98 駆け引き
楽しい物語になるよう心がけています。
誤字脱字等のご連絡は感謝いたします。
今夜は月が美しい。
私は湯浴みの後、バルコニーに出て涼んでいた。
マーカスとベルは、ソベルナ王国の王都へ無事に到着しただろうか。
私の起こしたキャロル嬢誘拐事件から、約一ヶ月。
この国と隣国の関係は大きく変わった。
今後は罪滅ぼしも兼ねて、両国のために尽力して行きたい。
ライムとグラニュー糖を擦り合わせ、ミントの葉をたっぷりと入れたグラスに、ラムとソーダを注いで作る“お気に入りのドリンク”を味わいながら、遠く離れた地にいる彼女のことを考える。
過去に一度死んだ者が、未来で甦るというのは、一体どう言う理論なのだろう?
魔法のない国で育った私には全く想像が付かない。
サンディーは、とても不思議な存在だ。
彼女の美しい容姿に似合わぬ、豪胆な性格も私の心を高揚させる。
また、そのうち会えるだろう。
夜空を見上げ、星が増えて来たなと感じながら、グラスを口へと運ぶ。
その時、夜空に流星がひとつ、ふたつ流れた。
私はそれを見て、何だか嬉しい気分になった。
「我が国とソベルナ王国の繁栄を願おう」
そっと呟く。
また、グラスを口へ運ぼうとしたその時、目の前に女神が降臨した。
何故?
私は既に眠っていて、夢でも見ているのだろうか。
グラスを片手に止まっている私へ、女神はこう言った。
「カルロー!お久しぶりぃー。元気だったぁ?」
「・・・・・・」
「あっれー?うそぉ、忘れちゃったの!?アタシだよ。サンディー!!」
私の顔の前で、サンディーは手を振る。
私は、がぶりを振った。
「いや、すまぬ。突然のことで動揺しただけだ」
私はグラスをテーブルに置いて、立ち上がり彼女の手を取った。
「その節は大変世話になった。お陰でケガもせず、、、」
「やだー!そんなの、気にしなくていいのよぉ。大体、アレはアタシが油断したのが原因なんだからぁ」
サンディーは、私を見上げながら、自分のせいだから気にするなと言う。
私は月の光に照らさせて、キラキラと輝く彼女の美しい髪に指を通し、そして、小さなピンクダイヤモンドのピアスが付いている耳へと掛けた。
「そこまで、責任を背負う必要はない。実際に私達は怪我もなく無事だったのだから、、、。サンディー、ありがとう」
反対の手で、彼女の頭をそっと撫でる。
「カルロは、優しいねぇ。アタシの出会った男の人の中で間違いなく、一番優しいよぉ」
柔らかな笑顔で、サンディーは私に言った。
「いや、それは私のことを余り知らないからだ。皆の私に対する評価は散々だぞ。堅物、頑固、聖人、、、。そして、双子故に、大体マーカスの方が良いと言われる」
「マーカスちゃんは、世渡りが上手そうだものねっ」
サンディーは、クスッと笑った。
「でもねぇー、アタシは、カルロの愛情深いところが大好きだよぉ!今回も沢山の子供達を受け入れてくれてありがとう。アタシ、話を聞いて感激したのよぉ」
言葉を紡ぎながら、少し涙目になったサンディーの顔は美しいを超えて、もはや神々しかった。
「そなたの美しさは、もはや神のようだな」
思わず、本音が口から出る。
「そんな事をいうのは、カルロだけよぉ!ありがとねー」
サンディーが、瞬きをすると、目尻に溜まっていた涙がポロリと溢れそうになった。
私は吸い寄せられるように、くちびるでその涙をすくった。
「カルロ、、、」
その言葉で、ハッとした。
「すまぬ、断りもなく触れてしまった」
私は身を引いた。
「カルロは、アタシのことを美しいって言ってくれるけどさぁ、アタシは、カルロの方が美しいって思っているのよぉ。心臓がバクバクしちゃうから、あまり甘くしないでー」
サンディーは両手で顔を覆って、身を捩る。
「フフッ、私のことを美しいというのは、そなただけだ。幾らでも甘やかそう」
私は彼女を引き寄せて、ギュッと抱きしめた。
サンディーは黙って、私の背中に腕を回した。
そっと見上げた夜空に流星がまた流れた。
しばらく、幸せな気持ちで抱き合って、重なる体温を心地良く感じていたら、急にガクッとサンディーの力が抜けた。
どうやら眠ってしまったらしい。
大魔法使いは、今多くの仕事に追われているとマクス殿が言っていた。
きっと疲れていたのだろう。
私は彼女を抱き上げ、バルコニーから寝室へ戻った。
そのまま、彼女をベッドの上へ優しく寝かせる。
“そう言えば、何か用事があって来たのでは?”
