87 純愛
楽しい物語になるよう心がけています。
誤字脱字等のご連絡は感謝いたします。
仕事がしたくなくなる病のことを、まさかご存知ではないわよね?
あの、仕事中に可愛いホテルでマクスとお籠もりしてしまったことを、、、。
背中を嫌な汗が伝うけど、顔には出せない。
「お菓子いただきます」
後ろめたさから、返事は小さな声になってしまった。
「ええ、甘い物で落ち着いてから、試着をしましょう。手直しの人員も呼んであるのよ。そして、キャロルさん、この中からどれをどの場面で着るのかを決めていきましょう。その後で、マクスに手が空いたら試着へ来なさいって言うわ」
私を抱きしめたまま、穏やかな声で王妃様が手順の説明をする。
「はい、ありがとうございます」
そう答えると抱き締めていた手を放し、今度は手を繋いで私をソファーまで連れて行ってくれた。
王妃様が私にとても優しい。
此処に来るまで、怒られるのではなんて思っていた自分の思い込みを反省しよう。
飲まずに冷めてしまったティーカップは、新しいものに取り替えられ、温かい紅茶が注がれる。
先程は緊張でよく見てなかったのだけど、ティーセットには美しい胡蝶蘭がブルーの染料で描かれていた。
その下のティーマットには、クリーム色で光沢ある生地に胡蝶蘭の織が入っている。
「王妃様は胡蝶蘭がお好きなのですか?」
私は置いてあるティーカップに手を添えて、質問した。
「そのお花はね、陛下と私の花紋なのよ。結婚する時に決められるの。私達夫婦だけではなく、子供達の持ち物にも付けるのよ」
「そうなのですね!どなたが、お決めになられるのですか?ソベルナ王国は歴史も長いですよね、同じ花が選ばれたりする事は無いのですか?選ぶ基準とかも気になります!」
お花が大好きな私は、つい色々と聞いてみたくなって、ペラペラと質問を繰り出してしまった。
矢継ぎ早に質問をし過ぎた感は否めない。
私に落ち着きや優雅さを求めるのは、まだ難しい。
王妃様は少し思案してから、答えて下さった。
「決めるのは王家のご先祖様って陛下から聞いたのだけど、今一つ分からないのよ。聞いても教えて下さらないの。結構、王家には秘密が多いのよ」
王妃様はパチンとウインクをした。
「秘密ですか、、、。確かに魔塔も先日までベールに包まれていましたから、納得出来ると言えば出来ます」
「ご存知かも知れないけど、マクスとキャロルさんの花紋も、もう決まっているのよ」
「え!?私、初耳です!」
あっ!っと思って口を押さえた。
驚いて、軽い言葉を吐いてしまった。
ううっ、淑女失格。
いや、そもそも淑女では無かった説もあるけれど。
「すみません。言葉遣いが、、、」
手で押さえた口で、ゴニョゴニョと言い訳を言うと、王妃様がクスッと笑った。
勿論、目の前の国を代表する淑女は、サッと扇子を開いて口元は隠している。
それそれ!それが出来る様になりたい!!
「ふふふ、キャロルさんは、そのままでいいのよ。素直に思ったことを言えばいいと思うわ。既に他国の王族の皆さんを助けたりして、顔見知りなのでしょう?それ以上身分の高い方と会うことなんて、まず無いでしょう。そして、何度も言うけれど、私達は家族なのだから、別に気を遣わなくて良いのよ」
王妃様は話している途中で扇子をパチンと畳んで、笑顔を見せてくれた。
とても良い人だ。
「ありがとうございます。ですが、マナーが悪い時は教えていただけると嬉しいです」
私は謙虚な気持ちでお返事をした。
天使の羽パイを食べてから王妃様は私に衣装の説明をすると言って、私をトルソーの並んでいる方へと誘った。
王妃様は、一番左に置かれたトルソーの肩から床へと広がるマントを摘んで、私に見せた。
この服は、この中でも一番格式の高いデザインに見える。
「ほら、これを見て!キャロルさんとマクスの花紋はアイリスなの。とても素敵だわ!!」
私は、王妃様の手元にある布地をじっくりと見た。
青紫色で銀色の光沢がある布地には、アイリスの紋様が織り込まれている。
物凄く贅沢な布であることは一目瞭然。
そして、王妃様の言う通り、アイリスの花紋は、かなりカッコいい。
「本当に素敵ですね。そして、この色も!!」
私が同意したのが、とても嬉しかったのか、王妃様は次々と細かな部分を私に見せては、此処にもアイリスの花紋が入っているのよと教えて下さる。
「此処の飾りボタンもね、ほら」
「こんなところにまで、、、」
私はボタンを摘んで観察する。
飾りボタンは金色で、そこへアイリスの花が立体的に彫刻されている。
まさか、金、金なの!?
少し手が震えた。
「キャロルさんのドレスの胸元の縁取りは、布地が青紫色だから、こんな感じにしたのよ。ね、赤が映えるでしょ?これは小粒のルビーを使っているの」
「ル、ルビー!?こんなに沢山!!お高いのでは!?」
金銭感覚が、リューデンハイム仕込みのままなので、まだ王族の感覚について行けてない私。
「ええ、宝飾品を作る時に出たカケラを利用して作っているから、心配しなくていいのよ」
「そ、そうなのですね。とても美しいです。私、ドレスに負けそうな気がして来ました」
私の一言で、王妃様の手が止まった。
何か失言をしてしまったのだろうか?
