#11 賑やかなモルグ
6階から進み、途中7階の製薬室、9階の検査室などのフロアを横目に13階まで上がってきた。ゲームが始まってから3時間が過ぎていた。順調なのかはわからないが、幸い4階以降はゾンビに遭遇することはなかった。それでも、体はクタクタだ。普段この高さまで階段で上がることなどないのだから。
そしてこの13階から先は階段のシャッターが閉じられ、上への道は塞がれていた。あと少しで屋上なのに、仕方なくこのフロアでシャッターを開く手がかりを探し始める。
長い廊下の先に鉄製の両開きの扉が見える。入口にあたるのはそれだけで、このフロアには大きな部屋が一つあるだけのようだった。
扉の近くの廊下には、キャスターが付いたストレッチャーが乱雑に並んでいる。さらにその横には両端に持ち手が付いたシンプルな担架も立てかけられていた。
入口に近づくと扉には大きく「MORGUE」と書かれ、顔の高さの所にガラス窓があり、中が覗けるようになっていた。
──モルグってことは……
俺とサイコが窓に顔を近づけ中の様子をうかがう。ゾンビらしき姿は見えない。そして覗き込んだその部屋は予想した通り遺体安置所のようだった。
廊下側以外の三方の壁際には、まるで大きなコインロッカーのような扉のついた箱型のものがいくつも並んでいる。おそらくその一つひとつが遺体安置室なのだろう。いくつも並ぶその扉は、所々開いてはいるが、暗くて死体があるのかどうかまではわからなかった。
それにしても多すぎだろう、カプセルホテルかよ……、扉の窓から覗く俺の目に、壁を埋め尽くす遺体安置室が、薄気味悪く映っている。
部屋の中央には、検死台が三台置かれ、それぞれストレチャーが横付けされていた。そして、右端の検死台の横には袖机があり、その上にパソコンが置かれていた。下の階で見たのと同じタイプだ。あれを操作すれば、階段のシャッターを開けられるはずだ。
ただ問題は、その検死台にシーツが被せられて、不気味に膨らんでいることだった。正直嫌な予感しかしない……、とは言え今は行くしかない。
サイコが銃を構え、タカシは具現化した爆弾を手に持つ。俺も念のためアームギアを操作し釣り竿を取り出した。
ゆっくり扉を開けると中に入る。アルコールのツンとする匂いが鼻についた。
パソコンの置かれたデスクへ向かう。近くまで来ても何も起こらず、シーツの膨らみにも特に反応はなかった。静まり返る中、検死台に取り付けられた水道の蛇口から滴り落ちる水滴の音が断続的に響いていた。
俺は素早くパソコンを起動させる。
「またなんか面倒な事させられるのかな……」
タカシが不安そうにつぶやく。そのことを俺も当然危惧していた。正直ここには長居したくない。
「今度は人体解剖ゲームとかかもな……」
検死台の上のシーツの膨らみを見ながら、サイコが不謹慎な言葉を吐く。
サイコの毒舌を受け流して、パソコンに集中する。だがパソコンは問題なく起動し、パスワードも必要なかった。表示されたフロアマップで階段のシャッターを解除すると、遠くでガラガラとシャッターの開く音が聞こえた。
「よし行こう!」
俺はそう言い、二人を促し出口に足を向けた。一刻も早くここを出たい。
「おい、見ろ」
何かに気づいたサイコが声を出す。彼女の視線の先に、検死台のシーツの膨らみがある。よく見ると、そのシーツから人の手らしきもの覗いていて、その手には何か握られていた。サイコが近づいて確認する。
「カードキーだ!これエレベーターのカードキーだぞ」
サイコの声を聞き、俺とタカシも検死台に近づき確認する。確かにカードにはエレベーターの文字が書かれていた。
