19 ブカスト王国砂漠化を防げ 17 追いかけっこ
楽しい物語になるよう心がけています。
どうぞ最後までお付き合いください!!
「リチャード王子殿下、これ以上はマズいですって・・・」
エドモンドはここでリックを引き留めなかったら大変なことになるような気がして、必死に彼の腕を引いた。
――――半刻前。
六月八日の夜、仕事を終えた王宮文官エドモンド・ブリテン伯爵は王宮内の宿舎へ帰ろうとしたところで、フードを被った不審な子供を見つけた。場所は王宮の中庭から森へと続く道の入り口で、時刻は夜十時を少し過ぎたところだ。
月明りに照らされた子供の服は上品な艶があり、フードの周りや袖口に施されている刺繍は緻密で繊細。一目で一般家庭の子ではないと分かる。――――そもそも、ここは王宮なので一般家庭の子などいないが・・・。
「(あの背格好・・・)」
エドモンドの脳裏に第二王子リチャードの姿が思い浮かんだ。しかし、こんな時間にリックは一体、何をしているのだろうか?
彼は声を掛けるのを止めて、少しリックを観察してみることにした。
リックは森へ続く道をスタスタと歩いて行く。
「(まさか森の先にある王家の森までいくつもりなのだろうか?)」
王家の森は王族以外の立ち入りが禁じられている。リックは王族なので入っても問題ないが、エドモンドは足を踏み入れることが出来ない。
「(ただ、こんな時間に向かっているということは・・・、恐らく国王陛下の許可も取っていないだろう。これ以上は危険だ。――――そろそろ声を掛けてみるか・・・)」
一定の距離を保って尾行していた彼だったが、とうとう樹木の影から一歩、道へ踏み出した。
「リチャード王子殿下~」
今夜は風もなく森は静寂に包まれている。エドモンドが遠慮がちに発した言葉でも、リックの耳にしっかりと届くはずだ。
ところが、リックは立ち止まるどころか、全速力で前へ走り出した。
「しまった!!」
相手が一筋縄でいかない自由人だということをエドモンドは失念していたのである。彼は一歩遅れて、リックを追う。
――――予想していたよりもリックは足が速かった。そして、エドモンドは運動が苦手で・・・。
「(ハァ、ハァ、子供相手だというのに・・・)」
二人の差はなかなか縮まらない。
「ま、待って下さい~~~。リチャード殿下~~~」
エドモンドは息の上がった声で必死にリックへ呼びかける。しかし、リックは振り返りもしなかった。
「ハァ、ハァ、ハァ・・・。もうダメだ・・・」
エドモンドは足の力が抜けて、草の上へ倒れ込む。
「(子供一人捕まえられないなんて、情けない・・・)」
彼は身体を翻して、草の上で大の字になる。呼吸が上手く出来なくて胸が苦しい。
夜空に雲はなく、星々がキラキラと輝いていた。
「(呼吸が整ったら、王宮へ急いで戻って殿下に報告しよう。騎士団を出して貰った方がいい。それが一番間違いない!)」
「ねぇ、もう終わりなの~?」
「うわぁ~~~~!!」
エドモンドは悲鳴を上げた。
音もなく近づいて来て、耳元で囁かれたからである。言うまでもなく犯人はリックだ。
「(ハァ~~~~~~。リチャード王子殿下・・・。心臓が・・・、動悸がする・・・)」
エドモンドは胸を抑える。
「え~、大丈夫!?痛いの?」
「――――いえ、痛くはありません。ただ、ちょっと驚いてしまって・・・」
「ふ~ん」
リックは彼の隣に座った。
「追っかけっこだと思って走ったんだけど、全く追い付いて来ないから変だな~と思って戻って来たんだ」
「すみません。運動は苦手で・・・」
「そっか~、そういう大人もいるんだね」
「はい、どちらかというと勉強の方が得意です」
「えっ!そうなの!?じゃあ、教えて欲しいことがあるんだ!!」
嬉々とした声を聞いて、エドモンドは嫌な予感がする。
「僕、ブカスト王国のオアシスに行きたいんだけど」
「オアシス・・・。砂漠地帯にあるオアシスですよね?」
エドモンドは夕方の出来事を思い出す。黄龍軍が上げてきた報告書でひと悶着あったからだ。
「リチャード王子殿下、砂漠地帯は危険です。情報を知っていてもお教えするわけにはいきません」
「え~~~」
不満げな声が辺りへ響き渡る。しかし、ダメなものはダメである。
「(大人でも生命の危機を感じる砂漠地帯にリチャード王子殿下を連れて行くなんて・・・、考えただけでも恐ろしい・・・)」
