84 無自覚
楽しい物語になるよう心がけています。
誤字脱字等のご連絡は感謝いたします。
砂漠から旅をして来た風が吹き抜けていく。
強い日差しが降り注ぎ、今日は気温が少し高い。
しかし、湿度の低いこの地域では、日陰に入ればかなり涼しいので意外と過ごし易い。
眩いほどに美しい白壁が有名な黄龍の宮殿では、色とりどりの紗が風に揺られ、優雅に舞い踊っている。
「殿下ー!!本日のお昼ご飯は甘辛く煮込んだ牛肉をふわふわのパンに挟んだものと、野菜入りクリームスープって、厨房のアンから聞いたんですけど、食べて帰っても良いですかー?」
マーカスから頼まれた急ぎの書類仕事を私が黙々としていると、部屋に走り込んで来たサキは気の抜けそうな話を始める。
「サキ、見ての通り、私は急ぎの仕事で忙しい。昼食は私の分をやるから、好きなように食べて帰れ」
書類の数字を確認していた私は顔も上げず、声だけで返事をした。
「ええっと、殿下の分を貰っちゃって良いんですか?」
「ああ、食べる時間も惜しい状況だ」
「やったー!!ありがとうございます!!」
嬉しそうな声を上げて、サキは部屋からスキップで跳ねるように出て行った。
「殿下ー、甘すぎっす。あれは確信犯ですよ」
いつもは隣の部屋に控えている秘書官のサマンサも、今日は私の横でマーカスが送って来た山のような書類の整理をしていた。
軽口を叩く余裕があるならば、もう少し手伝わせて良いかも知れんなと考える。
「出して貰ったものを残すのも忍びない故、サキが食べたいのなら食べれば良いと思っただけだ」
「殿下、激甘ですって。大体、サキから、“殿下の顔は好みじゃ無い”とか罵られていたのに、、、」
サマンサは不機嫌そうに言い捨ててから、またカサカサと書類を分け始める。
私は別に甘くしたつもりなどない。
それに、好みじゃ無いものを、好みではないとハッキリ言うのは良いことではないのか?
甘言ばかり言う側近など要らぬだろう。
少しばかり前、ランディ・ボルド―の話を真に受けて馬鹿な行動をしてしまった私は、すっかり自信を失った。
そんなこんなで、弱気な心境が現在進行形の私は、注意や進言をしてくれる側近を求めている。
扱いにくいが切れ者の秘書官のサマンサは、サキを若い女性だからと軽視している様だが、彼女は其の実、黄龍軍の指揮官を齡十九にして率いている強者だ。
百五十名の部下を率いて、王都西部から砂漠地帯の治安維持を請け負っている。
私と黄龍軍関係の仕事をする際の冷静沈着な指揮官としての彼女は、ここにふわりとやって来る時とはまるで違うのだ。
と言うわけで、彼女はメリハリが効いていて、いい人材だと私は評価している。
だからこそ、昼食を譲ったくらいで甘やかしたなどと言われるのは不服だ。
サマンサは、彼女に悪意を持ち過ぎである。
それとも、もしや別の理由か!?