王妃様は顔を上げて、私をマジマジと無表情で見てくる。
「キャロルさん、マクスはあなたを美しいとは褒めないの?」
「え?マクスがですか、、、」
私は過去のマクス語録を思い返す。
キャロル可愛い。
キャロル大好き。
キャロル愛している。
ダメだ!!思い返すだけで、恥ずかしい!!
でも美しいとは言われたことは余り無いかも。
「そうですね、私には可愛いと言うのが、精一杯なのでは無いでしょうか」
美しいなんて私には烏滸がましい。
「あの子、恥ずかしいのかしら?」
「恥ずかしい?」
「キャロルさんのことを好き過ぎるのよ」
は!?王妃様は何を言い出すの?
「懐かしい話になるのだけど、キャロルさんが王宮に遊びに来るようになった頃、マクスは大変だったのよ」
私は首を傾げた。
それもそう、私はマクスより三歳年下なので、記憶にない部分も多い。
「一番古い話だと、マクスが五歳だったから、キャロルさんは二歳の頃のお話なのだけど、聞いてくれる?」
「ええ、とても聞きたいです」
「あの頃は私、エリーに手が掛かって、マクスを余り構ってあげられなかったの。でも、マクスは聞き分けの良い子だったから、そんなに私を困らせるってことは無かったのよ」
うんうんと私は頷く。
「そんなある日、マクスが此処へ走って来たの。「お母様!天使が居ました!!」って、息を切らして」
フフフと王妃様は思い出しながら笑う。
その頃のマクスは、さぞ可愛いかったことだろう。
「そこで、私が「天使って、どんな子なの?」と聞いてみたの。すると、マクスは真っ赤になって、「とても綺麗なお顔で、声も可愛くて、僕は見惚れてしまいました」って言ったのよ!!」
王妃様は感情が昂ったのか、語尾が大きな声になる。
今は王妃様では無く、愛おしい子供の話をする、普通のお母様と言った感じだ。
そして、五歳のマクスが可愛い過ぎる。
残念ながら、私の記憶には、初めてマクスにあった日は残っていない。
「マクスに「その子とはお話ししたの?」って尋ねたら、「はい、僕がずっと守ってあげるって指切りしました」と。可愛いでしょう?だけど守ってあげると言う言葉が引っかかったから、陛下に天使さんの正体を聞いたの。王弟妃の姪っ子さんで、魔力持ちだとそこで知ったのよ」
王妃様は人差し指を立てて、その指をクルリと回した。
「王妃様、お恥ずかしいことに、私の知らないところで、沢山の方々にサポートしていただいていたと本当に最近まで知らなかったのです。今ではとても感謝しています」
私は複雑な気持ちを、どう伝えれば良いのかが分からないけれど、王妃様へは出来るだけ正直に語りたいと思った。
「魔力を持って産まれたのは貴方のせいでは無いわ。大人達が子供を守るのは当たり前なのよ」
その当たり前が出来ないランディ・ボルドーの顔が、一瞬、頭を過ぎったけど、掻き消しておく。
「話を戻して、五歳のマクスはね、そのお話しをしてから、お勉強を熱心にする様になったの。僕がキャロルを守らなきゃ!って言いながらね。あー、今思い出してもあの姿は可愛かったわ!!それで、ある日、今度は“回復魔法を急いで覚えたい!”って、言い出したのよ」
「何故、回復魔法を?」
「そうでしょう?私もそう思って理由を聞いたのよ。そうしたら、キャロルさんが転けてヒザを擦りむいて泣いていたのに僕は治してあげられなかったからって、マクスは話しをしながら泣き出したのよ。驚いたわ」
「私、小さな頃はお転婆で、転けて、擦りむいたり、打ち身になってアザが出来たりしていたのです。それをマクスが心配していたなんて、、、」
私は初めて聞く話に驚き過ぎて、今、自分がどんな表情をしているのかも分からなくなった。
「だから、私達夫婦は彼の好きな様にさせてみることにしたわ。誰かの事を思って頑張るなんて素敵な事でしょう?」
私は王妃様の言葉に頷く。
「他にもね、キャロルさんが遊びに来る前には、一緒に遊べる新しいボードゲームを用意したり、可愛いお花を花壇に植えて欲しいって庭師に頼みに行ったり、そのお花の事を調べたり、お菓子は食べたことが無いものをと、、、」
バタバタバタと足音が近付いてくると思ったら、ドンとドアが開き、部屋へ走り込んで来たマクスが王妃様の口を塞いだ。
「母上!!何、余計なことを話しているんだよ!!!」
真っ赤になったマクスって、新鮮だなぁと他人事の様に眺める。
でも、何故走って来たのだろう?
急ぐなら転移すれば良いのに。
「マクス、お仕事は大丈夫なの?」
「キャロル、、、。そう来たか!?」
何処かで聞いた様なフレーズを、マクスはため息と共に吐いた。
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