68 大きなヒラメ
楽しい物語になるよう心がけています。
誤字脱字等のご連絡は感謝いたします。
紺碧の海を目の前にして、私は息を呑んだ。
海ってスゴイ!!
波が次々と押し寄せては引いて行く。
「これって全部水なのよね、、、」と、呟けば、横に立っていたマクスが吹き出す。
「だって初めて見たんだから、仕方ないじゃない!!」
「いや、いい感想だ」
笑い声で言われても嬉しくない。
「アレン!」
大きな声がした。
強い日差しに照らさせて、キラキラ光る海の中から手を振っている人が居る。
アレン陛下を名前で呼ぶ人って、、、。
「リン王女、、、。何をしてるんだあの人は」
マクスが呟く。
私はリン王女殿下らしき方を目を凝らして見た。
ツバの広い帽子を被り、白い半袖シャツと紺のハーフパンツ。
膝下まで水に浸かっているため、くつを履いているのかは分からない。
「リン!準備はどうだ?」
私達の後ろから声がして、マクスと一緒に振り返る。
「は!?」
マクスが驚きの声を上げ、手のひらを額に当てた。
まぁ、気持ちは分からなくもない。
何故なら、私達の目の前にはお揃いの白と鮮やかな青の半袖ボーダーシャツに黄色のハーフパンツと茶色のサンダルを身につけた三人組が立っていたからだ。
その中の一人、トッシュ少年が私達の方へ向かって走り出した。
「師匠ー!キャロル殿!!」
それはもう力一杯、砂浜を蹴って。
直ぐに辿り着いたトッシュ少年は、いい笑顔だ。
「トッシュ殿下、素敵ですね」
「はい!国王陛下がお揃いにしてくれました」
トッシュ少年の言う通り、アレン陛下とノード様も同じ服装でこちらへ歩いて来ている。
「僕、こんなに動きやすいお洋服は初めてです」
「トッシュ、似合ってるぞ」
マクスの褒め言葉に、ハニカム姿も可愛い、トッシュ少年。
「すまない!着替えている間に抜かれてしまった」
アレン陛下が、マクスと私へお詫びを言う。
「いえ、今来たところです」
マクスは、手をヒラヒラさせながら言った。
「マクス殿、今日は閣下も参加すると言われまして、、、」
レード様は、少し申し訳なさそうに言う。
「あー、海に居るのが見えました。今日は海遊びに変更でもしたんですか。釣りは?」
「いやいや、釣りは釣りでも今日は地引網をしようと思ってね。初心者は釣竿で長時間粘っても、全く釣れない事があるから、それじゃ楽しくないだろう。その点、地引網は間違いない」
アレン陛下が、トッシュ少年をチラリと見ながら、今日の趣旨を説明して下さった。
「地引網?」
トッシュ少年は、首を傾げた。
「ああ、沖に大きな網を広げて、左右の綱の端を持って、浜に引き上げるのだよ。かなり頑張って力を出して貰わないと行けない。だけど、魚が大きな網に沢山かかる様子が目の前で見えるから、楽しいと思うよ」
とても優しく、アレン陛下がトッシュ少年に言う。
私も地引網は初めてなので、ちょっとワクワクする。
「あのー、おれたちはこの身なりではちょっと、、、」
マクスが私の方を見ながら、言葉を濁した。
私の装いはリゾート感の溢れるオレンジのドレープワンピースで、スカートはくるぶし丈、足元は白サンダル履きだ。
マクスは、麻のグレーと白ストライプのシャツに、クリーム色のベスト、スラックスはブルーで茶色の革紐靴を履いている。
どう見ても、海に入って網を引く格好では無い。
「マクス殿、閣下がお二人のお洋服はご用意していますので、後ほどお着替え下さい。まずは閣下が呼んでいるので行ってみましょう」
レード様が、いい情報を教えてくれた。
「それは安心した。キャロル、良かったね」
「ええ、このまま飛び込む覚悟をしそうだったわ」
私のボヤキにアレン陛下がクスッと笑った。
「キャロル殿は、ノリが良さそうで安心した。嫌がられるのでは無いかと思っていたので嬉しいよ」
「嫌がったりしません!実は私も海は初めてで、ウキウキしてます」
私はアレン陛下に向かって、ガッツポーズをした。
全員がドッと笑ってくれたので、私も笑った。
何だかこう言う感じ、かなり久しぶりの様な気がする。
ジャンがソードマスターになって、王都へ行ってしまってから、リューデンハイムの邸は静かなものだった。
私は邸に籠って、会計監査のお勉強ばかり、スージー女史はお仕事一直線で愉快な会話の一つも無かった。
あ、スージー女史は、ランディー・ボルドー仕込みの敵だったことを忘れていたわ。
ここ一年半、私って敵に囲まれて生活していたってことよね?
