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#7 クロスするワード

 俺は雑誌を手にして、階段を駆け上がる。鉄の扉の前で改めて確認すると、やはり扉のパスワードは9文字だった。すぐにタカシとサイコを呼び寄せ三人で、クロスワードパズルを解き始める。


 > ヒント:人間が活動していく上で必用な栄養素を錠剤にまとめるなどして摂取しやすくしたものは(7文字)


「これは”マルチビタミン”かな」


 俺が答えて、カウンターで入手したペンでマス目を埋めていく。


 > ヒント:骨折した時に使う固定材の名前は(3文字)


「”ギプス”だね」


 すぐにタカシが答えた。どうやらこのクロスワードパズルは医療に関連した単語が問題になっているようだ。それに気づいてからは、ある程度答えを絞り込みながら、問題を解き進めていく。


「アタシはカードキーを探すぜ」


 あまりこういうのが得意でなさそうなサイコが、そう言って階段を降りていった。残された俺とタカシは階段に腰掛け、クロスワードパズルを続けていく。


 > ヒント:時に死に至ることもある急激なアレルギー反応とは?(8文字)


 ──えーと、なんだっけ?、結構よく耳にする言葉のような……


「そうだ、”アナフィラキシー”だ!」


 俺が答えると、タカシが”やるじゃん”という顔で俺をちら見した。15分ほど集中して進め、マス目の2/3ほどが埋まり、最後に導き出される単語も9文字中5文字が埋まっていた。


 その5文字を並び順が指定された枠に当てはめてみる。


 マイ〇〇バ〇〇ーム


 となり、ぼんやり単語の輪郭が見えてきた。あと少しだ……、そのまま次の問題へ進む。


 > ヒント:医学用語にも関連する、神話・伝承に登場する想像上の生き物の名前は?(4文字)


 なんだそれ……?、なんか面倒な問題がきたな。こんなのスマホでもあればすぐ答えられるのに。そんなことを考えていると


「ちくしょう、何にも見つからねー」


 少し離れた所から、ぶつくさつぶやくサイコの声が聞こえてくる。カードキーや手掛かりになるものは見つかっていない様子だった。


「おい、ニキ!パズルは終わったか?」


 ──?


 一瞬サイコが何を言ってるのかわからなかった。だが、隣でタカシが噴き出した。その反応を見て俺は理解した。彼女の言う「ニキ」が何、いや誰のことを指しているのかを……。


 ──あのヤロー!じゃない、あのアマ!


 ただではすまさん。俺は心の中でxx指を立て憤怒する。決めた!元の世界に戻ったら、あいつを大炎上させてやろう。大人の怖さを教えてやる!〇返しだ!そう誓いを立てることで、なんとか心を落ち着かせると、不機嫌そうに怒鳴り返す。


「もう少しだ!!」


 俺の返事を聞いたサイコが「はー」とため息をつく声が耳に届いた。


「なんか静かだな……」


 タカシがそうつぶやいた。そう言われれば、クロスワードパズルに夢中で気づかなかったが、外から聞こえていたゾンビたちの気配が消えているようだ。


 タカシが立ち上がり階段を降りていく。


「どうした?」

「ちょっと様子を見てくる」


 俺の問いかけに、そう答えて階段を降りていくタカシ。すぐにどこかで見つけた折り畳みの椅子を手に、ガラス壁に近づいていく。ガラス壁は目線の高さまでスモークが貼ってあるが、椅子を使えば外の様子が見られるかもしれない。タカシに気づいたサイコも一緒についていく。タカシが椅子に足を載せ顔をあげた。


 ドスン!


 突然、大きな物体がガラスに衝突する音が聞こえ、ビシッという音と共に、ガラスにひびが入った。タカシが椅子から転げ落ち、サイコが銃を構える。


 ガラス壁の向こうに何かいる。ぼんやり浮かぶシルエット。そしてすぐにスモークの上にそいつは顔を出した。


 ──なんだあれは?


