ルームメイトのルナ
「アンナ、初仕事お疲れ様でした。今日からここでお休みくださいね」
ミナに最後案内されたのは、これから使用することとなるベットルーム。今日から住み込みとなるため、しっかりと場所は覚えておく必要がある。と言っても毎日過ごしていたら嫌でも覚えることになるだろうけど。
ここの部屋は私1人だけが使用するわけじゃないので、これからルームメイトの子が出来るが、どんな子なのかしらと好奇心が湧いてくる。仲良くまでは烏滸がましいかもしれないが、嫌われなければ良いなと願わずには居られない。流石に険悪の中で、一緒の部屋にいるのは苦しいだろうから。
何時来るのか少しソワソワしていると、すぐにお待ちかねの人物が入って来たので少し緊張してしまい、表情が角張ってしまった。
「初めまして、ルナ・テイラーです。今日からよろしくお願いします」
彼女はミナと同様に優しい態度で挨拶をしてくれた。どうやら、この現時点では嫌悪感を抱かれていないみたいだと少しホッとする。それならば、こちらも笑顔で挨拶をしなければならない。
「お初めにかかります。私は、元ヴァーンズ子爵のジョージ・リー・ヴァーンズの養子である、アナスタシア・ローズ・ヴァーンズと申します。これからどうぞよろしくお願い致します」
ミナの時もそうだけど、彼女に対しても何と自己紹介したら良いのかよく分からないのだ。そのため、もっとフラットに挨拶をしようと思うものの、結局同じような形で自己紹介をしてしまった。
やはり、ミナと同じくその紹介は驚いたようで、彼女も目を瞠っていた。しかし、すぐに表情を柔らかくし、優しい声で話しかけてくれる。
「これからルームメイトになるのですから、そんな他人行儀みたいな態度とらないでください。同じ侍女じゃないですか。仲良くしましょう」
彼女の優しい言葉に、一気に心が軽くなった。優しそうな人で本当に良かった。快適に過ごせそうで安心する。
それにしても、馴染みのない名前だった。ミドルネームもないし、どうやら彼女は庶民のようだ。王宮で働くのはどうしても貴族や元貴族が多いから、庶民で勤めているのは、相当優秀である証。大変頼りになりそうな印象を受けた。
「嬉しいです。では、ルナさんと呼んで良いですか?」
「勿論、いえルナと呼び捨てしてください。私はアンと呼びたいですし、もうため口で話したいです」
「ええよろしく、ルナ」
「よろしく、アン」
頼りになるだけでなく、仲良くもなれそう。また、こんな風に話すのは家族以外では無かったから、この部屋では第2の我が家みたいになりそうね。
それから、もう元からルームメイトであったかのように、寝る準備を始め、そしてスムーズに会話に入った。
「アンは今日が初仕事だったのよね。疲れてない? 疲れているならもう一緒に寝よう」
「全然。寧ろ楽だと思ったわ」
「えー! 楽だと思えるの凄いわ。私は最初大変だと思って疲れていたのに」
「前の仕事場はこれの2倍ほどあったからしんどくなかったのだと思う」
「王宮の仕事って少なくないのに、その倍あった職場はブラックね。でもまあ、王宮の仕事は量というより精神面の方が大変な気がするわ。私庶民だから尚更感じてしまうのよ」
「それは同感だわ」
「やはり元令嬢でも同じなのね」
ルナの最初の言葉掛けは、私の体力を心配してくれる優しい言葉。本当に出来た子だなと思ってしまう。こんな風に自然な会話が出来るのも素直に嬉しい。
それにしても、アッサリと前の職場がブラックだと言い切られてしまったわね。まあ、私の場合は周りから仕事を押し付けられていたからというのが1番の理由なのだけど、男爵の態度も良くなかったし、とてもじゃないけど給金以外は良い職場ではないのだろうな。
「ねえ、アン。誰か気になる人いた?」
「気になる人? …………王子様……」
「え? アレクシス殿下のこと?」
「え、え……いや違う違う。えっと……その……今日は単純に男性は殿下しか会わなかったから!」
「そんなに慌てて否定しなくて良いじゃない。だって殿下は格好良いですもの。惚れるの分かるわ」
「だから違うって」
まさかの唐突の恋バナ。それも驚いたけど、それよりもっと驚いたのは私が発した言葉。まさか無意識に王子様と言葉には出していたなんて信じられなかった。思わず否定したけど、あそこまで必死に否定したら、そりゃ笑われるわよね。
でも、どうして王子様が出てきたのだろう。確かにルナの言う通り、見た目はパーフェクトだし、その上優しいけど……。絶対に気になる相手として挙げる方ではないわよね。
あぁ、もう胸の鼓動は五月蝿いし、変な気持ちだ。いくら男性に優しくされたことがないからって、もう早くも絆されていない?
