100 絶体絶命
楽しい物語になるよう心がけています。
誤字脱字等のご連絡は感謝いたします。
今日の十時から正午迄は王都パレードだ。
おれ達は馬車に乗って、王宮から大通りを進み、賑やかなハーベスト通りに入って、王立図書館の横を通り過ぎ、王都の中心にあるマルガリータ広場の噴水を回って、そこからはアネモネ通りを進み、また大通りに入ってから、王宮へ戻って来る予定となっている。
既に、第一騎士団を中心に昨日から警戒体制を高め、王都への出入りは厳しい検問を通り抜けなければならない。
また、各国の賓客も多く滞在しているため、第三騎士団が要人警護に回っている。
そして、十九時からは王宮の大ホールで、夜会が開催される予定だ。
こちらは各国の賓客と我が国の伯爵位以上の貴族が参加出来る。
しかしながら、招待状も持っていないのに無理を承知で押しかける貴族は必ずいる。
そちらは、緊急時にしか召集しない王都警備隊が対応するとの事。
ともかく、国を挙げた大きな行事だけに、猫の手も借りたい状況であるのは間違いない。
その主役とも言える王太子妃キャロルは、パレードと夜会では当然ながら、違うドレスを着用する。
キャロル曰く、まず、コルセットを巻くだけでも数時間は掛かるのよ、と。
充分細いのに、これ以上何処を絞める必要があるのだろうか?
ドレスを着たことがないおれには分からない。
まぁ、その他にも化粧をしたり、髪を整えたり、多くの小物を身に付けたりと、とにかく準備には時間と人手が掛かるというのは分かった。
晴れの日だというのに、夜明け前、侍女三人組のサリー、マリー、エリーが、キャロルを寝室まで迎えに来て連れて行った。
目下、おれは彼女に会わせてもらえない状態だ。
この後の王都パレードで、キャロルは純白のドレスを着る。
花嫁衣装の王道、純白のドレス。
先月の婚姻の儀式は、父上とおれだけで済ませてしまったから、キャロルの花嫁姿をようやく拝めると思えば嬉しい。
早く会いたい。
絶対、可愛いと思う。
それはそうと、おれは王都パレードも初めてなんだよなぁー。
前回の王都パレードの開催は、父上と母上の結婚した時だったというから、見たことがないのは当たり前だけど、、、。
〝王都パレード"って、どんな雰囲気なんだろう。
おれは王国民の反応が楽しみで、既にワクワクしている。
なにより、皆はキャロルの美貌に驚くだろう。
おれが、恋焦がれて、ずっと大切に隠していたお姫様だから間違いない。
沿道から多くのお祝いの言葉を浴びて、キャロルが自信を付けるキッカケになるといいな。
これからは、キャロルも気軽に王都を歩けるようになるだろう。
また一緒にカフェにも行きたい。
色々な想像を巡らせながら、おれは自分の準備を徐々に進める。
何しろ、早朝から使用人たちはキャロルに付きっ切りで、全く人手が足りていないのだ。
今日は王太子だろうと特別扱いはされないらしい。
むしろ、殿下は一人で出来ますよね?といった雰囲気になっている。
コンコンとノックの音が、部屋に響く。
「兄様、わたしよー」
エリー(妹エリザベス)の声がした。
「どうぞ」
おれは声だけで返事をした。
間が悪く、リボンタイを結んでいるところだったから仕方ない。
ガチャっと、ドアを開けてエリーとリック(弟リチャード)が入って来た。
「兄様、今日はおめでとうございます」
「兄上、今日はおめでとうございます」
二人は声を揃えて言った。
いつもは仲の悪い二人が揃って来るだけでもかなり珍しい。
「ありがとう。今日は仲が良いんだな」
「兄様は一言余計だわ」
エリーがボヤく。
「兄上、お一人でご準備されているのですか?」
リックは、キョロキョロと室内を見回す。
使用人が出払っていることに、驚いたのかも知れない。
「ああ、今日の主役はキャロルだから。皆、花嫁の準備に行っている」
「じゃあ、わたしとリックが兄様のお手伝いをしてあげようか?」
エリーが、提案して来た。
「じゃあ、頼もうかな」
おれがそう言うと、二人はニコッと笑った。
正直なところ、鏡では後ろが確認しづらくて困っていた。
エリーとリックが来てくれて助かった。
二人が見守る中、着替えはスムーズに完了。
後はジャケットを羽織るだけという状態で、ドレッサーの前に座る。
髪をどうするか、、、。
無駄にサラサラな長髪だから、こういう時に悩む。
前髪だけ上げるのは、オカシイよなぁ。
「エリー、リック。こういう時、髪型はどうしたらいいと思う?」
いつもの様に後ろで束ねて、リボンで結ぶか、横で束ねるか、、、。
どうもシックリこない。
「ねー、ねー、兄様。どうせなら、肩に付かないくらいで切っちゃえば?その方がカッコいいと思うわよ」
「エリー、それはリスクが高いだろう。本番前に大失敗したらどうするんだよ」
エリーの思い切りがいい提案に、おれは二の足を踏んだ。
「兄上なら、魔法でチョキチョキって、出来ないの?」
リックは手をハサミにして、自分の頭を切る真似をする。
おれは魔法で髪を切るとか、一度も考えた事が無かった。
面白いアイデアだ。
今後の魔法使いの職業として美容師も提案してみよう。
「他にも魔法でしてみたい事とかあるか?」
二人に向かって尋ねる。
「お掃除とか?」
エリーが答えた。
「僕は遠くに行く時に使いたい」
「転移とかか?」
「そう、馬車の整備とか、馬を休ませたり交換したり、時間と手間がかかり過ぎるから」
なるほど、転移ポイントに送り専門の魔法使いを置いておけば、上手く使えるかも知れない。
おれが、多くの可能性を考えていると、二人は溜息をついた。
「兄様、どうせ考えるならキャロル姉様のことにしたら?今日は二人の一生に一度のお祝いなのよ。で、プレゼントは渡したの?」
「プレゼントー!?何を渡したの?僕も聞きたい!」
二人は、興味津々な顔で、おれを見る。
結婚でプレゼント?そんな慣習あったか?
