姉のモノを何でも欲しがる妹に転生しました(でもその姉の様子が何か変です)
「わあ、このアクセサリーとっても素敵。私にちょうだい!」
モーガン伯爵家の長女、サラ・モーガンには二歳年下の妹がいました。
名前をヘレン・モーガンと言います。
両親から愛され甘やかされて育ったヘレンはとても我儘に育ちました。
成長するにつれヘレンは姉の持ち物に興味を持ち、欲しがりました。
望めば与えられることが当然の環境で育ったヘレンは、欲しいと思ったら我慢することができず、次々と姉の物を自分の物にして行きました。
一方、姉のサラは長女として、貴族の令嬢としてどこへ出しても恥かしくないように厳しく躾けられました。
妹のように欲望の赴くままに物を欲しがるなんて論外。
その一方で、妹から強請られた時に嫌がれば「姉なのだから我慢しなさい」「妹が可愛くないのか」と責められます。
やがてサラは何も欲しがらなくなりました。何を手に入れても、どうせ妹に奪われると諦めてしまったのです。
そんなある日、サラに縁談が持ち上がりました。
貴族の婚姻ですから政略結婚です。
けれども、婚約者となった青年は真摯にサラと向き合い、サラの意思を尊重してくれました。
――この人とならば、私は自分の人生を歩んで行けるかもしれない。
サラが生まれて初めて将来に希望を得た瞬間でした。
「お姉様の婚約者って素敵な男性ね。私にちょうだい!」
◇◇◇
……と言う物語を、前世の記憶と共に思い出したのが、私が五歳のころです。
タイトルは「妹に奪われ続けた人生でしたが、素敵な旦那様に守られて未来を掴みます。」と言う小説でした。
そして、この世界が小説の舞台そのものであることに気付きました。
物語の登場人物になるなんて、不思議な気持ちです。
ただ……
私の配役は主人公であるサラお姉様ではありませんでした。
どうも、初めまして。
私、姉の物を何でも欲しがる我儘な妹、ヘレン・モーガンです。
何でよー!
小説のヘレンは我儘の限りを尽くした末に盛大に自滅して悲惨な最期を迎えます。
当然の結果ですね……って、私はそんな末路は嫌よ!
私は絶対に我儘にはならない!
お姉様の物を欲しがったりしない!
……そんな誓いを立ててから早十年。私も十五歳になりました。
そして、私の部屋はお姉様の持ち物だった物で溢れていました。
ち、違うんです!
別に甘やかされまくって調子に乗ったとか、物欲に負けて姉から奪いまくったとか、そんなことではないのです。
ただ……
「ヘ~レンちゃ~ん。」
あ、ちょうどお姉様が来ました。
「みてみて、この前誕生日にもらったブローチだけど、ヘレンちゃんによく似あうと思うの。あげるわね。」
私を甘やかし可愛がるのは両親だけではありませんでした。
サラお姉様も事ある毎に私を構い倒します。
そして、怒涛のプレゼント攻勢です。
不思議です。
私は何も強請ったりしていないのに、お姉様の方からどんどん私に物を持ってきます。
これが物語をあるべき姿に戻そうとする修正力と言うものでしょうか?
何か違う気がします。
「それはお姉様がいただいた物でしょう。私が貰うわけには……」
「いいから、いいから。」
結局お姉様に押し切られて受け取ってしまいました。
小説では強請られて断れない気弱なお姉様だったはずが、自分が与える側になったらどうしてこうも押しが強いのでしょう?
でも、そんなやり取りももうすぐ終わります。
サラお姉様の婚約が決まりました。
結婚してしまえば、さすがに私に構う暇はないでしょう。
相手は小説と同じ、ヨシュア・ノーランド様です。
お姉様を確実に幸せにできる相手です。
このまま二人が結婚すれば、ハッピーエンドで大団円。
最大の障害である私が何もしなければ、後は何事も無く終わる。
そう、思っていた時期が私にもありました。
「ヨシュア様はとても素晴らしい方なの。だから、ヘレンにあげるわね。」
ダメ―!
それだけは駄目ですのお姉様!!
「い、いけませんお姉様。婚約者を勝手に替えるなどと言いだしたらモーガン家の瑕疵になってお父様が困ってしまいます。」
「えー、でもヨシュア様ならば絶対にヘレンを幸せにしてくれると思うんだけど。」
そこは、お姉様が幸せになってください!
「それに、私はお嫁に行けない身体だから、ヨシュア様にも迷惑が掛かってしまいます。」
「あ……」
最後はちょっと微妙な感じになってしまいましたが、どうにかお姉様の「婚約者をあげる」は止めてもらいました。
この世界に転生してから、小説には書かれていなかった幾つかの事柄を知りました。
何故私は甘やかされるのか?
