35 魔塔 上
楽しい物語になるよう心がけています。
誤字脱字等のご連絡は感謝いたします。
ソベルナ王国三代目の王は暦と言う概念をこの国に取り入れた。
現在のソベルナ王国はルド歴3859年。
私がソベルナ王国の王女として生まれたのは、ルド歴1621年だった。
その頃、この大陸はソベルナ王国、ブカスト王国、バッシュ帝国の三国で成り立っていた。
ソベルナ王国は、マナの多い土地柄、魔法使いが多く、妖精たちも好んで住み着いていた。
また、自然環境にも恵まれており、多くの資源がある。
国民は穏やかな気質で、争いも少ない。
ブカスト王国は、地形的に氷河や砂漠など過酷な環境に置かれている。
龍神を信仰し、王族は龍の化身とされ強い統率力を持っている。
しかし、天災で人命が失われる事も多い彼の国の舵取りは容易ではなく、王族内の揉め事が他国と比べるとはるかに多い。
バッシュ帝国は、皇帝を神のように崇める。
勤勉な帝国民は各種分野にて高い技術や文明を切り開き、魅力的な文化を築いた。
しかしながら、移住民を嫌う閉鎖的な雰囲気があるため、他国との交流が少ない。
このように三国は明確な個性があり、互いに干渉しない関係であった。
私こと、ソベルナ王国の王女ルーシーには兄が二人いる。
長男で王太子のチャーリーと、次男で第二王子のロブである。
「ルー、今日の勉強は終わったの?」
「チャーリー兄さま、今日はお作法の授業だけだったの。兄さまはどうしてこちらに?」
私が授業を終え、王宮内の図書館で本棚を眺めていると、兄さまが声を掛けてきた。
チャーリー兄さまが二十歳、私が十五歳の時だ。
「僕は地理に関する資料を探しに来たんだ。そう言えば、ルーに縁談が来ただろう?」
「ええ、メディサール侯爵家のサファ様よ。チャーリー兄さまの側近の方なのでしょう。どのようなお方なの?」
「あいつはいい奴だよ。腕の立つ騎士で真面目だ。浮いた噂も聞いたことが無い」
「そうなのね、お会いするのが楽しみだわ」
「上手くいくといいな」
「そうね」
私とおしゃべりを終えたチャーリー兄さまは、必要な書物を棚から数冊、迷うことなく取ると図書館から足早に去って行く。
その時、チャーリー兄さまの手に取った書物が、その後の騒動と関係があるなんて思いも寄らなかった。
翌年、私はメディサール侯爵家のサファ様と結婚した。
サファ様は騎士道に邁進されている清廉な方で、懐も深く、とても優しい。
私が彼と恋に落ちるまで時間は掛からなかった。
「ルーシー、生涯をあなたに捧げます。しかしながら、わたしは王太子のチャーリー様に忠誠を誓う身でもあります。この先、命を落とすことが無いとは言えません。そうなった時でもあなたがこの家で穏やかに暮らしていけるようにしておきます」
「サファ様、分かりました。そんな悲しい予想などしないでください。私はサファ様をお慕いしております。私の生涯もどうぞあなたに捧げさせて下さい」
「ありがとうルーシー、愛しています」
「ええ、わたしも」
結婚したその日にお互いの想いをしっかりと確認して、私達の幸せな生活が始まった。
そんな矢先、大きな事件が起こる。
冬のある日、まだ夜が明けきらない時間にメディサール侯爵家へ王家の伝令が駆け込む。
「極秘の内容により、サファ様へ直接お伝えします」
そう言い張る伝令は、夫の書斎へと通された。
私は部屋で待機するようにと言われる。
王家の伝令が王太子の側近であるわたしの元へ飛び込んで来るということは、異常事態が起きたと言う事。
わたしは気を引き締めて、書斎に向かった。
「サファ様、王太子殿下が書き置きを残して、姿を消しました」
「な、なんだと、、、。殿下が、か?」
「はい」
「書き置きには何と書いてあったのだ!」
「はい。書置きには真実の愛の為、この国を去ると。そして、この国は第二王子のロブ様に任せるという旨が記されていました」
その言葉を聞いて、昨夜まで何事もないような素振りの殿下が思い浮かんだ。
側近にまで秘密にしていた真実の愛とは一体。
わたしは伝令と共に直ぐに王宮へと向かった。
この時、ルーシーに一言も声を掛けずに出てしまったことは今も悔いている。
王宮へ到着すると、第二王子殿下は捜索網を国境に張ったとわたしに告げた。
国王陛下はショックを受けて倒れられ、主治医が駆け付けたとの事。