「では、リチャード王子殿下が『オアシスへ行く許可』を陛下から貰えた時にお教えします」
「ケチ!」
「(悪態が酷い・・・。同じ兄弟だとは思えない)」
エドモンドはマクスが王子だったころから仕えているが、彼は基本的に品行方正で、本心を曝け出すのはごく親しい者だけに限る。だから、リックのように誰彼構わず、感情を露わにしたりすることはなかった。
「(マナーを厳しく指導して下さる教師でも付けた方がいいのでは?このままの状態で大人になったら、恐ろし過ぎる・・・)」
「何と言われようと譲りません」
エドモンドはキッパリと言い返した。
「分かった。じゃあ、僕はこの先に用事があるから、もう行くね~」
「はい!?――――いやいやいや、ちょっと待って下さい!!」
エドモンドは飛び起きて、リックの腕を掴んだ。
「(これ以上進んだら、王家の森、いや、魔塔に・・・)」
「離して~~~~~」
「絶対に離しません!!」
「どぎゃんしたとね~?」
聞き慣れない言葉が聞こえて、リックとエドモンドは振り返る。しかし、そこにいたのは真っ白でモフモフな羊が一匹。
「ん?今、言葉が聞こえたような気が・・・」
エドモンドはボソッと呟く。
「おいは言葉を話せる羊やけん。おかしゅうなか」
「え~、何!?何と言ったの~?全然、聞き取れないんだけど~!!」
リックは羊の発した癖の強い言葉が聞き取れないと騒ぐ。
「きゃ~、失礼な坊ちゃんやね~。おいの言葉が分からんとね。――――まぁ、よか。で、あんたら、こんな時間にここで何しとると」
正直なところ、エドモンドも羊の言葉はあまり聞き取れておらず・・・。
「私は王宮文官のエドモンドです。彼はこの国の第二王子リチャード殿下です」
一先ず、挨拶をして誤魔化した。
「おおおっ~、あんた王太子さんの弟さんね。で、あんたは文官さんなんやね!」
羊はリックとエドモンドの顔をまじまじとみる。
「うん、そうだよ」
「そいで、気付いとるのかは知らんばって、この先は魔塔しかなかよ。何しに行くと?」
「ブカスト王国に行きたいから」
「あんた、(魔塔の秘密を)知っとるのか・・・」
「うん、知っとるよ」
リックは羊の口調をマネして言い返す。彼の順応性にエドモンドはちょっと驚いた。
「じゃあ、一緒に来んね」
羊は身軽にピョンと跳ねて、森の奥の方へ歩き出す。リックはそれを追おうとして・・・。
「あっ!」
腕をエドモンドに掴まれていたことを思い出す。
「離して~」
「いや、殿下、これ以上はダメですって・・・」
羊のおかしな言葉の影響で、エドモンドも砕けた口調になってしまう。
「でも、僕は行かないといけないんだ。――――ブリデン卿、手を離せ!!」
「命令口調で言ってもダメです!!離しません!!」
「え~、僕は王子なのに~」
「そういうのはダメです!!王子なら尚更、民の模範となるべく、己を律して日々精進しなければなりません」
「エドって、頭堅いよね~」
腕をブンブン振りながら、リックは悪態をつく。
「文官は頭が固くないとダメですからね!」
「そうなんだ~。じゃあ、エドは優秀なんだね~。心配なら付いて来ていいよ」
「魔塔のある王家の森には王族の方しか入れません!!」
「いや、あんた、ここは王家の森やけど?」
リックの背後から羊がツッコミを入れる。
「(王家の森!?いつの間に・・・)」
「エドもルールを破ったから、僕と一緒だね!」
「一緒にしないで下さい!!!ああああ、どうしたら・・・」
エドモンドは禁足地に踏み込んでしまったと狼狽える。
「文官さん、助けを呼ぶにもここはダメさ。おいに付いて来た方がよかよ」
「――――わ、分かりました。あのう、失礼ですがあなたは・・・」
「おいは羊のマックばい。王太子さんとキャロちゃんとは知り合いやけん。安心しとき」
「なんと!あなたが羊のマックさんでしたか!魔力を処理していただいて助かったと殿下から聞いております!」
エドモンドは先日のブカスト王国絡みの陰謀事件でマックが活躍したとマクスから教えてもらっていた。
「そうね~。おいのことば知っとんのなら、話は早かね~。さ、安全なところに行こうかね」
相手が何者かが分かり、エドモンドは警戒を解く。しかし、ここは王家の森・・・。
このあと、エドモンドは恐ろしい経験を積むこととなる。
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