34 特殊な例
楽しい物語になるよう心がけています。
誤字脱字等のご連絡は感謝いたします。
幻想的と云うべきか、色彩鮮やかなポピーの園に包まれて聳え立つ魔塔。
下よりも上が大きくなっていくアンバランスな形。
また、その高さは五階建てくらいで、然程高くもない。
そして、ホラーな雰囲気は皆無である。
私達は王宮の庭から、転移してここに来た。
今、マクスやピピと一緒に立ったまま魔塔を眺めている。
「キャロル、正直なところおれが思っていた魔塔と全く違う」
「私も、ゴッツイ監獄だとばかり、、、」
「ミーは、いつもあの辺にいるので、普段通りです」
ピピは少し離れた雑木林を指した。
「そうか、やはり見てみないと分からないものだな」
「王家の人でも知らないことがあるのね」
「ああ、王家は魔塔に干渉出来ないって言われてきたから」
「何故?」
「魔塔を作るキッカケは、ルーシー・メディサール侯爵と言われている」
「その人は何をしたの?」
「元王女だったと言う事しか知らない。今更だけど、もっと詳しく知りたくなって来た」
「元王女ってことは、女性なのね。普通に考えるなら、降嫁してメディサール侯爵と結婚していたと言う事よね。ルーシーさんが侯爵と呼ばれているなら、旦那様は亡くなったのかも」
「まぁ、そういうことだろうな」
「あのー、ルーシーとサファのお墓は塔の裏手にあります」
ピピが塔の方を指差す。
「ピピはルーシーさんと会ったことがあるの?」
「お二人共、いつも塔の中にいらっしゃいます」
ピピは嬉々として話してくれるけど、それって幽霊なのでは?
私は一歩、後退る。
でも、直ぐにマクスに腕を掴まれる。
「無理っ!幽霊怖い」
腕を振り払おうとしたら、麻袋のように抱え上げられた。
「嘘!あんまりよ!!怖いんだって!!」
「大丈夫。このまま担いでおくから」
少し笑い声なのが勘に触る。
「ピピ、このまま行くから、案内してくれ」
「はい、こちらへどうぞ」
私のことを完全に無視して、マクスとピピが魔塔へ足を進める。
あー、もう信じられない。
私は目を瞑り、マクスにしがみ付いた。
ドアをノックもせず、ピピは中に入った。
おれはキャロルを肩に担いで、そのあとを追う。
この魔塔の雰囲気はとても穏やかで心地よい。
花の香りもほのかに漂っている。
悪霊はこんな場所にはいないとおれの第六感が言っている。
怖がるキャロルも可愛い。
きっと後で怒られるだろう。
だけど、それもまた楽しみだとか言ったら、もっと怒りそうなので辞めておく。
中に一歩入ると明るい光が降り注いでいた。
もっと聖堂のようなものかと思っていたら、普通に家っぽい。
ここは玄関のようなスペースなのか、ふわふわのマットが敷いてあり、コート掛けもある。
正面のコンソールテーブル上の花瓶には生花も飾ってあった。
階段は左右の壁沿いにあり、弧を描くように二階へと続く。
「殿下、二階へ行きましょう」
「分かった」
ピピがピョンピョンと跳ねながら、階段を上って行く。
おれも後へと続いた。
二階には、両開きの大きな扉があった。
ピピはドアの横に吊るしてある小さな鐘を鳴らす。
シャーンと不思議な音色が響く。
「はーい」
確かに扉の先から声がした。
「ピピです。友人と遊びに来ました」
「どうぞお入りください」
扉の先から返事が返って来た。
これ幽霊なのか?というくらい普通の遣り取りである。
「殿下、入りましょう」
ピピは、おれの方に振り返った。
「ああ、ドアはおれが開ける」
キャロルを抱えたまま、扉を押し開けた。
おれの首にしがみ付くキャロルの力が強くなる。
「ようこそ、魔塔へ」
中にいた長い銀髪の女性はそう言うと、おれへ向かって微笑んだ。
彼女の横には茶色い巻き毛で青い瞳の青年が笑顔で立っている。
「初めまして、おれはソベルナ王国の王太子マクシミリアンです。抱えているのは妻で王太子妃のキャロラインです」
「キャロラインさんは大丈夫ですか、どこか具合が悪いのでしょうか?」
「ルーシー、まず自己紹介をしたほうが良くない?」
彼女の横の青年が口を開いた。
「あ、確かにそうね。私はルーシー、B・ソベルナ・メディサールです。彼は夫のサファ・メディサール。昔は侯爵だったの」
「色々お聞きしたいことがあってここに来ました。妻は怖がっているだけで、、、」
おれが言いにくそうに言葉を濁すとルーシーはふふふと笑った。
