絶対無理という意思表示をされてしまった。どうやらミナはあまり読書は好みではないようだ。
「お目当ての本は見つかったの?」
「えっと……私ではないのですが、殿下のは見つかりました」
「え? 殿下のお目当ての本を探していたの? ということは、殿下と先程会っていたということ?」
「あ、はい。殿下に話しかけられまして、挨拶をしたのですが、どうやら殿下が探していた御本がある様子だったので、探すのを手伝っておりました」
「アンナからではなく、殿下が自ら声を掛けたの?」
「はい、そうですが……」
ミナは大きく目を開いて大変驚いていた。何か変なことでも言ってしまったのだろうか? ただ、先程の出来事をそのまま伝えているだけなのだけど……。今後は不敵な笑み浮かべ、首を縦に振って、何故か勝手に納得しているようだった。
「アンナ、そろそろ時間だから殿下のところに行きましょう。さあこれを持って」
昨日のお茶はダージリンだったけど、今日はどうやらアールグレイのようだ。どうやらもうティーセットも用意してくれていたみたいだし、時間が少し早いけどそろそろ行くとしよう。
◇◇◇◇◇
「殿下、ウェレミナです。失礼しますね」
昨日と同じようにミナが扉を軽く叩いた後で、扉を開けて共に王子様の執務室に入っていく。王子様も昨日と同じように優しい声をかけてくれた。
「ミナ、ヴァーンズ嬢いらっしゃい」
「殿下、今日のアンナは昨日に増してスムーズに仕事を行ってくださいまして、あっという間に終わってしまいましたの。そのため、その残った時間を休憩時間に充てさせたのですが、そこでどうやら殿下とお会いになったと伺いましたわ」
「ミナ、彼女から話を聞いたのか……」
「驚きましたわ。殿下が声をかけるだなんて」
「別に不思議なことではないだろう?」
「そうですわね。殿下、実はキッチンの所で掃除をし忘れていた所があるので、戻ってよろしいでしょうか。アンナもあとは頼める?」
「勿論構いませんが……」
「ヴァーズ嬢が大丈夫そうなら……戻っておいで」
「殿下、アンナ、ありがとうございます。では殿下も頑張ってくださいね」
アンナはウインクをしながら極上の笑みを浮かべて、鼻歌交じりでこの部屋から出ていった。それにしても、最後に残した王子様に対しての応援とは一体どういうことなのだろうか? 少しとは言え、ティータイムで休息なさる時間だというのに……。
それに……殿下は目を丸くしながらも、口角は上がっているし、何が何やらだわ。
取り敢えず、お茶は淹れないといけないから今から入れることにしよう。お湯をセットして、注いで……。
「ミナは気を使ってくれたのかな……」
「殿下、何か申しましたか?」
「いや、何でもないよ」
「左様ですか」
先程ちょうど注いでいる間に、王子様が何か呟やいたので、ハッキリと聞き取れずに聞き返したものの、どうやらそこまで重要なことでは無さそうだ。ただやはり何を言ったのか気になってしまう。いつもならこういう風に言われて気にならないのに……。それに何だか王子様が浮かない顔をするから尚更だった。
「今日はアールグレイでございます。お召し上がりください」
「あぁ、ありがとう……今日も美味しいね」
今回もお気に召したようで何よりだ。まあ、そもそも王宮のお茶なんてよっぽど下手に淹れない限り美味しいだろうが、それでも褒めてもらえるのは素直に嬉しい。少しでも休憩出来ていると良いなと思った矢先、殿下はお茶を飲むのを止めて私に話しかけてきた。
「ヴァーズ嬢は、どうして経済分野の所にいたの? 女性がそういうところで本を探しているのが珍しいから気になって。実はあの時、特に何かを探しているわけではなかったのだけど、ヴァーズ嬢がいたからつい気になってあんな話題で切り出したから聞くに聞けなくて……」
