図書館での遭遇
「なんて立派な図書室なの!!」
思わず声をあげてしまったが、行きたかった場所というのは王宮の図書室だった。本好きの私からしたら、こんな素敵な場所はもうまさに楽園だ。本棚に並んでいる本を見ているだけで幸せになれる。
さて、何処らへんの本から読んでいくべきか悩みどころだ。それも期間限定の侍女なら尚更のこと。1冊でも多く役に立ったり面白かったりする本を読みたいものだ。
少し悩んだものの、やはりここは1番興味のある経済が関係する本を探しに行こうと、経済について書かれている本が多くある場所へ向かった。
何処を見渡しても本ばかりあるが、経済に関する本が並べれているところもギッシリと敷き詰めて並んでいる。背表紙に書かれているタイトルもシンプルなものから、専門用語ばかり並んだ長いタイトルもあり様々だ。これだけ多くの種類の本が揃っているとなると本当に何を選べば良いのか悩んでしまう。取り敢えず、適当に取って読んでみようかしら?
「ヴァーズ嬢、ここで何をされているの?」
「え?」
ここで今日初めて声を聞くことになるとはつゆとも思わず、驚きながらも少しずつゆっくりと振り返ると王子様の姿が目に入ってきた。どうしてここに居るのか、そしてどうして声を掛けてきたのか、共に疑問があるものの、何と尋ねたら良いのか分からず、少しの間沈黙が続いてしまった。
「急に話しかけてごめんね。つい見かけたものだから」
「い、いえ。返答出来ずにすみませんでした。私は少し休憩時間が取れたので、図書館で本を借りようと思いまして、ここを訪ねました」
そもそも質問以前に、王子様からの質問に答えることすら忘れていた。少し間が空いてしまったものの、返答が出来てまずは一安心。これ以上動揺は見せたくはないもの。冷静を装って話さないと。
「殿下は何か必要な御本をお探しでありますか?」
「あぁ、そうなんだよ。今は税金のシステムや前例などが書かれている本を読みたいかなって思ってさ」
「税……ですか……。私も一緒に探してもよろしいでしょうか?」
「ありがとう、助かるよ。是非お願い出来るかな?」
「承知しました」
図書館なんて本を探すことが目的で来るようなところだから、何を探しているのか王子様に尋ねてみたものの、まさか探している本が税に関することだなんて意外だった。確かにここは経済に関する本が集められている場所だから当然と言えば、当然なのかもしれない。しかし、政治の本とか国外の歴史本とかの方を読んでいるイメージがあったから少し驚いてしまう。
というか、今はそんなことどうでもよくて、取り敢えず王子様が望む本を探さないと……。でも探すって何の本を探せば良いの? 基礎的なことかしら? それとも専門的なこと? どちらにしても、どの程度のものを求めているのかもよく分からないわね。
「殿下は先程、税金のシステムや前例に関する内容が書かれた御本を探されていると仰りましたが、システムとは調達方法とかでしょうか? それとも使用方法でしょうか? また、前例というのは、国内と国外どちらでございますか?」
「あぁ、説明不足だったね。今はどちらかと言うと、調達方法の方かな。それぞれの領地で税の納め方について高いとか安いとかで意見が割れていたりするから、どう対処するべきか本なども参考にしながら自分なりの意見も纏めたいと思っていてさ。あと、国内と国外でいうと、国内の方がより欲しいけど、参考になりそうだから国外もあったら助かるかな」
男爵に尋ねるといつも、俺の考えていることが察することが出来ないのかと不機嫌になっていたものだ。確かに長年勤めていたから多少のことは何をして欲しいかは分かることも多かったものの、細かいことや新たなことに対しては教えてくれないと分かりようがない。
それに対して王子様は、すぐに的確に答えてくれるのでこちらとしては有り難いものだった。少し尋ねることに恐れがあったものの、聞けて良かったと思う。
どうやら探し求めているものはそこまで専門系を組み込んでいないものみたい。それに経済概念みたいなものよりも具体的なものの方が良さそうだ。さて、一体どのようなものが良いのかしら?
