93 罪深きパエリア
楽しい物語になるよう心がけています。
誤字脱字等のご連絡は感謝いたします。
ダイニングルームに移動した私達。
ヘイリーは、この微妙な雰囲気に困惑しているようだ。
祖父母は過去に私を叱咤してしまったことを悔いているようで、表情が固い。
しかし、マクスは既に思考が切り替わっていて、今は食事のことに興味が湧いて来ている。
「キャロル、この地方の郷土料理は何が有名?」
「郷土料理というか、食材って言われそうだけど、生ハムとか、、、」
「あー、生ハムか!」
「そうそう、後は赤ワインに合いそうな、ビーフの煮込みとか」
「旨そうだな」
私達が、楽しくお喋りしている様子を、向かいに座っているお祖父様とお祖母様は静かに見ている。
いい加減、お祝いのムードを出して欲しい。
「お祖父様、ディナーに赤ワインは?」
ワザと話を振ってみた。
「ああ、そうだな。殿下、赤ワインはお好きですか?」
「勿論。言うまでもなく、我が国ではローデン伯爵領の赤ワインが一番美味しい。お披露目の夜会でも賓客へ振る舞うために用意している」
「それは、ありがとうございます。では、少し席を外しても?直ぐに選んで参ります」
お祖父様は、自ら選ぶと席を立った。
早くご飯を食べたいけれど、少し待つしかない。
「御夫人、キャロルは此処に遊びに来ると、どんな事をしていた?」
マクスは、お祖母様に語り掛けた。
「そうですねぇー、大体、ジャンと一緒に来ていましたから、外で遊んでいましたよ。木で出来た剣を持って、冒険ごっことか、、、」
お祖母様は宙を見上げながら語り、微笑んでいる。
あの頃を思い出しているのかも知れない。
「キャロルが冒険ごっこ!?」
マクスが、楽しそうな声を出す。
「ハハハ、おれのイメージとは違っていて、面白い」
「マクスの中の私って?」
「穏やかで泣き虫な、お花好きの可愛い女の子」
「は!?」
私も驚いたけど、目の前のお祖母様は、もっと驚いている。
そして、口元を押さえながら、お祖母様はマクスに言った。
「殿下、これから色々と大変かも知れませんが、キャロルを宜しくお願いします」
とても意味深な言い方で、やな感じなのだけど!?
私は、マクスが私に持ってくれている好感度を下げないように頑張ろう。
そこへ、お祖父様が戻って来た。
本当に直ぐだった。
「お待たせしました。では、最初に赤シャンパンで乾杯しましょう」
「赤シャンパン?」
マクスの顔に何それ!?って書いてある。
「ああ、正しくは黒葡萄で作ったスパークリングワインです。出荷する程の量がないから、生産者だけが飲めるワインなのです」
お祖父様はマクスヘ説明した。
希少なものらしい。
どんなお味なのかしら?
ヘイリーが、慣れた手つきで栓を抜く。
ポンっと、良い音がした。
一番最初に、マクスの前にある細身のシャンパングラスへワインは注がれる。
次に私のグラス、そしてお祖父様とお祖母様のグラスへ。
私はグラスの気泡が登っていくのを眺めながら、自分の立ち位置が変わったという事を実感していた。
今まで、この家ではお祖父様が絶対だった。
私は将来のことに付いて、確かにお説教を良く受けたし、ジャンがリューデンハイム男爵家の跡取りであることも、よく言い聞かせられた。
私に発言権は無かった。
いや、違う。
私が発言しなかったのだ。
未来を夢見ることもなく、やる気のない子だったから。
それが、一年前に禁忌を犯して、『天使カード』を作るようになると、領地でケイトというお友達も出来て、視野が広がった。
止まっていた私の時間がやっと動き出した。
そして、時間と共に意欲もグングンと湧いて来た。
リューデンハイム領を豊かにしたいという、、、。
「キャロル、考え事?」
マクスが私の耳元へ囁く。
「うん、少しね」
顔を上げると、三人はシャンパングラスを手で持っていた。
私も慌ててグラスを持ち上げる。
お祖父様が「では、お二人の新しい門出に乾杯!」と言って、グラスを掲げた。
私達もグラスを掲げてから、赤シャンパンに口を付けた。
シュワーと炭酸の刺激の中に赤ワイン特有の芳醇な香りと予想していたよりも、フルーティな味がした。
コレ、とっても美味しい!!
「ローデン伯爵、とても美味しい」
マクスは、一口飲むと直ぐに感想をお祖父様へと伝えた。
「お口に合ったようで、良かったです」
お祖父様は白髭を撫でながら、ご満悦の様子。
そして、テーブルには前菜が並べられた。
生ハムと柿、そして、山羊のチーズがプレートの上に洒落た感じで盛り付けられている。
「この生ハムは地元のもの?」
「はい、殿下。これも生産量が少ないので、王都へは出荷していないタイプですよ」
お祖父様曰く、ドングリを餌にしている豚で作ったらしい。
「お祖父様、この生ハムは香りもいいのね」
「ああ、極上だろう?」
お祖父様は、先程から笑顔で白髭を撫でている。
地元の食材が褒められると、嬉しいらしい。
一方、今一つ元気がないお祖母様。
まだ、過去のことを気にしているのかしら?