初めて聞いたんだけど、、、。
「ま、まさか、、、」
エリーが口元を覆って、信じられないと言う目でおれを蔑む。
その横で、リックもエリーのマネをした。
こういう時は息が合うらしい。
それはさておき、その慣習が当たり前の事なら、おれは不味くないか?
本当に何も用意してない。
今から?いや、かなり厳しいぞ。
ヤバい、血の気が引きそうだ、、、。
「エリー、その慣習で一番人気があるプレゼントは何だ?」
背に腹は代えられない。
妹と弟に教えて貰おう。
「人気?人気ねぇ、、、。わたしの友達は結婚式の時、誕生石や相手の瞳の色の石が付いたアクセサリーを貰っていたわ。あと、変わり種としては、くまのぬいぐるみを貰っていた子も居たわ。お花は枯れるからダメなのよ。あと刃物も」
危なかった。
おれ、花にしようかと一瞬考えたよ。
「要は普遍的というか、縁起担ぎというか、切れない割れない物なら良いのだと思うわよ」
「なるほど」
「その様子なら、やっぱり、兄上は用意して無かったんだよね?」
リックは、エリーの袖を引いた。
「お母様の予想が的中だわ。兄様、家族に感謝した方が良いわよ。ちょっと待っていて」
エリーはそう言うと部屋を出て行った。
「兄上って賢いけど、時々ポンコツだよね」
リックは鏡越しにキツイことを言ってくる。
言い返せないのが悲しい。
おれ、まだ髪型も決まってないのに、どうしよう。
ガチャっと音がして、エリーが戻って来た。
「ほら、コレなのだけど」
エリーは、金色で絹張の小さな箱を、おれに差し出した。
綺麗な水色のリボンが掛かっている。
「これは?」
「リボンを掛けているから、開けられないけど、中身は兄様とお揃いのサファイアのピアスよ」
エリーは腰に手を当てて、ドヤ顔でおれに言った。
「エリー!!!助かった。本当にどうしようかと思ったーーーー!ありがとう」
「良かったね、兄上」
リックにまで慰められる始末。
おれは自分が情けない。
「本当にありがとう!!」
「お礼はお父様に言った方が良いわよ。準備をしていたのは、お父様だもの」
「母上じゃないのか?」
「お父様よ!」
「そうか。後で、お礼を言うよ」
「ええ、喜ぶわよ。多分」
エリーは、何かを想像したのか、クスクスと笑っている。
「ところで、話を戻したいんだけど。髪型が、、、」
「んー!もう、ちょっと待っていて!!」
エリーは、再び走って出て行った。
おいおい、淑女はドレスで走ったら、、、と、言い掛けて辞めた。
今、エリーの機嫌を損ねるのは悪手だ。
「兄上、僕達が知らない間に大きな事件があったのでしょう?」
リックが肩に寄りかかりながら聞いてきた。
「あったな。だけど、まだ話せないところが多いんだ。落ち着いたら必ず教える。だから待っておいてくれ」
「怖いお話?」
「まあまあ怖いかもな」
「じゃあ、まだいい」
キャロル、怖いのが嫌いな仲間がここにいたぞー。
「あのね、トッシュ王子の事なんだけど」
「どうした突然?」
「お友達になってもいい?あと僕も魔法を習いたい」
「いいんじゃないか。トッシュは物知りで面白いぞ。次の授業の時はお前にも声を掛けるよ」
「本当に!?」
物凄く嬉しそうな顔をする、リック。
自分から仲良くなりたいと思っただけでも偉いぞ。
さてさて、脱線しまくりで、おれの準備はどうなるんだ!?
「エリーは何処に行ったんだろうな」
「うーん、僕には分からない」
リックは両手を挙げて、“知らない“のジェスチャーをした。
バン!!ドアが急に開いた。
物凄くビックリしたんだけど。
何事?
振り返ると、エリーと一緒に立っていたのは、手に小ぶりのハサミを持った宮廷園芸部責任者エヴァンスだった。
おい、おれは植木じゃないぞ!!
「あのう、殿下、本日はおめでとうございます。お呼びだと聞いて参りました」
エヴァンスは、申し訳なさそうに上目づかいで挨拶を口にする。
間違いなく、エリーに無理やり連れて来られたのだろう。
「すまないエヴァンス。エリーが無理を言ったのだろう?」
「え、いえ」
「兄様、失礼ね!私はちゃんと適任者を連れて来ました!!」
自信満々のエリ―。
おれ、このまま剪定されるのか?
嫌な汗が背中を伝った。
最後まで読んで下さりありがとうございます。
面白いと思ったら評価、感想のほど、どうぞよろしくお願いいたします。