2 ジャンとマクス
楽しい物語になるよう心がけています。
誤字脱字等のご連絡は感謝いたします。
練武場で模擬演習をしていると第一騎士団の団長が現れた。
「おーい、ジャスティン!!お前の姉さんが面会に来ているぞ」
――――ん?姉上が急に来るなんて、嫌な予感しかしない。
「はい、何処に行けばいいですか、団長」
「第三面談室に通してある。直ぐに行ってこい」
「はい、ありがとうございます」
僕はジャスティン。リューデンハイム男爵家の長男で十五歳。十七歳の姉が一人いる。昨年、ソードマスターとなり、歴代最年少でマクシミリアン王太子殿下の側近となった。僕と同じく、両親も父は第二騎士団副団長、母は第三騎士団団長という職についていて、国内を飛び回っている。
昨年まで領地で一緒に暮らしていた姉上は最近、使用人たちと領地経営を頑張っているらしい。
――――さてさて、良い話だといいのだけど………。
♢♢♢♢♢♢♢♢
お茶会を終えて急遽、弟のジャスティンに面会しなければとキャロルは王宮へ向かった。しかし、残念なことにジャスティンは王都の外れにある騎士団修練場で訓練中らしい。
いつもならここで諦めるのだが、今日は彼に大切なお願い事をしなければならないのである。キャロルは馬車に飛び乗り、修練場へと急いだ。
修練場に到着し、弟への面会を申し込むと、幸いなことにすんなりお部屋へ通して貰えた。ここで面会を断られる可能性も十分あると覚悟をしていた。
――――彼は弟と言え、マクシミリアン王太子殿下の側近だからだ。
さて、簡素ではあるが清潔感のある面談室で、ジャスティンを待つ。途中、ムキムキマッチョな騎士見習いの方がクッキーと冷たい紅茶を持って来てくれた。
(彼に比べたら、ジャスティンは細身過ぎる気がする……。大丈夫なのかしら……)
なーんて、余計なことを考えていたら、コンコンとドアをノックされる。
「はい」
「ジャスティン・リューデンハイムです。入ります」
キリっとした声。
扉を開けて入って来たのは、少し日焼けして男らしい顔つきになったジャスティンだった。
「ジャン!!久しぶり、元気にしてた?」
私は思わず立ち上がって、彼に近寄る。
(おお!背が高くなっている!!)
「姉上、久しぶり。王都に来るとは聞いていたけど、まさか、会いに来てくれるとは思ってなかったよ」
ジャスティンは笑顔とは裏腹に棘のある言い方をした。
(あー、この子は私が面倒ごとを持って来たと勘づいたのね。流石、マクス(マクシミリアン王太子殿下)の側近になるだけのことはあるわ……)
「んー、もう察しているみたいだから、余計なごまかしは無しにするわ。ちょっと面倒なことになって……。マクスと話がしたいの」
「は?殿下に急に会えるわけないだろう?」
「それが分かっているから、ジャンに頼みに来たのよ」
私を見るジャスティンの表情は明らかに呆れている。
「何をやらかしたの?」
「別にやらかしてはないけど、厄介な相手が現れたのよ」
「その話は長くなる?」
ジャスティンは私に尋ねた。
「それなりに……」
(あ、物凄く冷たい目……。怖っ……)
「今夜タウンハウスに帰るから、詳しい内容を聞かせてくれる?殿下を連れて行けるかは約束出来ないけど……」
「分かったわ。ありがとう」
(渋々ではあるけれど、話を聞いてくれるのね。良かったわ。後はタウンハウス(王都の自宅)で、ジャスティンの帰りを待とう……)
♢♢♢♢♢♢♢♢
あまり知られていないのだが、マクシミリアン王太子殿下ことマクスとリューデンハイム男爵家のキャロルは親戚なのである。王弟の妃がキャロルの叔母だからだ。
王弟と叔母が結婚した当時、第三王子と男爵家の令嬢の結婚など認めないというちょっとした騒ぎがあったらしい。
だけど、それは誰かが言いふらした噂を鵜呑みにした者たちが騒いだだけで、実際は王族の方々が女官として王宮で働いていた叔母を気に入り、すんなりと結婚話が進んだのだという。
やがて、王弟妃が子供を産み、キャロルが王宮へ遊びに行くようになると、マクスも彼女たちと一緒に過ごすようになった。
しかし、このことは世間一般には秘密にしている。
――――国王曰く、『子供たちを守るため』なのだとか……。
♢♢♢♢♢♢♢♢
タウンハウスに戻ったキャロルはドレスを脱ぎ、いつもの動きやすいワンピースに着替えた。
軽く夕食を食べてから、ラウンジに移動し、ジャスティンの帰宅を待つ。
「キャロル様、スージー女史からの報告書はこちらになります」
執事のベーカーはキャロルへ書類を渡す。
スージー女史は、我が領地の経理を担当してくれている方で、キャロルに領地経営を手取り足取り丁寧に教えてくれた恩人だ。
彼女は受け取った書類を捲って内容を確認していく。
(よし、予定通り領地の景気は好転、ついに赤字を脱したわ!)
