騎士団四天王
「おはよう、アン」
「ルナ、おはよう」
カラーの夢を見てないため安心しつつも、少ししか寝ることが出来なかった体と瞼は共に重くて、初っ端からもう疲労が溜まっていた。それも仕事ではなく他事で悩んで眠れなかったのだから、自身に呆れて溜め息が勝手に出てくる。それでもルナがカーテンを開けてくれた窓から暖かな日光に当たると体が何とか目覚めたようで、ゆっくりと体を起こした。
「アン、やはり疲れているのね。目元にクマが出来ているわ。無理をするなと言ってもしなきゃいけない時もあるから強くは言えないけど、体には気を付けて」
あぁ、もう早くもルナに心配されてしまっている。本当に私は一体何をしていたのか。優しい言葉だけになお自身に呆れざるを得なかった。
しかし、勤務が始まる時間は私がどのコンディションでも変わることはないのだ。そのため、私はルナに心配してくれてありがとうとお礼を言うと、すぐに着替えを始めて、その後軽く化粧をしてさっさと準備を済ませた。そして、朝食をルナと共に食べて、それぞれの勤務場所に向かった。
◇◇◇◇◇
「アンナ、おはようございます」
「ミナさん、おはようございます」
ミナとも挨拶をして早速仕事が始まった。どうやら1週間ほどはミナが率先して共に仕事をしてくれるらしい。逆を言えば1週間で仕事を全て覚えなければならないとは、かなり厳しい状況だ。
本来なら約1ヶ月ほど先輩が一緒に居てくれるらしいのだが、私の場合は何故かそこまで必要ではないだろうと勝手に判断され、そうなったとのことだった。正直そこまでプレッシャーをかけられても困るのというのが本音であるが、それを言うこともできやしない。それでもただ、きちんと行えるように、前を向いて仕事を全うだけのこと。
実際に今日新たに教えられたことも、男爵家で当たり前に行っていたことばかりなので、何の問題もなくすぐに対応することが出来た。ミナには今日もベタ褒めされてしまう。褒められるのは嬉しいが、その喜び方が年相応の少女のであり、ミナの大変可愛らしく一面を見ることが出来て微笑ましくなってしまった。仕事もそこまで大変でなく、対人関係も良さそうな感じで、こんな平和な職場があって良いかと勘ぐりたくなるほど心地良い。
今日は早く終わり、最後の仕事である王子様へのお茶出しはまだ時間があるため、ミナからその時間になるまでは好きにして良いと言われたのだ。折角だからこの時間を有意義なものにしたいと思い、私はそのまま行きたかった場所に向かったものの、気分が高揚しすぎたせいか、しっかりと前を見ておらず、誰かにぶつかってしまった。
「ぶつかってしまい、申し訳ありません」
私は誰にぶつかったのか分からないものの、咄嗟に頭を下げて謝罪の言葉が出てきた。しかし、ずっと頭を下げるわけにもいかないため、少しずつ顔を上げると見覚えのある顔が目に入ってきたのだ。
「また会いましたね、ヴァーズ嬢。よそ見をしていたとはそそっかしいことですね」
「ウィルソン様、本当に申し訳ありませんでした」
最初に会った時も思ったけど、やはりこの人は少し威圧感がある。ルナの言葉を借りるなら確かにクールかもしれないが、私からしたら冷たいだけな気がするのだが……。勿論私が悪いのは全面的に認めるが、怖いものは怖い。
「クリフ、そこまで言わなくても良いじゃないか。侍女さんが怖がっているよ……本当すみません、こいつ普段からこんな感じなので多めに見てあげてください」
「俺はただ事実を述べただけだ」
「おいおい、女性の前でそんなことで揉めるなよ」
ウィルソン様のことを弁解したのが、優しいと噂のブラウン様。そして2人の仲介に入ったのが、人気の高いデイビッド様だ。どうやら3人とも噂通りの方らしい。
ウィルソン様は、先程述べた通り、冷……クールな雰囲気で、顔も格好良いと言うより綺麗な顔をしている。