言うまでもなく、わたし達側近は宰相閣下から無能と罵られ、殿下を連れ戻してこいと叱責を受けた。
その際、連れ戻せなければ消すようにとも。
王太子というのは、その存在自体が国家機密であり、他国へ出奔など以ての外なのである。
それでも、掌を返したように殿下を殺してこいなどと言われて、冷静を保つことなどわたしには出来なかった。
「必ず、連れ戻します」
最早、悲嘆の叫びというべき声で啖呵を切り、わたしはブカスト王国との国境へ向かった。
何故、ブカスト王国なのか?と問われるならば、殿下と交流のある姫が一人思い浮かんだからである。
わたしが国境に早馬で駆け付けた時には、第二王子の放った刺客が殿下を始末しようとしていたところだった。
詳しい話を聞くことも出来ぬまま、わたしは咄嗟に殿下と刺客の間に入り、殿下をその背に庇った。
第二王子は、殿下を初めから連れ戻す気など無かったのだろう。
降って湧いた王太子の椅子、彼がそれを逃すわけがない。
せめて、殿下を逃がすことが出来ればと襲い掛かって来る刺客を払う。
「殿下!今のうちに」
「すまない。サファ、本当に済まない」
殿下の言葉に気を取られたその一瞬の隙に、刺客がわたしの脇腹を掠めた。
血しぶきが飛ぶ。
しかし、わたしは気に留めず、次々と現れる刺客と対峙する。
背後から、殿下の気配が消えた。
無事に転移されたのかと安堵すれば、膝から崩れ落ちる。
「ああ、ルーシー、、、済まない」
わたしの生前の記憶はそこで途切れた。
第二王子ロブは、心配そうな表情とは裏腹に厳しい対策ばかりを打ち出す。
国境に包囲網を貼り、長兄がそれを突破したと知れば、暗殺命令を出した。
更に王太子の側近や後ろ盾になっている貴族を国家機密流失の手助けしたという名分で処分し始めたのだった。
我が家にサファ様が国境付近で瀕死のケガを負ったと連絡が入った。
私はその連絡を聞き、彼を教護しているという村まで、周りの反対を押し切り一人で転移した。
騒然としている村人に救護テントの場所を教えてもらい、駆け込む。
目の前には何の治療も受けていない血まみれの愛しき夫が、今にも生を終えようとしていた。
私の回復魔法ではもう如何にもならない。
彼はチャーリー兄さまを命がけで隣国に逃したという。
「サファさま、カッコいいです。でも、私は、、、」
言いたいこと言葉が出てこない。
涙と嗚咽が止まらない。
こんな場所に居たくない。
私は横たわるサファ様を抱きしめて、王家の森へと転移した。
王家の森には妖精たちが住み着いている。
彼らが、何故ここを好むのかと問えば、ソベルナ王国の中でも特にマナが強いからだという。
今は冬だと言うのにここは芝生も青々としていて、違う世界に来たのではないかと勘違いしそうになる。
柔らかな芝生の上に横たわるサファ様は、もうこの世から旅立つ時を迎えている。
私は彼と一緒に逝くか否かの自問自答を繰り返していた。
「ルーちゃん、どうしたの?」
ハッとすれば、王宮にいた頃、よく遊びに来てくれた妖精たちが、私を取り囲んでいた。
「サファ様が死んでしまいそうなの」
私が涙を流しながら、悲しみを口にすると、信じられないことを妖精たちが話し出す。
ロブ兄さまが、チャーリー兄さまを殺せと命令したこと、そして、サファ様が命がけでチャーリー兄さまを守り、ロブ兄さまの刺客に致命傷を負わされたことを。
また別の子はお父様が倒れた隙に、ロブ兄さまがチャーリー兄さま派の貴族を牢へ送っているという話まで。
とめどなく流れていた涙が怒りで止まった。
「みんな、教えてくれてありがとう」
私は妖精たちにお礼を言って、決意を固めた。
ロブ兄さま、許さない。
私はサファ様にキスをした。
サファ様の唇は冷たかった。
「サファ様、高潔なあなたがどうぞ天国へ召されますように」
祈りを捧げ、私は力強く立ち上がる。
「私が戻る迄、サファ様をお願い」
「サファにはお花をいっぱいあげる」
「ぼくはやさしい歌を歌う」
「ルー悲しまないで」
妖精たちは私へそれぞれの想いを口にした。
「ありがとう」
一言お礼を告げて、私は王宮に居るロブ兄さまの元へと転移した。
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