ゆっくりと紅茶の入ったティーカップを口へ運びながら、キャロルは一年前にスージー女史としたやり取りを回想する。
キャロルが初めて目にした領地の決算書は、農作物が不作でも何でもないのに赤字……。
「これマズいわよね?」
「はい、お嬢様。主要産業がフル稼働でこの数字はわたくしも頭が痛いですわ」
一見、順調に見える決算書の数字を良く見てみると、リューデンハイム男爵夫妻が騎士団からいただいた報酬で病院や孤児院、道路整備などのインフラ代を補填していたのである。
領主の報酬は本来領地の飢饉や災害に備え、蓄えておくもの。
だが、それが全く確保出来ていなかったのだ。
今すぐ破綻すると言う訳ではなかったが、長期的に考えると今のうちに領地の産業だけで福祉やインフラも賄えるようにしておいた方が健全である。
――――さて、どうするべきか?
安易に税率を上げるというやり方では、領民を疲弊させてしまう。
「どうしたらいいと思う?」
キャロルはスージー女史に率直な意見を求めた。
「そうですね、新しいビジネスを考えるとか……。何か名物でも作りますかねぇ~」
スージー女史は首を捻る。
しかし、新しいビジネスを始めるなら、まず初期投資が必要になるだろう。
残念ながら、それは難しい。蓄えがないからだ。
(費用が掛からず、利益を上乗せする方法……。難問だわ……)
「うーん、この領地に必要なものを民に聞いてみようかしら」
「はい、私も他の領地で流行っていることなどを調べてみます」
生真面目なスージー女史らしい回答だった。
キャロルは何か良いアイデアを見つけようと、人々に聞き込みを開始する。
――――そして、辿り着いた我が領地の新名物……。
(それが、コルマン侯爵令嬢カレン様の耳に入ってしまうなんて……)
「あー絶対、マクスに怒られる」
キャロルは頭に両手を置き、怖い顔のマクスを思い浮かべる。
いつも優しい微笑みを浮かべている完璧王太子は、絶対に怒らせてはいけない人なのだ。
「ふーん、おれに怒られるようなことをしたのか?」
椅子の後ろから、聞こえてはいけない声がした。
キャロルはゆっくりと首を回して後ろを確認する。
「あー、もう何で!?一番聞かれたくないところを聞いてしまうの~!」
「キャロルが忙しいおれを呼んだんだろう。無理をして来たんだ。感謝しろよ!」
マクスは、艶やかな紫色の瞳で彼女をジーッと見詰めて、圧を掛けた。
「殿下、お忙しいところお時間を頂きまして、まことに申し訳ございません」
「はーい、良く出来ました」
マクスは小バカにするようなセリフを吐いた後、キャロルの頭を力強く撫でまわす。
「もう、ボサボサになるからヤメて!!」
キャロルが抵抗するとマクスはすぐに手を止めて、向かいの席に腰を下ろした。
「ジャンは?」
「あいつは執務室に置いて来た。今、おれの仕事をしている」
「それ、オカシクナイ?」
「おれは愛しのキャロライン姫を優先したんだ」
マクスはべ―ッと舌を出す。
(ムカつく!!)
「マクス、普段から本性を晒していたら、王太子に夢を見る女の子も減るんじゃない?」
「――――だろうな。でも、仕方ないだろ。そういう職業なんだよ」
マクス(マクシミリアン王太子)は、その名の通りこの国の次期王となる人だ。
彼は常に笑顔で愛想もいいクセに、婚約者どころか恋人の一人も出来ないまま、先日二十歳を迎えた。
今、社交界には彼の心を射止めたいと殺気立つ乙女が溢れている。
そして、キャロルが作り出したあの新名物がトンデモナイ騒動を起こしそうになっている……。
――――否、もう騒動を起こしているかも知れないけど……。
「それで、おれに急ぎの用事ってなんだよ」
「それは……」
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