薄掛けを被せながら、ふと頭を過った。
まぁ、良い、目覚めてから聞こう。
私は、そのままサンディーの隣で横になる。
人の温もりが近くにあるからか、何かを考える間もなく、私は深い眠りに落ちたのだった。
------翌朝
「し、失礼いたしました」
誰かが謝っている声が聞こえて、目が覚めた。
瞼を上げると、間近に銀色の長いまつ毛が目に入る。
フルフルと揺れているということは、私と同じく、誰かの声が聞こえたのだろう。
「サンディー」
無理矢理起こさないよう小さな声で、優しく呼び掛ける。
「カ、カルロの声?」
掠れた声で、サンディーは呟く。
その瞼は閉じたままで。
「朝になった。そろそろ起きなくて大丈夫か?」
彼女の耳元へ囁き声で伝える。
「んー、朝、朝かぁ、、、。起きなくちゃー」
むにゃむにゃと眠気に抵抗している姿が、愛らしい。
「サンディー、朝から、そなたは可愛い過ぎる」
私は彼女の頬を撫でた。
「カルロは、朝から甘過ぎるぅー」
口は開くものの、瞼は開かない。
「サンディー、私に用事があって来たのでは?」
少し目が覚めそうな質問をしてみる。
「、、、!?ある!!そうそう、アタシは用事があって来たのよぉー!」
眠気と闘っていた瞼がクワッと開いた。
ブフッ、つい笑ってしまった。
サンディーは私をジーっと見詰めて、こう言った。
「アタシの寝起きって、そんなにおブスぅ?」
「全然、むしろ可愛い過ぎた」
「もう!カルロ、真顔で言わないで!!ドキドキするんだってー」
ハハハ、久しぶりに大声で笑った。
「カルロが楽しそうならいいのぉー。ところで、アタシはサキさんに会いに来たのよぉ。魔法を使えるんでしょ?どの程度か知りたいのよぉ」
「ああ、分かった。サキなら、そろそろ登城して来るだろう。サンディー、その前に一緒に朝食を取ろう」
私はベッドから、身体を起こした。
寝室を出て、使用人に客人用の洗面道具を持って来る様にと指示をする。
部屋に戻り、サンディーに「洗面道具が来たら、洗面所を使って身なりを整えたら良い」と、ベッドの上で話しているところへ、ノックも無しに、ドアがバンっと開かれた。
そこに立っていたのはサキだった。
彼女は、私を睨み付けたかと思うと、その視線をサンディーへと移した。
「え!?えええ、女神!!」
サキは、叫び声を上げ、サンディーの方へ視線を向けたままで固まっている。
「サキ!!何をしている。ノックもせずに主の寝室に乗り込むとは、どう言うことだ!」
流石に頭に来た私は、サキに怒気をぶつけた。
「スミマセン。使用人から殿下の部屋に女性が居ると聞いて、つい」
「つい、だと!お前は一体、何の権利があって、俺の領域に踏み込むんだ」
積み重なった不満が爆発した。
「カルロ、落ち着いてー!あたし、サキさんに会いたかったんだからぁ。丁度良かったのよぉ。ね、そう言うことにしよう?」
サンディーが、俺もとい、私の服を引っ張って、宥めようとする。
「スミマセンでした!!」
サキは、大声で謝り、頭を深く下げた。
「ほら、サキさんは反省してるよぉー。許してあげてー、カルロぉ」
サンディーは、私の腕を二、三度引っ張った。
彼女の必死な姿で、少し落ち着いた。
「分かった。取り乱して済まない」
私は、サンディーに一言謝ってから、サキの方を向いた。
「サキ、彼女はソベルナ王国の大魔法使いサンディーだ。今回は、お前に会うため彼女はここへ来た。後ほど、時間を取って話がしたい」
「分かりました。では、宮殿内で待機しておきますので、ご都合の良い時にお呼び下さい。朝から大変申し訳ございませんでした。失礼致します」
サキは、もう一度深々と頭を下げてから、立ち去った。
その背後には、使用人がトレーに洗面道具を乗せて立っていた。
使用人は、そのまま部屋に入り、ローチェストの上にトレーを置くと何も言わず、一礼だけして下がる。
「すまぬ。恥ずかしい話なのだが、私の管理不足で、部下たちの行動が自由過ぎて、、、」
私が項垂れていると、頭に手がポンと乗せられた。
サンディーは、そのまま私の頭を撫でる。
「カルロがさ、とっても優しいことを部下の人達は分かっているんだよぉ。だから、カルロが悪い女に騙されているのかも知れないって、心配してくれたのかもよぉ」
ナデナデナデナデ、、、、。
「サンディーが、悪女と思われていたって?」
「うん、そうよぉー。だって、突然、寝室に居たんだものぉ」
「サンディーをここに寝かせたのは、俺だが」
「じゃあ、カルロが悪い男ってことねー」
フフフと俺を撫でながら、サンディーは楽しそうに笑う。
「カルロ、素の時は、俺って言うのねー。そっちの方が、アタシ、好きかもぉー」
「分かった。サンディーと二人の時は俺で行く」
「素直でカッコいいなんて、ズルいー!!」
サンディーは俺を撫でる手を止め、今度は顔を手で仰いでいる。
彼女の少し赤くなった顔を見て、俺もドキっとした。
思わず、視線を逸らしてしまう。
「サンディー、洗面道具が届いたから、身なりを整えるだろう?俺は隣の部屋にいるから」
そう言って、ベッドを降りようとしたら、サンディーが、俺の手に指を絡めて「カルロ、ありがとー」と言った。
サンディーよ、指を絡めるのは反則だ。
俺の理性が、ガラガラと音を立てて壊れていく。
あー、マーカス、、、。
残念ながら、俺は聖人にはなれないかも知れない。
最後まで読んで下さりありがとうございます。
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