次は、ニンニクのスープが運ばれて来た。
「それはまた濃厚で旨いなぁ!」
マクスは、このスープを気に入ったようだ。
私も確かにコレは美味しいと思う。
四人で、静かにスープを啜る。
各々味わっているのか、言葉は少なめ。
そして、とうとうメインディッシュが、運ばれて来た。
ヘイリーが、料理名を告げる。
「こちらは、うさぎ肉を使ったパエリアです」
サフランで色付けされたお米と、三色のパプリカが目を惹く。
香ばしい香りが立ち込める。
しかし、私達二人は色々な思いが胸の中を駆け巡る。
「うさぎ、、、」
「ああ、うさぎだな、、、」
二人で呟いた。
「どうしたの?うさぎ肉は苦手?」
お祖母様が、心配そうに私達に聞く。
私は首を振った。
「違うの。私の精霊の使いが白うさぎの妖精だから、色々と思うところがあって」
マクスも私の言葉に頷いた。
「精霊?」
お祖母様は、ポカーンとしている。
「キャロル、精霊も呼べるのか?」
お祖父様が私に向かって言う。
「まぁ、色々あって、呼べるの」
私はマクスの方を見る。
念のため、指輪のことは伏せた。
マクスは私の目を見て頷く。
この言い方で問題ないみたい。
「エルダーの血か?」
お祖父様が呟いた。
「エルダーの血って?」
私は聞き返した。
お祖父様はお祖母様に耳打ちして、ヒソヒソと何かを確認する。
何々?また新しい事実とか出てくる感じなのかしら。
「殿下、ソベルナ王国の北東部が、大昔はエルダー王国だったことをご存知だと思いますが、、、」
「ああ、現在のローデン領、ハーデン領、リューデンハイム領とカシャロ領及びその一部であるボルドー領のことだろう」
「はい、そうです。では、殿下はエルダー王国の秘密はご存知ですか?」
「ああ、妖精と共存していたと言う話なら知っている」
んんん?妖精と共存って何?
初めて聞いたのだけど。
「はい、黒の森は、元々妖精の住むエリアでした。この辺りを領地とするエルダー王国を作ったのは妖精だと言う話もあります。それで、、、」
お祖父様は話の途中で、口を閉じた。
そして、腕を組み何か考えている。
「あなた、キャロルは王太子妃に成るのですから、殿下には話した方がいいですよ」
お祖母様がお祖父様へ、話の続きを促す。
私とマクスはどんな話が出てくるのか、興味津々だった。
「この北東部の領主一家には、エルダー王国の血、所謂、妖精の血が入っています。長い年月で、かなり薄まっているとは思いますが、北東部の領主一家では、互いに婚姻関係を結び、妖精の血を繋いで行くと言う暗黙のルールが今もあります」
成るほど、だからお祖父様は私に縁談の話をやたらと持って来たのね。
ここへあまり来なくなったのも、今思い返せば縁談の話をやたらとされるからだった。
すっかり忘れていたわ。
「ローデン伯爵、実は先日、王家を脅かす大きな事件があった。それにより、ハーデン子爵家と、カシャロ公爵家、ボルドー男爵家は取り潰しになる。そうすると、旧エルダー王国の過半数以上が消えるが、、、。大丈夫か?」
マクスは、穏やかな表情で、爆弾を落とした。
「な、何と!!それは困りましたね。王家を脅かすとは穏やかではない話です。それにしても、我が家とリューデンハイム男爵家だけでは、もう妖精の血を繋ぐことは難しいでしょうな」
お祖父様の顔色が一気に悪くなる。
「良い機会だと思うぞ。ソベルナ王国の一員として、これからは他の領地とも仲良くして行けばいい」
マクスの言葉に、お祖父様は何度も頷きながら、こう言った。
「・・・・そうですね。キャロルの結婚を機に、私達も意識を変えていかないと行けないですね」
時代は変わっていく。
漠然と、その継ぎ目に、今、私達はいるのかも知れないと考えながら、うさぎ肉のパエリアを見つめた。
そんな私に、マクスは語り掛ける。
「キャロル、ピピは妖精だろ。このうさぎとは違う。それに、このうさぎは、命を掛けて、おれたちの血肉になってくれるんだ。感謝していただこう」
マクスは、やっぱり思考の切り方が早い。
私は、命を無駄にしてはならないというマクスの言葉で、心が決まった。
「うん、感謝していただきます」
うさぎ肉のパエリアはとても美味しかった。
それが尚更、胸を痛くした。
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