自分の事ながら、ツッコミたい!!
何故、気付かないんだ!キャロル!!
願わくば、今日は楽しい一日になりますように!!
リン王女殿下は早朝から、漁師の皆さんと一緒に地引網の仕込みをしてくれたそうだ。
この浜辺にノード王国の主要メンバーが揃っている。
「こんなおもてなしって、王族では当たり前なの?」
リン王女殿下とお揃いの白シャツと紺のハーフパンツに赤のサンダルを履いたマクスへ耳打ちした。
ちなみに、私も同じ服装をしている。
「いや、これは無い。外交なら、もう少し、格好をつけるものだ」
「ふーん、そうなのね。じゃあ当たり!って事ね」
「ああ、トッシュのお陰かも知れないけどな」
マクスは、リン王女殿下の横で、網の引き方を聞いているトッシュ少年を眺めながら言った。
「マクス殿、キャロル殿、此方へー!!」
波打ち際からレード様が私達を呼ぶ。
そう言えば、空に何となく鳥が増えて来た様な気がする。
「キャロル、行こう」
マクスに手を引かれて、レード様の元へと向かった。
洋服の色分けで何となく察していたけど、右・国王陛下チームと左・リン王女殿下チームに分かれた。
地元漁師さんたちも、それぞれの助っ人に入ってくれて、いよいよ左右の網を引く時が来た。
「ポイントは左右とも同じスピードで引いて行く事です」
漁師ルキさんが、皆に注意事項を伝え、網を引き始める。
重そうだなと思っていたら、本当に重かった。
波打ち際から砂浜へ、皆がいい顔で網を引く。
大きな網の端が波打ち際へ近づくにつれ、空でスタンバイしていた鳥達が海に突撃し出す。
「え!?何」
私が呆気に取られているとリン王女殿下が、私に向かって言った。
「あれは私達が集めた魚を狙っているんだよ。あいつらは、案外賢いからね」
な、なんと!横取りしようとしているのね。
「キャロル、一匹もあげないわって顔に書いてある」
網をグッと引きながら、マクスが軽口を叩く。
「マクス、最悪!」
私も網をグッと引きながら、悪態をつく。
「あーっ、はっはっはー!!」
その横で、リン王女殿下が大笑いする。
「あんた達、いいコンビなのね。マクス、あんた見る目があるわ!」
どうやら、リン王女殿下は笑い出すと止まらないタイプらしく、大きな網を浜辺へ引っ張り上げ終わるまで、ずっと笑っていた。
さて、釣果はと言いますと、、、。
「うわー!スゴイです。こんなに沢山!!」
一番大きなヒラメを持ち上げて、トッシュ少年は喜びの声を上げた。
その横で、国王陛下とリン王女殿下、漁師ルキさんが腕を組んで満足そうにしている姿が印象的だった。
「いい国よね、マクス」
「ああ、ノード王国は気のいい国だ」
彼は、海に負けないくらいの笑顔を見せる。
マクスが楽しそうで何より。
私も初めて海に入ったし、目の前で大きな網から逃げようと暴れる魚の迫力に圧倒されたし、何より横取りしようと上空から狙ってくる鳥の存在も知って、いい経験になった。
今日の地引網もだけど、私は長年領地に引きこもり過ぎて、知らない事が多すぎるかも知れない。
領地という狭い世界から、マクスは私を広い世界へ引っ張り出してくれた。
それも生涯の伴侶として、、、。
それは、叶うはずのない願いが、叶うという奇跡の出来事だった。
あれから、たった二週間しか経ってないと言う事に愕然とする。
「この二週間は濃すぎる」
独りごちた。
私は遠い海の向こうを眺めながら、周りの喧騒も忘れて、回想に耽っていた。
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