どうすべきか?、一瞬の躊躇するような間を開け、サイコがゆっくり左手を伸ばした。カードキーに触れ、それを抜き取る。
その瞬間だった。シーツの下の膨らみから大きな叫び声があがった。鼓膜を直接引っ搔くかのような金切り声が響き、シーツの下で何かが暴れ出す。シーツがずれ落ち、中から現れたのは女のゾンビだった。
さらに、その叫び声に呼応するかのように、壁際に並んだ安置室からも扉の開くきしむ音と、嗚咽のような叫び声が聞こえてきた。
──やばい、早く逃げよう
扉に向けて走り出そうとした時、銃声が響いた。
「こいつはなしやがれ」
サイコだった。見るとサイコの腕を検死台の女ゾンビがつかんでいた。そのゾンビに向け立て続けに発砲するサイコ。しかしそいつは離れない。いや頭を撃たれたゾンビにすでに反応していなかった。反応を無くしたゾンビの手だけが、まるで呪いのようにサイコの腕をつかんでいるのだった。
サイコがパニックになったような形相で腕を振る。大きく二度三度と繰り返しゾンビの手はやっとはずれた。
しかしその間に俺たちは続々と湧き出したゾンビに囲まれていた。俺はサイコに近づいてきたゾンビに竿を振った。やみくもに叩くのではなくゾンビの目を狙って攻撃する。正確にヒットし眼球を潰され視力を失ったゾンビが床に倒れる。
その後ろから近づくゾンビを、冷静さを取り戻したサイコが、落ち着いた動作でヘッドショットをきめ倒した。だが、それでもきりが無い、俺たちを囲むようにゾンビたちが近づいてくる。
その時ふと、検死台の横のストレッチャーが目に入った。
──あれが使えれば!
半ば祈るような気持ちで竿を振る。するとまるで俺の意志をくみ取ったかのように釣り竿はしなり、釣り糸は引き寄せられるかのようにストレチャーへ向かい、さらに釣り針はストレチャーのハンドル部分捉えそのまま絡まっていく。
──まじで!?掛かった!
半信半疑ながらも、俺は釣り人さながらに竿を引き、ストレチャーが引き寄せる。すぐに出口方向に固まっていたゾンビ目掛けてストレチャーで体当たりをかます。二体のゾンビが、ストレチャに跳ね飛ばされすっ飛んでいく。そのまま五六体のゾンビを巻き込み将棋倒しのように倒れていった。
それを見たタカシが手にしていた爆弾を倒れたゾンビに向かって投げつけた。
ドン! とゾンビに当たった瞬間に爆発が起き、数体の手足が吹っ飛ぶのが見えた。白煙があがり腐臭のような匂いが強くなる。すぐに煙が消えるとそこに道ができていた。
「早く!」
先に走り出したタカシが出口の扉を開き、手で押さえながら言った。俺もサイコと一緒に走り出す。扉を抜けて一瞬後ろを振り向くとガラス窓越しにわらわらと迫るゾンビが見えた。
このまま追ってこられたらたまったもんじゃない。だが、ゾンビたちは今にも扉を押し開きこちらに飛び出してきそうだ。
俺は廊下の壁に立てかけられていた担架に手を伸ばすと、垂直に設置された両開きのドアの取っ手に、担架の持ち手のバーの部分を差し込んだ。
その直後、扉にゾンビが体当たりをしてきた。ドアが衝撃で軋むような音をたてる。しかし担架の持ち手がかんぬきとして働き、扉が開くことはなかった。なんとかやつらを閉じ込めることができたようだ。
しばらくは持つだろう。だがそれで十分だ。カードキーが手に入った今、ちまちま階段など使わずにエレベーターで一気に屋上まで行けばいい。
「急ごう」
二人にそういって俺はエレベーターに向かって走り出す。
「ううっ……」
背中から聞こえるうめき声。俺が振り向くと苦悶の表情を浮かべ、がっくりと膝を落としたサイコの姿が目に映った。
次回更新、02/14(水) 18:00予定