「キャロラインさん、大丈夫よ。私たちは悪霊ではありません。ここは天国だと思えば怖くないのではないかしら?」
キャロルが何かごにょごにょとおれの首のあたりで呟いた。
「大丈夫だ。怖くない」
おれが話しかけるとキャロルはゆっくりと顔を上げた。
「え、えええ、あー、本当に普通のお家!?」
ブツブツ言いながら、辺りを見回している。
「キャロル、ルーシーさんたちもいるから」
キャロルが頑なに声の方へ視線を向けようとしないから、そろそろ見たら?という気持ちを伝える。
とても強張った表情でオレに抱っこされたまま、キャロルはお二人の方を見た。
「怖いお化けじゃなかった・・・すみませんでした」
小声でキャロルがお詫びを言う。
ルーシーさんとサファさんが声を上げて笑い出した。
「キャロラインさんは愛らしい御方なのね。殿下、可愛くて仕方ないでしょう?」
「ええ、その通りです」
おれがすんなり認めると目の前の二人は笑顔で受け止めてくれた。
「さて、立ち話もなんだから、座ろう。こちらへどうぞ」
サファさんは、広い部屋の中心にあるソファーを指差した。
「マクス、降りる」
キャロルがおれの耳元で囁く。
おれはゆっくりとキャロルを床に降ろした。
「急にお邪魔して申し訳ございません」
キャロルは挨拶と共に優雅なカテーシーをした。
「あら、そのご挨拶は懐かしいわ。ご丁寧にありがとう」
ルーシーさんは微笑んでいた。
思っていた以上に和やかな雰囲気で、マクスに抱えられてきた私は戸惑いを隠せなかった。
父に聞いていた魔塔とはかけ離れ過ぎていて、あの逸話は何だったのだろうかと。
でもこの目の前の出来事こそが現実なのだ。
死んでいるはずのお二人が何故ここに留まっているのか、過去に何が起こったのかを知りたい。
ソファーに四人と一羽で腰かけた。
私達のお向かいにルーシーさんとサファさんが座っている。
ルーシーさんが徐に指をパチンと鳴らした。
目の前のテーブルにお茶とお菓子が現れた。
「ピピの大好きなキャロットケーキもあるわよ」
ルーシーさんはピピの前にケーキが乗ったお皿を置いた。
「ルーシーさん、ありがとうございます」
ピピは嬉しそう。
「お二人も遠慮なく召し上がれ。私たちはお食事しなくても大丈夫なのよ。気にしないでね」
「はい、ありがとうございます」
マクスがお礼を口にして、紅茶を一口飲んだ。
あれ?毒見スプーンはしなくて良いの?
もう飲んじゃったから今更か。
私もペコリとお辞儀をして、紅茶を一口いただいた。
あー、いい香りがして美味しい。
ここは本当に魔塔だよね?
「さあ、聞きたいことが有るのだろう?僕たちで分かることは何でも答えるよ。久しぶりのお客様でうれしいね、ルーシー」
「ええ、最後に来たのはロレンスかしら。でも、建物の中に入って来た人間はあなた達が初めてだわ」
「叔母は何をしにきたのでしょうか?」
ルーシーさんの言葉に間髪をいれず、マクスが聞き返した。
「恐らく魔塔を探りに来たのだと思うわ。でも、私達が認めないと塔の中に入ることは出来ないの。だから、彼女と直接お話しとかはしてなくて、、、。それでも、お墓や転移ポイントには気が付いたかも知れないわね」
なぬっ?転移ポイント!?
「こちらには転移ポイントがあるのですか?」
今度は私がルーシーさんの発言に食いつく。
「ええ、昔、私と王家で色々あったの。それで、ここにはブカスト王国の王都へ転移するポイントがあるのよ」
「ブカスト王国ですか、、、」
何故?と、表情に出してみる。
「私たちの昔話が聞きたいの?」
ルーシーさんは、私たちに問いかけた。
「はい、是非お聞きしたいです」
私が即答すると、ルーシーさんはサファさんと何かを相談し始めた。
私とマクスはその間、出されたお菓子に手を伸ばした。
「マクス、これ、このサブレはナッツが入っていて美味しいわ」
「ああ、調子が出て来たなキャロル。良かった」
私が喋るとマクスが嬉しそうな顔をする。
確かに幽霊が怖いと騒いでしまったけれど、嫌なものは嫌なのだから仕方ない。
大体、目の前の死者二人があまりに普通に過ごしているというこの状況が特殊な例なのよ。
「お待たせしました。では、私たちの時代に起きた事をお話するわね」
私は自然とマクスの手を握っていた。
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