88 試着採寸
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真っ赤な顔で、王妃様に怒気を向けるマクスへ私は言った。
「マクス、“天使の羽パイ“でも食べて一息ついたら?」
「は!?“天使の羽パイ“って、あの?」
「そう。メルク領の名物なのよ。ジェシカさんが持って来て下さったの。美味しいから、食べてみなさい」
王妃様は、マクスの怒気など気にも留めず、お茶とお菓子の用意をミリヤに言い付けた。
「ジェシカさんの手土産って、ワザとだと思う?」
マクスは私の耳元で、ヒソヒソと言う。
「うー、バレていたら最悪よね。マリアが喋っちゃったのかも」
私は、思い返すと恥ずかしくなって来て、両手で顔を覆う。
「よし!マリア嬢には、次回、激辛料理を用意しよう」
マクスの辛口な提案に私は強く頷いた。
マクスがお茶を飲んでいる。
ただ待っていても時間が勿体ないので、私は試着採寸を始めることにした。
隣の部屋に入ると、八人のスタッフが控えていて、その内の四人は大きな机の上に裁縫道具を広げて、スタンバイしていた。
立ったまま待ち構えていた二人の手首には、針山がリボンで結び付けてある。
そして、着替える為の衝立の横に、脱ぎ着を手伝って下さる方が二人。
衣装合わせって、こんなに大掛かりで大変なのねと実感した。
早速、一着目に取り掛かる。
真っ白なプリンセスラインのドレスは結婚式で着用するようなタイプだった。
今回、教会で式を挙げる予定は無いので、コレをいつ着るのかが分からない。
後で、王妃様に確認しよう。
「王太子妃殿下、こちらのドレスは、本来コルセットを強めに巻くのですが、本日は時間の都合上、コルセットを簡単に巻くことしか出来ません。寸法は、強めを想定し、少し小さめにしておく事も出来ますが、如何いたしましょう?」
スタッフの話によると、コルセットを強く巻くには数時間かかるらしい。
いやいやいや、数時間も絞められるなんて、死んじゃう!!
想像したら吐き気が、、、。
「今日の寸法でお願いします!」
キッパリ、ハッキリと伝えた。
「キャロルさん、多分、当日は緊張で、今日よりも少しスリムになっていると思うわ」
隣の部屋に居たはずの王妃様が会話に滑り込んで来た。
いつの間に、、、。
「そうなのですか?」
「ええ、ユルユルだとカッコ悪くなるから、せめて二、三センチ位は詰めていた方が良いと思うわよ」
王妃様の後ろで複数のスタッフが頷いている。
「では、三センチ詰めて下さい」
横のスタッフに伝えた。
「はい、承知致しました。当日、一本糸を解けば実寸になる様に、念のため細工をしておきます。そうすれは、着られなくなることはありませんので、ご安心を」
優秀なスタッフは、私がすでに緊張でガチガチだと理解しているようだ。
「王妃様、このドレスは結婚式用に見えるのですけど、いつ着たらいいのでしょう?」
聞こうと思っていた事は、忘れないうちに口にする。
「これはね、王家の霊廟にある祭壇へ婚姻の報告に行く時に着ると良いわ。パレードや夜会が終わってから、ご挨拶に行くというルールなのよ」
「れ、霊廟って、お墓ですよね、、、」
私のテンションが下がって行く。
「ふふふ、オバケが怖いのね。大丈夫よ。オバケは居ないから。行けば分かるわ」
王妃様は意味深な事を言う。
「ううう、分かりました。怖いけれど頑張ります」
流石に、祭壇でマクスに抱っこしてもらう訳にはいかないし、頑張ろう。
「では、着替えましょう」
スタッフに促されて、私は衝立の奥へ入った。
母上が隣室のドアから出て来た。
「マクス、真っ白なドレスを来たキャロルさんは、とても綺麗だったわよ」
フフフと勝ち誇った微笑みを溢す母上。
「おれも一緒に試着採寸したら、ダメなんですか?」
隣の部屋へと続くドアを指差す。
「流石にスタッフがいる目の前で、堂々とイチャつくのはダメに決まっているでしょう」
キッパリと不可を言い渡された。
ムーっと、無機嫌が顔に出てくる。
「まー、そんな顔しちゃって」
母上は呆れた声を出す。
そして、おれの前の席にやって来て腰掛けた。
「ねー、マクス。キャロルさんはご自分が綺麗なドレスに負けそうですって謙遜していたのだけど、あなたはちゃんと思った事を彼女に伝えられているのかしら?」
おれは母上の言っている意味が分からない。
だから、首を傾げて見せた。
「自分に自信が無いみたいなのよ。もっと、彼女自身の良いところを褒めてあげなさい。今後、王太子妃として、しっかり前を向いて堂々と出来るように。日頃から、先ずあなたが彼女に自信を与えるのよ。勿論、私も陛下も、どんどん口に出して行くつもりよ」
母上から、そんな事を言われるなんて、思っても見なかった。
そして、家族としてキャロルを受け入れてくれていると言うことがとても嬉しい。
少し胸に熱いものが湧き上がって来たけれど、グッと堪える。
「ありがとう、母上。助言、肝に銘じます」
おれは胸に手を置いて礼をした。
「ええ、しっかりね」
母上は真っ直ぐと、おれを見つめる。
「ところで、何故自信が無いって話になったんです?」
「それは、貴方がキャロルさんを美しいって言わないからよ」
母上は口を尖らせて、不服そうに言った。
「は?」
キャロルは誰が見ても美しいだろう。
おれ、口に出した事が無かったのか!?