ブラウン様は、優しくてフレンドリーな性格で、顔は可愛らしいほんわかとした雰囲気を持つ方だ。
デイビッド様は、紳士でしっかりとしており、体系も顔も多くの女性が好むであろう、ガッツリとした体格に勇ましい顔だった。
あの時はブラウン様の怪我が心配で、3人の顔なんて全く入ってこなかったものの、今改めて見ると、本当にタイプは違うとは言え全員間違いなくイケメンだ。騎士団三銃士と呼ばれているのも納得が出来る。寧ろ、こんな顔面偏差値が高い3人を見て、何も感じなかったとあの時の自分は相当焦っていたのだろうなと改めて実感してしまった。
「あ! ヴァーズ嬢、改めまして助けていただき本当にありがとうございました。お陰で大ごとになることなく、本日から無事に出勤することが出来るようになりました。感謝しかありません」
「いえ、ご回復されたようで安心しました」
ブラウン様の怪我はどうやら治ったようで本当に安堵した。彼は騎士としても優秀みたいだし、人気もある方なので、本当に助けることが出来て良かったと胸を下ろす。
あの時会ったのも騎士団三銃士だが、今回はこんな形で出会い、お礼を言われるとは思わなかった。不思議なこともあるものだが、どうせなら、3人のファンに見られたら白い目で見られるであろう、こんな形では再会したくはなかった。周りに人がいないからまだ良かったものの、そこまで印象は良いものではないかと考えると、やはりこんな形で再会したくなかったという気持ちが再び湧いてきてしまう。
いや、確かに騎士団三銃士はいるのだが、厳密にはまだ1人いるため、そう呼ぶには相応しくはないかもしれない。この方とも、こんな形で初めて顔を合わせたくはなかった。
「ヴァーズ嬢ということは……貴女はロゼのお姉さん?」
「はい。ロゼリア・ルイーズ・ヴァーンズの姉であるアナスタシア・ローズ・ヴァーズと申します。妹がお世話になっております」
「やはり貴女がアナスタシアさんなのですね。いえ、こちらこそお世話になっております。本当に優秀な方が私のところに来てくれて嬉しいのですよ」
「妹のことをそのように評価してくださり大変嬉しいです」
そう残りのもう1人は、1番人気のあるオールトン騎士団長だ。この方を加えると更に顔面偏差値が上がり、何とも目が眼福の状態になっている。まあそのことは置いておくとして、ロゼリアを侍女として雇ってくれた方だから、普通に出会って挨拶をしたかったのに、悲しい形で彼とも会うことになり、騎士団四天王とはマイナスの状況で出会ってしまったということだった。そう考えると、やはり気が重くなってしまう。
それにしても、騎士団長がロゼリアのことをロゼと愛称で呼んでいることには少し驚いた。この若さで騎士団長にまで上り詰めた方だから、もっと厳格な方だと思ったら、どうやらロゼリアとはかなり打ち解けているようなので意外だ。そこまで打ち解けているロゼリアが少し羨ましく思えた。
「アレクから話は聞いていたけど、昨日から入ったから上機嫌だったってわけね」
「え? あの……お……殿下が上機嫌だったとはどういうことでしょうか?」
「あ…… 別に何でもないですよ。ただ、優秀で美人な侍女が入って来て嬉しいと言っただけです。それにしても、ロゼも貴女も本当に大変美人ですね」
完全に話を逸らされてしまった。思わず不思議に思って尋ねてしまったが、どうやら気まずいことを聞いてしまったらしい。大変と大げさに誇張されたものの、やはり美人と言われるのは悪い気分はしないので、やはり嬉しく感じてしまう。それもロゼリアと共に褒められたのだから尚更だ。
こうやって騎士団長からは話を逸らされた後、4人とはそのままお別れすることになってしまった。思わぬところで時間を食ってしまい、少し痛いが幸いまだ自由時間が残っている。
そのため、今度はしっかりと前を向いて、最初の目的地へと向かった。