「話題作りのために御本を探していると仰ったのですか? えっと、それは単純に経済を学ぶのが好きだからですね。元々男爵家の長女でしたから、将来経営に関わると思い、勉強していたら好きになっていました」
もし父が亡くならずに爵位がそのまま継承されていれば、同じ男爵家の次男か大きな商家の息子と結婚して、彼が男爵となっていただろう。勿論、私が爵位を受け継ぐわけではないが、男爵夫人として精一杯手伝うつもりだった。
まあ、それも今となれば夢のまた夢。私が経営に関わることなんてもう無理なのだから。だから本当は経済とか知ってもあまり意味がないかもしれないけど、好きなものは好きだもの。
「そっか、本来なら男爵夫人か…………」
「殿下?」
「いや、何でもない」
どうして、そんなに寂しそうな顔をしているのだろう? また私、何か変なことを言ったのだろうか。確かに経済が好きな女なんて殆どいないだろうけど……。
「真面目なヴァーズ嬢だからこそ、経済を好きになったってわけだね。」
「別に真面目ってわけでは……」
「謙虚なところも魅力だけど、そこは誇っていいと思う。実際に優秀なのだから否定しないで」
こんな風に言われたら、もう簡単に否定なんて出来ない。私はまだまだ自分に自信なんてないし、簡単に肯定なんて出来ないけど、少しは自分を認めても良いのかもしれない……。
「あと、ヴァーズ嬢は政治にも興味があるようだけど、それはどういった経緯で好きになったの?」
「それは……ただ図書館で本を拝読していたところで、その分野も面白いと思ったからです。私は基本どんな分野でも興味を持ってしまいますから」
「好奇心旺盛なんだね」
「確かにそうかもしれません。興味を持ったことは、とことん突き詰めたいタイプだと思っております。実際に自分で調べたり、人から話を聞いたり教えてもらったりすることは大好きです」
これだけは私自身も認めてきた長所だと思っている。様々なことを好きになれるって本当に素敵だと心の底から思っているから、王子様にそのように言ってもらえて嬉しかった。
「ヴァーズ嬢が、会議で意見を出してくれたら、良い政治の手助けになりそうだよね」
「それは買いかぶりです。女性が政治に口出すなんて……。あ、あの時は盛り上がっていたとはいえ、あんな風に意見を述べてしまい申し訳ありません」
「僕から言い出したのだから謝らないで。素直な意見を聞けて嬉しかったし。これからも何かあったら素直に意見を出して欲しい」
「それは流石に烏滸がましいでしょう」
「別に大丈夫だよ。それを聞き入れるかは僕が判断するのだから、言うだけ言ってくれれば」
「では、そのような機会があれば、意見を述べさせていただきます」
何だか凄い会話をしていたような気がする。どうして私が補佐官みたいな立ち位置に話が進んでいるのかは甚だ疑問だが、信頼してくれているということなのだろうか? いや、流石に信頼出来るまでの期間を要していないはずだけど……。
「あと、ヴァーズ嬢のことを名前で呼びたいのだけど良いかな? もし構わないならなんと呼んだら良い? 愛称とかある?」
「勿論大丈夫ですが……カペル様からはアンナ、ルームメイトからはアン、家族からはそのままアナスタシアと呼ばれております」
「そっか……なら僕はアナかな。あと、アナも僕のこと名前で呼んでくれない?」
「え? でもカペル様は殿下と呼ばれておりますよね」
「折角だからね。良いでしょう?」
「はい……ならばアレクシス殿下」
「敬称も抜きでお願い出来る?」
「アレクシス様?」
「今後はそう呼んでね」
「はい……承知しました」
何故、突如呼び方の話になるのだろうか? それに全員愛称を聞いてきたけど、王宮では愛称で呼ぶことが主流なの? それにどうして、王子様はそこまで私に名前を呼ばせたいのかも分からない。一体何を考えているのか、全く読めないわ。