「でも、殿下しか会っていないってことは、アナは殿下付きの侍女なのね。どおりで今日会わなかったわけだわ」
「ルナは誰の侍女なの?」
「私は王妃様付きの侍女よ。だから実を言うと殿下付きの侍女よりも男性に会うのは少ないかもね」
王妃様の侍女ってことは、私よりも王妃様と傍にいる時間が長いだろうから、より忙しそうだ。それを勤めることが出来るということは、ルナは相当優秀なのだろうな。
「私はね、騎士のウィルソン様のファンなのよ。ウィルソン様は見た目はクールで話し方も冷たいけど、凄く真面目な方だからそこが魅力的だわ」
「あぁ、そうなの」
「あと、ウィルソン様は、ブラウン様とデイビッド様も合わせて騎士団三銃士と呼ばれているのよ」
「ブラウン様……あ、もしかして最近怪我をされた方?」
「あら、ブラウン様のことを知っているの。それも怪我をしたことも知っていたなんて……。確かにその方だけど」
「あと、2人は金髪でがたいの良い方と銀髪でスラッとした背の高い方が、ウィルソン様とデイビッド様だったりする?」
「ええ、その通りよ。金髪がデイビッド様で、銀髪がウィルソン様よ。もう会ったの?」
「うん……まあね」
なるほど。私の予知夢で怪我を発見した方がブラウン様、ブラウン様の怪我に駆けつけたのがデイビッド様、そして私の監視をしたのがウィルソン様だったというわけね。あの三方が、多くの侍女を虜にされていらっしゃるというわけか。
正直、あの時は助けることで精一杯で、彼らの顔なんてまともにはみていなかったけど、きっと素敵なのだろう。
でも、その三銃士が彼らなら、私はルナが憧れているウィルソン様にあんな態度をとってしまったのか。このことは漏れなく王子様にはバレているだろうし、良い印象は持たれていないわよね……。これ以上敵に回さないように気をつけないと。
「あと、オールトン騎士団長も入れると、四天王と呼ばれるけど、騎士団長は強さも格が違うし、身分も侯爵令息と大変高い方だから、別枠と考えている人も多いわ。勿論1番四天王になると1番人気は騎士団長よ」
やはり、騎士団長となると人気も上がるというわけね。ロゼリアは彼の元で現在勤めているけど、それを言ったら面倒なことになりそうだわ。あんまり妹の話はしないようにしておこう。
「アンは誰がタイプなの? 人気の高いデイビッド様かしら? それとも優しいブラウン様? または私と同じウィルソン様? はたまたやはり騎士団長?」
「私はそういうのはまだ分からないわ」
「あぁ、アンはまだそこまで関わっていないものね。なら、また彼らと会った時に、誰がタイプだったか教えて。是非恋バナしましょう」
「う〜ん、私は恋なんて全く興味ないから多分無理かも」
「大丈夫よ。この王宮にはイケメンいっぱいいるから、絶対推しが見つかるわ。取り敢えず今のところは殿下ってところかしら」
「だから、殿下はそういうのとは違うわよ」
「はいはい」
何故か勝手に私の好みが王子様になっているのだけど、そういうのではない……はずよね? 何で完全に否定できないのだろう。本当に意味不明だわ。
それからもう少しだけお話をして、それからルナはすぐにスヤスヤと寝たけど、私は中々寝付くことが出来なかった。
勿論、ルナとは良い関係を築けると思っているから、それに関しては全く持って何も心配していない。
だけど……王子様のことを考えてしまうと、思考がぐるぐるとしてしまって何だか落ち着かない。この調子で、これから彼の元でしっかりと仕事が出来るのかが、少しだけ不安になってしまった。