 そこには見たこともない異形の姿をしたものがいた。

 血がにじんだ傷まみれの顔に、窪んだ眼窩がんかから飛び出さんばかりの大きな目玉。深く裂けた口に何かを咥え、顎にまで届きそうな鋭い牙が血に染まっている。皮膚はただれ所々剥がれ落ち、だが体はがっしりとした筋骨隆々で、振り上げた手には獣の角のような爪が生えていた。


 さらに次の瞬間、階段で立ち上がった俺の手から雑誌とペンがこぼれ落ちた。ガラス越しに見えるやつの口、その口から、ゾンビのものと思われる緑の肢体したいの一部が垂れ下がり、血と唾液が滴り落ちていくのが見えたのだった。


 ──食ったといのうか、奴がゾンビたちを……


 そいつが再びガラスに激突し、衝撃で一部のガラスが砕け落ちた。ガラスの隙間から生身の姿があらわになり、恐ろしい咆哮が室内に鳴り響く。わずかに見える背中には獣のような毛が生え、鞭のような尾がうごめいていた。


 あまりのショックで誰も動けずにいた。その固まった俺たちを異形の化け物がガラスに顔を押し付けぎょろぎょろと血走った目で見ている。憎々しげにこちらを見るその表情からはあきらかに人間だった面影が見てとれた。その一方で体の大きさや構造、身のこなしは、あきらかに人のそれではなかった。

 まるで人と人ならざるものの融合体……あれはキメラなのか。


 ──キメラ……


 その瞬間、俺の頭の中であることが閃いた。”キメラ”、確かその語源は、ギリシア神話に登場する獅子、山羊、蛇をあわせた合成生物の名前からきている。そしてキメラという言葉はファンタジーの世界だけではなく、医学や生物学でも”異質同体”などの意味として使われている。


 先ほどのクロスワードパズル「医学用語にも関連する、神話・伝承に登場する想像上の生き物の名前は?(4文字)」の答え……


「キマイラだ!」


 そう叫ぶと、俺は足元に落ちていた雑誌を拾い上げ確認する。完成させるべき最後の単語である「マイ〇〇バ〇〇ーム」は、キマイラの「イ」を入れたことで、6文字まで埋まった。


 マイ〇〇バ〇〇ーム

 ↓

 マイ〇〇バイ〇ーム


 そこから連想される言葉……、”マイクロバイオーム”か! 確か微生物(細菌・真菌・ウイルスなど)の集合体を称して、マイクロバイオームと呼ぶと何かで読んだ覚えがある。


 ──見つけたかもしれない!


 俺は二階へ通じる扉の前のキーボードを操作して、9文字の単語を入力しエンターを押した。先ほどまでのエラーアラートとは違う音が響き、扉がガチャリと鳴った。鍵が解除されたのだ。しかしその時、


 ガシャーン!


 ついに、ガラス壁が砕け散った。大きく開いたその隙間から、キメラがその巨体を室内に押し込もうとしている。やつは、皮膚を傷つけるガラスの破片に構うことなく、片足を踏み入れていた。


 サイコの銃声が響く中、俺は扉を開けると叫んだ。


「開いたぞ!早く、こっちだ!」


 大声で叫ぶ俺に気づき、すぐに二人はキメラに背中を向け走り出す。跳ねるように、タカシが階段を駆け上がり、すぐ後ろにサイコが続く。そしてその後ろから近づく大きな影。

 タカシが扉の奥に消え、サイコが走り抜けた。続いて俺も中に飛び込むと、勢いよく扉を閉める。


 鉄の扉がしまる大きな音、続いてガチャリと扉がロックされる音が聞こえた。その数秒後、大きな叫び声とともに巨体が鉄の扉に体当たりする音が響いた。ビリビリと衝撃が鉄の扉を通して伝わってくる。何度も何度も。

 しかし、扉が破られることはなかった。やがて扉の向こうの気配がなくなり静かになった。沈黙の中、俺たちの荒い息遣いだけが響いていた。


 しばらくして


「ちくしょう狂ってやがる!なんであんなやつが出てくんだよ、ゲームバランスおかしいんじゃねえか」


 吐き捨てるようにサイコが言った。


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