少し、自分の言動を思い返してみると、、、。
「確かに、言ってないかも知れない」
「ほら!そうでしょう?」
母上は勝ち誇ったような表情を見せる。
「不覚、、、」
「マクス、キャロルさんはこの国では一番と言って良いほど、美しいじゃない。これからはちゃんと伝えなさい」
言われなくても、そんな事は分かっている。
キャロルの印象的なアーモンドアイ。
普段は赤茶色の瞳が、魔法を使う時だけは赤くなって、光を放つ様に煌めく。
心地よく透明感のある声を出す、小さな口も愛おしい。
真っ白な肌に、淡い金髪の長い髪の毛は柔らかくて、サラサラで、ずっと触っていたい。
細いのにガリガリに見えないのは、リューデンハイム家の血筋らしく、筋肉質だからだ。
おれが、他の男の目に触れないように画策し、キャロルを隠していた事を家族は知っている。
もしかすると義理の父上も。
だけど、キャロルは?
人目につかない生活をしていたのなら、容姿を褒められることは少なかったかも知れない。
現に彼女はリューデンハイム領から極力出ず、隠れるように暮らしていた。
このまま、静かに一生を終えようと、何もかもを諦めていたのだとしたら?
おれは彼女の気持ちを、ちゃんと聞いたことがあっただろうか?
「マクス、考えるより行動よ。そして、思ったことはちゃんと伝えなさい。それが夫婦円満の秘訣よ」
母上は指先を伸ばして、おれの眉間をトントンと叩いて、笑う。
考え込んで、険しい表情になっていたみたいだ。
「さあ、あなたも試着してしまわないと時間が無くなるわよ。ほら、そこに衝立を用意したから、着替えなさい」
いつの間にか、ソファーの後ろに衝立が置かれている。
そして、見慣れた侍女三人組がおれを笑顔で待ち構えていた。
おれは衝立の裏で真っ白なフロックコートを羽織った。
「お袖も肩も合ってらっしゃいます。大丈夫です」
普段から、利用している仕立屋だから、寸法が大丈夫というのは当然と言えば当然なのだが、、、。
すでに、マリーは次のタキシードジャケットを手に持って控えている。
おれの試着採寸は、すぐに終わりそうだ。
こういう場で、試着採寸を初めてするキャロルの方が何倍も大変だろう。
おれは、もう扉の向こうが心配になって来た。
「母上、キャロルの試着採寸に、おれが付き添ったらダメなんでしょう?心配なので、代わりに付き添ってあげて下さい」
衝立越しに母上にお願いした。
「まぁ、心配性なのね。ええ、幾らでも付き添いますよ。フフフ」
楽しそうな声が聞こえて来る。
何だか、キャロルを取られそうな気分になった。
「おれのキャロルですからね!母上にはあげませんけど、よろしくお願いしますね」
「嫉妬深いのは嫌われるわよ、マクス」
母上は捨て台詞を残し、扉の向こうへ行ってしまった。
おれは嫉妬深いですよ。
そんな事、わざわざ言われなくても充分、分かってますから。
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