86 ふんわり良い香り
楽しい物語になるよう心がけています。
誤字脱字等のご連絡は感謝いたします。
王妃様からのお呼び出しで、王宮の中央棟の奥にある国王家族のプライベートエリアへ、王太子宮の侍女サリー、マリー、エリーと共に向かっている。
昨日、私達はバタバタと孤児院の今後のことを話し合ったあと、深夜にノード王国から王宮へと戻って来た。
此処に戻って来たということは、とうとう向かい合わなければならない問題がある。
あと二週間を切った“王太子殿下の結婚のお披露目パレード及び夜会”関係の準備が何一つ進んでいないのだ。
もう、プレッシャーで、クシャっと圧死しそうな私。
夜中に衣装や小物の発注・納品の確認をしたから、余り眠れなかったし、今朝は胃が痛くて食事も喉を通らなかった。
マクスはそんな私を心配して、仕事へ出掛けるのをかなり渋った。
とは言うものの、彼の仕事もかなり溜まっているようで、側近で文官のエドモンドが、王太子宮の入口まで迎えに来ていると執事のダンが呼びに来た。
私はエドモンドと直接会ったことはないのだけど、わざわざ呼びに来るくらいだから、かなり深刻なのだと思う。
結局、マクスは仕方なく出掛けて行った。
そして、一人になった私に、マクスが出掛けたのを見ていたかの様なタイミングで、王妃様からお呼び出しが掛かった。
あー、何と言われるのだろう。
あなたは王太子妃失格だわ!と怒られるような悪い想像ばかりが膨らむ。
はぁ、、、やだなぁ。
王太子宮から王宮の中央棟に入り、執務エリアを抜けて、プライベートエリアとの渡り廊下へと入る。
王宮は意図的に曲がり角や渡り廊下がある設計で、迷子になりやすい。
まだ王宮の全体図が、うろ覚えの私はサリー、マリー、エリーを頼りにしている。
「キャロルさん!!こっちよー!」
ん?王妃様の声!?
視線を渡り廊下から庭の方へ向けると、王妃様が、長袖シャツとスラックスにロングブーツを履いて立っていた。
マクスと似ている鼻筋の通ったお顔と、スラットした体型と姿勢の良さから、舞台俳優のように見える。
「ごきげんよう、王妃様。私をお呼びと伺いまして、参上いたしました」
出来るだけ、落ち着いた声で話してから、カテーシーをする。
「あら、すっかりお上手ね。でも、そんなに気にしなくて良いのよ。もっと気軽にして頂戴!!」
その言葉に内心驚く。
何故なら、会ったら怒られるとばかり思っていたからだ。
王妃様は私の方へ駆け寄って来た。
「キャロルさん、急いで着替えてくるから、アイリスの間に入っていてくれるかしら?お部屋の場所は入口にいる者に聞いてね!」
私に伝え終わると、王妃様は、また元の方向へ走って戻って行った。
私は言われた通り、プライベートエリアの入口で見張りをしている衛兵に、王妃様からアイリスの間へ向かう様にと指示された旨を伝える。
「では、案内の者を用意しますので、少しお待ち下さい」
四人の衛兵のうちの一人が建物の中へ入って行く。
数分後、衛兵は黒髪の女性を連れて戻って来た。
「お待たせしました。私は王妃殿下の侍女をしておりますミリヤと申します。お部屋までご案内いたします」
「ミリヤ、ありがとう。宜しくお願いします」
私は簡単に挨拶をし、彼女に付いていった。
その後ろに侍女三人組も続く。
ここは王太子宮とは全く違って、絢爛豪華な内装で、飾ってある絵画や調度品も高価そうなモノばかりだった。
多分、あの絵画は、私でも知っているかの有名画家ゴ、、、。
と言った感じで、落ち着かない。
階段を一つ上がり、ニ階の廊下を少し進んだところにアイリスの間があった。
「どうぞ、お入り下さい」と言って、ミリアがドアを開け、私と侍女三人組を室内へと促す。
「ありがとう」
お礼を言って、侍女三人組のサリー、マリー、エリーと室内へ入る。
部屋に一歩入って、私は固まった。
此処はちょっとしたティーパーティくらいは出来そうな広さがある。
その広いお部屋には、右の方に大きなソファーとテーブルが寄せられていて、左のスペースには何も置いていなかった。