「サマンサ、お前も昼食を、、、」
「違います!!」
「まだ最後まで言っていないのだが、、、」
「大体、殿下の考えているようなことは分かります。自分は殿下の昼食が欲しくてゴネたのではありません」
はーぁと、サマンサがため息を吐く。
「何か言いたいことでもあるのか?」
「はい、殿下の無自覚度に、、、」
「無自覚?どういうことだ!!」
サマンサの態度が悪すぎて、強く言い返してしまった。
心底面倒くさいという顔で、サマンサが私に説明を始める。
「ここで言う無自覚というのは、恋愛に関するものです。殿下は無自覚で過剰な紳士的行動により、多くの女性を勘違いさせています。目に余るので改善してください」
「・・・・・・・は?」
「いやいやいや、『は?』じゃないんですよ。優しさが度を越えると、女性は“殿下が私を好きなのかも”と思ってしまうんです。紳士を超えたやさしさに気をつけてください」
「やさしさの度合いなど、考えたことも無かった。サマンサ、昼ご飯をくれと言われて譲るのは度を越えているということか?」
「そうです。ただこの件には、他の問題も絡んでいます。サキが殿下に対して気軽過ぎると言う点です。何時からそうなってしまったのでしょうかね」
サマンサは眉間を揉んだ。
私も思い返してみるが、確かに昨年の今頃は業務上の会話しかしていなかったように思う。
「私にも分からぬ。だが、気安くなったというのは仕事も円滑になって良いのではないか?」
「それにしても、気軽過ぎます。殿下はこの国の王子なのですよ」
それをお前が言うのか?という気もするが、機嫌を損ねて仕事が進まなくなるのは困る。
一先ず、同意しておくか。
「ああ、確かにそうかも知れぬ」
私が同意したことで、サマンサは口を閉じた。
視線を書類に戻し、私も再び数字を追う。
ソベルナ王国との最短ルートの道を通すことになり、その本道はソベルナ王国が魔石の魔力を駆使して、魔法の力で建設すると提案して来た。
だが、その本道から最寄りの村や町までの道路整備は、当然私達がしなければならない。
今は宿場町として開発を進める街や村の選定を始めたところだ。
この計画自体が、両国の王家で秘密裏に進めているということもあり、調査しているというのも国民に気付かれないようにしなければならない。
計画段階で貴族に嗅ぎつけられたら、元も子もない話になってしまう。
「あのー、興味本位で聞きますけど、殿下は美しいとか素敵だと思う女性は居ますか?」
すっかり書類に没頭しているとサマンサが話しかけて来た。
「は?何だ?」
よく聞き取れなかった私はサマンサに聞き直す。
「いえ、殿下が美しいと思うような女性はいるのですか?」
何故、このタイミングでその質問をしてくるのかさっぱり分からないのだが、、、。
「どういう意図で聞いているのかは分からないが、崇拝したくなるほど美しいと思う女性なら、ソベルナ王国にいる」
私の回答でサマンサが目を見開いて驚く。
「お前、分かり易く失礼な態度をするのはどうなんだ?」
「いえ、殿下からそういう答えが来ること自体が新鮮で動揺してしまいました。求婚などされないのですか?」
「いや、彼女に私は勿体ない。高貴な女性ゆえ」
「は!?殿下より高貴な女性とは一体?王族ですか?」
「まあ、そうだな」
サマンサは私の返答を聞くと身体をクネクネとさせる。
一体、何なんだ?
気持ち悪いのだが。
「もしかして既婚者ですか?」
続けて、彼はヒソヒソと小さな声で秘密の話をするかの如く、私に問う。
既婚者か?とは、、、。
確かサンディーは、夫が亡くなったと言っていたな。
という事は、既婚者か。
「既婚者だが、既に夫は亡くなったと言っておった」
サマンサは、席から勢いよく立ち上がった。
「お子さんは?」
「確か二人いると言っていたが、、、。どうしたのだ?急に立ち上がって」
「殿下!!申し訳ありません。殿下が恋愛の上級者とは存じませんでした!!」
サマンサは私に向かって頭を垂れた。
私はさっぱり意味が分からない。
「んん!!何ですってーーー!」
ドアの方から、大きな叫び声が聞こえた。
振り返れば、サキが口元を両手で押さえて立っていた。
「サキ、昼食は終わったのか?」
私は、彼女に問い掛ける。
「はい、美味しくいただきました。ご馳走様です!って、そうじゃなくて、殿下!!」
サキは机の前まで一気に詰めて来た。
私は慌てて机上の書類を彼女に見えないように裏返す。
「な、何だ?」
「殿下、恋人が居るんですか!?」
「それはお前には関係ないと思うが、、、」
いや、居らぬと答えそうになったが、何となくイラッとしたので、曖昧に返した。
「いつからですか!!」
私は言葉選びを間違えたのだろうか?
サキは拳を握り込んで怒っている。
次の答えを間違えば、殴られるのでは無いかと思う程の勢いだ。
私は助けを求めようとサマンサへ視線を向けるも、彼は書類で顔を隠していた。
役立たずめ!!
「サキ、その件なのだが、、、」
サキへ話し掛けた途端に、いつもの引っ張られる様な感覚が湧いて来た。
「サマンサ!呼ばれた。後は頼む」
必死にサマンサへ伝えるので精一杯だった。
次の瞬間、その場から私の姿は消え去る。
良いタイミングで召喚してくれて助かったという気持ちは胸にしまっておこう。
カルロ殿下のお話はいかがだったでしょうか?
作者はカルロ殿下の真面目な雰囲気が大好きです。
次回はまたノード王国編です。
どうぞおたのしみに!!
最後まで読んで下さりありがとうございます。
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