あ、そう言えば昔読んだ本が分かりやすかった気がするわ。少し古いけど薦めてみようかしら? 後は具体的な税金の金額や移り変わりが書かれている資料とかがあればいいのだけど……出来れば去年のデータがあれば最高ね。
というか、そもそも本が多くて探すのが大変だわ。すぐに見つかると良いのだけど……。
「殿下、こちらの本はいかがでしょうか? この本は少し古い本ではあるものの、税金のシステムが簡単な図とか書かれて分かりやすいと思います。また、こちらは10年前から去年まで国内の税金の金額を書かれたもので、移行が分かりやすいかと。あと、こちらは少し古いですが隣国のリンネ国やアイル国の経済についても書かれてありますので、参考になるかと思われます」
結局、目的の本が見つかったのは30分後とかなりの時間が掛かってしまった。王子様が不満に思っていないか不安になったものの、次の一言でそんな気持ちは一瞬にして消え去ってしまう。
「こんなに多くの本を探してくれてありがとう」
これぐらい当たり前のことなのに、こんな風に感謝されて本当に嬉しかった。胸がジーンと温まるのがよく分かる。
しかし、王子様はその言葉に加えて更に嬉しいことを言ってくれた。
「優秀なヴァーズ嬢だから、こんな短時間で探してくれたんだね」
新人の私にこんなに気遣った優しい言葉を掛けてくれるだなんて……。確かに広くて場所が全然分かっていないとはいえ、どう考えても遅すぎるのにフォローしてくれるのが、王子様の人柄を垣間見れた気がした。
「こちらこそ遅くなってしまい申し訳ありません。本来なら15 分ほどで見つけないといけないのに……」
「いや、普通に図書員に聞いても1冊見つけるのに30分以上かかることも多々あるから、初めて来たヴァーズ嬢が3冊も30分で見つけられるのは本当に凄いことだよ。だからそのことを誇って欲しいな」
まさか図書員でも1冊の本を探すのに30分も掛かることがあるだなんて思いもしなかったけど、確かにこの広さだと納得も出来てしまう。私、もしかして見つけるの早かったのかな?
「ヴァーズ嬢は凄く探すのが慣れた感じだったけど、よく図書館とか行ったりしていたの?」
「はいそうですね。私は幼い頃からよく領地の図書館に通っておりましたので、探すのには慣れているかもしれません」
まあ、領地の図書館はこの王宮の図書館と比べると10分の1ほどの大きさだったため、最後には全ての本を読み終わって、新作を待ち侘びていたっけ。それまでは気に入った物語や経済の本を読み返していたことを思い出して、なんだか幸せな気分になった。
「じゃあこれらの本はその時から知っている本だったりするの?」
「流石に資料は違いますが、この2 冊の御本は私が昔分かりやすいと思った本をお薦めしました。他の御本の方がよろしいでしょうか?」
「いや、ヴァーズ嬢のお薦めなら是非」
どうやら気に入ってくれたようで安心した。素直に王子様の役に立つことが出来て、本当に嬉しく思う。おまけにこんな優しい言葉を掛けてくれたら尚更だ。キラキラした笑顔が本当に眩しい。こんなことで絆されていたら、仕事に本当に集中出来なくなりそう。
このビジュアルで優しいのだから、普通の女子なら完全に絆されるだろうな。
そういえば、ルナは王宮にはイケメンが多くいるから絶対推しが見つかるだなんて言ったし、また騎士団四天王の中なら誰がタイプかとも聞かれたっけ。
勿論、騎士団四天王は誰もが格好良くて、それぞれに推しがいて、大変モテるのはよく分かるけど……。王子様と間近に接している私からすると、騎士団四天王が霞んでしまうぐらい王子様は立派で格好良いと思う。
だから、私には王宮での推しだなんて一生見つからない気がするわね……。
あと、ルナは私のタイプは王子様だと決めつけていたけど、それはやはり違うわ。
私は単なる期間限定の王子様の侍女であって、それ以上でもそれ以下でないのだから。推しにしてはいけない人だもの……。
胸が少し痛むのはきっと…………気の所為よね……。