89 夢
楽しい物語になるよう心がけています。
誤字脱字等のご連絡は感謝いたします。
疲れたー。
試着採寸が終わったのは、正午を少し過ぎた頃だった。
最初から最後まで、一緒に付き合って下さった王妃様には感謝感激雨霰!!
もう足を向けて寝られない。
これで衣装に関する心配は無くなった。
後は、儀式の手順と賓客の名前や肩書きを、頭に叩き込まなければ、、、。
マクスの試着採寸は、すぐに終わったらしく、私が試着部屋から出て来た時にはもう姿が無かった。
本音を言うと、ちょっと寂しかった。
最近、ずっと一緒にいたから、、、。
だから、王宮中央棟を歩きながら、マクスと偶然出会ったりしないかなぁと、少し期待していた。
「キャロル!」
あっ!本当に会った!!
曲がり角から、マクスとダークブラウンでふんわり巻毛の男性が書類を携えて、こちらへ歩いて来る。
「キャロル、まさか試着採寸が今終わったのか?」
「そうよ。最後まで王妃様が手伝って下さって、助かったわ」
私は、話し終わると、マクスの横の男性へと視線を向ける。
「キャロル、彼は、おれの側近で事務官のエドモンドだ」
マクスは、隣に立つ男性を私に紹介してくれた。
「初めまして、エドモンドと申します。以後お見知り置きを」
エドモンドは微笑を浮かべ、左手に書類を携えたまま、胸に右手を置いて礼をした。
「こちらこそ、初めまして。キャロラインです。宜しく」
私は簡潔に挨拶をした。
臣下には謙り過ぎないように答えないといけないので、毎回神経を使う。
慣れたら簡単なことなのだろうけど、、、。
急に出来無いのは、子供の頃から王太子妃教育を受けてないから仕方が無いと、周りは言ってくれるかも知れない。
でも、それを理由にして、いつまでも出来ませんと言い続けるのは、カッコ悪い。
だから、少しずつでも頑張りたい。
「エドモンド、昼食は妃と取ってもいいか?」
唐突に、マクスはエドモンドへ、私と昼食を取ると言い出した。
私としても、それは嬉しい提案だけど、忙しいのでは?
「はい、構いません。午後の予定に合わせて、14時迄には執務室へ戻っていただけると助かります」
あ、大丈夫なのね。
「分かった。では、後で」
マクスは軽く手を挙げた。
「はい、承知いたしました。妃殿下、私はお先に失礼いたします」
エドモンドは私に会釈をして、足早に去って行った。
「マクス、忙しいって言っていたじゃない、大丈夫なの?」
「ああ、忙しくても昼食は取るから。ちょうど出会えて良かったよ」
「大丈夫なら、良いけど。で、王太子宮に戻る?」
「いや、ちょっと連れて行きたいところがあるんだ。サリー、マリー、エリー済まないが、キャロルは昼食後に王太子宮まで送って行く。先に戻ってくれ」
「はい、畏まりました。妃殿下、お気をつけていってらっしゃいませ」
侍女三人組を代表して、サリーが返事をした。
「ええ、あなた達も疲れたでしょう。しっかり、休憩を取ってね」
私は感謝の気持ちを込めて微笑む。
サリー、マリー、エリーも、にっこりと微笑み返しをしてくれた。
「はい、ありがとうございます」
侍女三人組は揃って返事と礼をして、その場から立ち去った。
とても優雅な所作だった。
後で、礼の仕方を教えてもらおう。
「さあ、キャロル手を」
三人の後ろ姿を眺めていた私の前に、マクスの右手が出て来る。
「この場合は繋ぐの?腕を組むの?」
「おれの手に手を重ねるって言ったら分かる?」
言われた通り、マクスの右の手の平へ、私の左手を重ねてみた。
「正解。よく出来ました!じゃあ行こう」
マクスと私は王宮の廊下を歩き出した。
よく考えると、この格好で二人揃って、人前で歩いて回るのは初めてだ。
リューデンハイム領から出て来た私の事を知る人なんて、殆ど居ないから誰?って思われそう。
案の定、王太子の相手はどんな人だろうという好奇心からなのか、通りがけの人々の視線が、どんどんこちらへ向かってくる。
「マクス、やっぱり大人気なのね」
私は、マクスへ聞こえるくらいの声で囁いた。
「え?この視線は、キャロルに向けたものだろう」
前を見たまま、マクスも呟く。
「何故に?ああ、それなら、大したことない女だなぁとか思われているのかも。ごめんね、マクス」
私が居た堪れなくなって謝ると、マクスが急に立ち止まった。
「キャロル、ごめん。やっぱり、おれのせいだ」
私をじっと見つめて、小声で言う。
私は、何で謝られているのかが、分からない。
「急にどうしたの?」
「皆は、美しい王太子妃に見惚れているんだよ」
「・・・・・・」
「キャロル、君は誰よりも美しい」
「廊下で、何を突然、、、」
「おれが囲い込んでいたんだ」
「え?」
マクスは険しい表情を見せる。
「マ、マクス、お話は別のところでしない?ここは人も多いし」
私はマクスに近寄って誰にも聞かれないよう、彼を見上げて、小声で伝える。
「分かった」
マクスはそう言うと、私の額に口付けを落とした。
辺りが、ザワっとした。
私も驚いた。
人前なのに何をするのよ。
「マクス、、、」
私の呆れ声を無視し、彼は再び手を引いて進み出した。
辿り着いたのは、王宮の前にある大通りのカフェだった。