とりあえず、ソファーに案内されたので座った。
着席と同時にお茶とお菓子が綺麗に並べられる。
私は手を付けずに、王妃様を待つ。
王太子宮から連れて来た三人組を見れば、壁際でミリヤさんと何かを話し合っていた。
五分も待たないうちに、王妃様は現れた。
「お呼びしたのに遅れてしまって、ごめんなさいね!」
王妃様は先程とは打って変わって、麗しい男装麗人風のお洋服ではなく、薄紫色から濃い紫へのグラデーションが目を惹く、上品なシフォンドレスを纏っていた。
また、同じ布で装飾された扇子も持って。
王妃様は、私と比べるのも烏滸がましいけれど、とてもオシャレな方である。
私はソファーから立ち上がって、王妃様に笑顔で返事をした。
「いえ、大丈夫です。そんなに待っていませんので」
「ありがとう、気を遣わせてしまったわー」
王妃様は右手で座って!座ってと促す仕草をした。
私は遠慮なく着席する。
王妃様も座ったと思ったら、前のめりで私に話し掛けて来た。
「あのね、キャロルさん!!此処のところ国内外をずっとマクスと飛び回っていたでしょう?」
「はい、すみません」
つい、お詫びの言葉を口にしてしまった。
「お仕事なのだから、謝らなくていいのよ!!それでお疲れのところを呼び出してしまってごめんなさい。ちょっと、早くお知らせしたくて、、、。あの、ええっと、、、」
王妃様は急に勢いを失くした。
「あの、どうされましたか?思っていることはハッキリ言っていただいた方が私も悪いところを直せますので、助かります」
「え?」
王妃様は頬に手のひらをつけたまま、首を傾げた。
「え?」
私、何か間違えた?
「私は注意をするとか、そう言うつもりで呼んだのではないの。あのね、かなりお節介で嫌がられたら、どうしようかしらって急に思ってしまって、、、。ええっと、話すよりも見てもらった方が良いわね!ミリヤ、お願い」
王妃様は、パンパンと手を叩いた。
すると、部屋の左エリアの奥にある扉が開いて、着飾られたトルソーが、使用人達によって続々と運び込まれてくる。
男性のトルソーと女性のトルソーはどうやら衣装のデザインを揃えている様で、全部で十二体、六組が並んだ。
トルソーの足元には靴や小物の箱が並ぶ。
「これはね、ジェシカさんの意見も聞いて、キャロルさんとマクスのパーティー用の衣装とパレード用の衣装を用意したのよ。一応、気に入らない物もあるかも知れないから多めにしておいたわ。勿論、好きなように手直しして良いのよ。嫌だったら着なくてもいいの!大丈夫よ」
な、な、何てこと!?
こんなに素敵な衣装を沢山用意して下さるなんて!!
あー、これで衣装は何とかなりそう、、、。
間に合う、、、。
良かった、、、。
お疲れMAXで、感情の調整も壊れ掛けていたのか、涙が頬を伝ってくる。
「え!?えええ!!キャロルさん、ごめんなさい!!あーやっぱり、姑に口を出されるなんて嫌よね。あー!!この会は、無かった事にしましょう!気にしないでね」
早口で、王妃様が捲し立てる。
私は手を前に出して、ストップを掛けた。
「ち、違うのです。感動して、、、。ありがとうございます。とても嬉しいです」
ズビズビ、鼻声でお礼を言う私のカッコ悪さが半端ない。
次の瞬間、私はふんわり良い香りに包まれた。
王妃様が私を抱きしめたのだ。
「なんて純粋で、可愛らしいお嫁さんなの。あー、我が娘エリーとは全然違うわ」
ボソボソと何か呟いているけれど、涙が止まらなくなった私には聞こえない。
泣いて落ち着くまで、優しく抱き締めてくれるなんて、マクスみたい。
「さーて、ずっと泣いていたら可愛いお顔が台無しよ!ほら、美味しい“天使の羽パイ”を、ジェシカさんが届けてくれたのよ。先ずは、それを食べて落ち着きましょう」
穏やかな声で、語り掛けられる。
“天使の羽パイ”、、、。
マクスと仕事がしたくなくなる病の時に食べたヤツだ!!
私がパッと顔を上げると目の前でニッコリ笑う王妃様と目が合った。
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