小説では「可愛くて愛嬌があるから」と説明されていますが、それが全てではありません。
確かに私は皆から可愛いと褒められるし、前世の私と比べても可愛らしく生まれてきたと思います。
でも、それを言ったらお姉様だって癒し系の美人です。
容姿を理由に差別を受けることは、ちょっと考えられません。
実際、お姉様も両親から十分に愛されています。
お姉様は確かに厳しく躾けられていますが、それは貴族として当然のことです。
いずれ他家に嫁いだ時に、不作法な真似をして恥をかかないように、その結果辛い目に遭わないように。
厳しい教育は親の愛なのです。
むしろ、甘やかされるばかりの私の方が異常です。
もちろんこれにもちゃんとした理由があります。
私は体が弱いのです。
ありとあらゆる手段を用いて姉から物を奪う、バイタリティに溢れた小説のヘレンからは想像もできませんでしたが、事実です。
私は生まれつき病弱で、子供の頃はよく熱を出して寝込んでいました。
このままでは成人まで生きられるか分からない、大人になれたとしても妊娠出産には耐えられず子供は望めないだろう。
かかりつけの医師からはそう言われていました。
この世界の貴族の女性の最も重要な仕事は、他の貴族家へ嫁いで次世代の子供を産み育てることです。
それが不可能――子供を産めないと噂されただけでもまともな嫁ぎ先は無くなります。
身体が弱く、子を望めない私は、どれほど可愛らしくても婚姻を申し込まれることはありません。
嫁ぎ先で幸せになる道を最初から絶たれた私を、お父様とお母様はモーガン家内で幸せにしてしまおうと決めました。
貴族としての教育は必要最低限。ぱっと見笑われなければよいというレベルに留め、後はひたすら甘やかしました。
公の場にも社交界にも出す気のない超箱入り娘。
それが私なのです。
一方、お姉様は優秀でした。
私と違って風邪一つ引いたことの無い超健康体。
一を聞いて十を知る、とても聡明な頭脳。
おっとりとした印象に反して運動神経は抜群で、実はスポーツ万能。
勉強でも習い事でも一度教えればたちまち習得する。
とても手の掛からない子供だったそうです。
小説のお姉様はとても寂しかったのではないかと思うのです。
両親は手の掛かる妹にかかりきりで、手の掛からない姉は放置気味。
なまじ頭が良いだけにその理由も理解してしまい、文句も言えません。
けれども、両親から愛される妹は自分から何もかもを奪って行くモンスターです。
モーガン家の何処にも味方がいません。
さぞや寂しく辛かったことでしょう。
それが――
私が姉の物を何でも欲しがるモンスターにならなかったら、両親と一緒になって甘やかす側になるとは思いもよりませんでした。
全くの想定外です。
ハッ!
もしかして、私はやり方を間違えたのでしょうか?
私がもっとお姉様の物を欲しがるふりをして警戒されていれば、婚約者を譲るようなことを言い出さなかったかもしれません。
まあ、いまさら言っても仕方がありません。
お姉様もちゃんとヨシュア様と結婚することに決めたようですし、終わり良ければ総て良しです。
それから数日後の夜の事でした。
私は何か息苦しさを感じて目を覚ましました。
「知らない天井だ……って、え? 何? 本当にどこ、ここ??」
そこは私の寝室ではなく、見たこともない部屋でした。
背中に感じる感触はいつもの柔らかいベッドではなく硬い床のようです。
そして、声は出せるのに体は指一本動きません。
私が戸惑っていると、近くから声がしました。
「あら、エレンちゃん起きたの。ちょっと待っててね。今、おねーちゃんの全てをあげるから。」
いつも通りのおっとりとしたお姉様の声を聞いて一安心……しかけてハッとします。
お姉様はいったい何をやっているのか?
私はいったいどうなっているのか?
いったい何がどうなっているの? こんなの私知らない……あっ!
一つだけ思い付いた心当たりに、私は戦慄します。
それはあってはならない最悪の事態。
「ふふふ。私の身体も命もこれからの人生も、全部ヘレンちゃんにあげる。そうしたらヘレンちゃんもヨシュア様と結婚できるし、子供だって産めるわよ。」
ヒィー、最悪の事態です!
小説の終盤では、ヘレンは姉の婚約者を奪えないままに二人は結婚してしまいます。
そこでヘレンは最後の手段に出ます。
黒魔術、その中でも禁忌とされる邪法を用いて姉の肉体を乗っ取ろうとしたのです。
そのことに気付いたヨシュア様が必死に守ったことで肉体の乗っ取りは失敗、邪法の代償としてヘレンは無残な最期を迎える。
それが結末です。
その禁忌の邪法をどうしてお姉様が使えるんですか! それにまだお姉様達の結婚前ですよ!
……お姉様がならばどうにかしてしまいそうです。
優秀なお姉様ならば、私が使えるようになる魔法ならば私よりも早く習得できるでしょう。
最悪です。
どうにかしてお姉様を止めないと取り返しのつかないことになります。
でも、私は体の自由がまるで利きません。
それでも頑張って目玉を動かし、どうにかお姉様を視界に入れます。
ああっ、お姉様は何だかいかにも黒魔術っぽい儀式の準備をしています!
小説と同じならば、ここは屋敷の地下室です。
大声で叫んでも屋敷の誰にも声は届かないでしょう。
お姉様を説得するしかありません。
「駄目です、お姉様! そんなことをしたらお姉様が無事には済みません。それに、私はお姉様には成れません。お姉様、どうかいなくならないで!」
支離滅裂になりながらも懇願する私に、お姉様はいつもと変わらぬ笑顔を向けて言うのです。
「いいから、いいから。」
女性向けのライトノベルなどでありがちな悪役として、「姉の物を何でも欲しがる妹」「姉から奪い続ける妹」と言うパターンがあります。
それを逆転して、「妹になんでもかんでも与えたがる姉」を考えてみました。
それはそれで度が過ぎれば怖いなと思い、ラストは少々ホラー仕立てにしてみました。
人(婚約者)を物のように強請る妹と、自分の命も体も気楽に与えようとする姉、どちらが怖いでしょう?