落ち着いた店内の奥に個室があり、何も言わなくても、私達はそこへ通される。
「ここは、マクスの行きつけなの?」
席に着いて、メニューを見ながら質問した。
「ああ、時々来る。味は間違いない」
「ええっと、おススメは?」
「おれは、クロックマダムが好きだけど、結構ボリュームがあるんだよ。クロックムッシュなら、卵が入ってない分、軽いかも知れない」
「面白いネーミングね。玉子入りがマダムって、フフフ」
つい、笑ってしまった。
「あ、キャロルはこのメニューを知らなかった?」
「うん、初めて聞いたわ。リューデンハイムに、こんな小洒落たカフェなんて無いもの」
私の返事を聞いたマクスの表情がまた曇る。
「一体、どうしたの?さっきから情緒不安定なその感じは、、、」
「とりあえず、注文してから話すよ」
マクスは、ウェイターを呼んで、クロックムッシュとクロックマダムを一皿ずつと、レモネードを二杯注文した。
ドアがパタンと閉まって、二人だけになると、マクスは話し始めた。
「今頃、おれは気付いたんだ。キャロルがどんな気持ちで、十七年間過ごして来たのかを、全く知らないって事に」
「それは、ええっとー、当たり前なのでは?」
「当たり前?」
「そうよ。だって、王都とリューデンハイムの距離は遠いし、マクスと私は気軽に会える状況でも無かったでしょう?」
「もっと早く、婚約だけでもしておけば、キャロルも隠れて生活することにはならなかったかも知れない」
「いいえ、それは、逆に良くなかったと思うわよ。魔法のことが、カシャロ公爵あたりに暴かれていたかも知れないもの」
私の返答を聞いたマクスが手を口元に当てて、少し考え込む。
「まあ、確かにそう言われたらそうかも知れない。だけど、堂々と助けることは出来た」
マクスは、俯き加減でボソボソと話す。
私は、向かいに座るマクスの方へ手を伸ばし、彼の髪を優しく撫でた。
マクスは驚いて、顔を上げた。
「“かも知れない”は、もう闇堕ちするだけだから、辞めた方が良いわよ、マクス」
私の言葉を無表情で受け止めたマクスが重々しく、口を開いた。
「おれの罪を聞いてくれないか?」
「罪!?かなりヘビーな感じがするけど、何でも聞くわよ。それで?」
「キャロル、男友達、いや、女友達も少ないだろう?」
ん、何だ!?その質問は、、、。
「ええ、少ないわよ」
「何で?」
「え!?それ聞いちゃうの?」
「うん、聞きたい」
マクスは、テーブルに頬杖を付いた。
「理由は、魔法使いって、バレたくないからよ」
マクスは頬杖のまま、頷く。
憂の表情もカッコいい。
「それと、おれが求婚するって、今迄、考えても無かったんだろう?」
「普通、男爵令嬢に王太子は求婚しないでしょう?」
私は、ジト目で口を尖らせて言う。
「そんな決まりは無い」
紫の曇りなき眼で、マクスは答える。
「そうだとしても、何の素振りも見せないし、分からなかったわ」
「実は、キャロルが、王都に行き来する時は、王家の影を付けていた」
んんん!?初耳なのだけど!!
「そ、それは、ビックリな話ね」
「悪い輩が近付かない様に、“リューデンハイム男爵家に美しい令嬢がいる”と言う話が出れば、あらゆる手を使って掻き消した。夜会や男女が集う茶会の誘いも断った」
「断った?どうやって」
「リューデンハイム男爵家に送られる郵便物の仕分けを、、、」
マクスは口籠る。
「結構、恐ろしい事をしていたっていう告白?」
「ああ、その通りだ。本当に済まない」
マクスは私に向かって頭を下げた。
「マクス、私がそれを聞いて、どう思っているのか気になる?」
「ああ、気になるし、嫌われそうで怖い」
普段は、自信満々でシャキッとしているマクスが、すっかり萎れている。
「あのね、、、」
マクスは私の言葉の続きを不安そうに待っている。
「ありがとう」
マクスの表情が固まった。
「何故、、、」
「だって、私をずっと守っていてくれたのでしょう?そのお陰で魔法使いって、結婚するまでバレなかったじゃない。むしろ、私の『天使カード』騒動の方が余計だったわよ」
「そう取ってくれるのか」
マクスの表情が和らいだ。
「ええ、だって私、ずっとマクスの事が好きだったのよ。まさか夢が叶って、お嫁さんになれるなんて思わなかったわ」
「夢?」
「ええ、夢よ。いつか誰よりも優しくて、カッコいい王子様と結婚するってね」
私が、照れ臭い言葉を告げると、マクスは両手で顔を覆う。
かと思えば、直ぐに手を下ろして、私を真っ直ぐ見据えた。
「キャロル、真剣に聞いて欲しい。おれも誰よりも愛おしい天使キャロルを、自分の手で守りたいと願っていた。ずっと、ずっとキャロルに恋焦がれていた。だから、願いが叶って、君と結婚出来たことが、とても嬉しい。それから、君は魔法を自由に使えるようになって、人前にも自由に出られる様になった。だから、今迄我慢していたことも、もう我慢しなくていいし、色々なところへ出掛けてもいいんだ。これからは、きっと友達も沢山出来る。おれと一緒に人生を楽しもう」
嬉しい言葉を甘い顔で紡がれて、私の涙腺は崩壊した。
最後まで読んで下さりありがとうございます。
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