03
馬車が到着した。それも公爵家の紋章がでかでかと描かれている馬車で、回帰前には一回も乗ったことのなかった公爵家一番の馬車だ。
「お嬢様、どうぞ」
手を差し出したのは、回帰前エルサと共に私を守ってくれた騎士団長であるシアンだ。鮮やかな赤髪にすらっとした長身の彼はその身を挺して私を最後まで信じてくれた一人。私が死んだあとエルサやシアンがどうなったかまでは知る術がなく、どうすることもできないが私の無実を叫び続けた彼らが無事であることを今でも願っていた。
私は馬車に乗りこんで、シアンと会話が出来るように馬車の小窓を開けた。
「ねえシアン。私アンに会いに行きたいのだけれど」
「アン…ですか?彼女はやめておいた方が良いかと…。危険な女性です」
「だから良いのよ。彼女の魔力と体術は凄まじいものだわ。私はそれを学びたいの」
アン。彼女は平民ながらに中央の街では知らない者がいないほど有名な魔導士であり、この世界の魔力評価で最高峰のプラチナの持ち主だ。せめて誰にも舐められないように、自分にしかできない技を習得しておくに越したことは無い。
「アンはいくら貴族たちが金を積んでも弟子を取らないと有名ですし、あまり接触するのは…」
金なんかでアンを説得させられるわけがないだろう。アンが求めている物は金でも人脈でもなく『本』だ。彼女は本のためなら自分の身を危険に晒すことも躊躇わないほど本への愛が凄い人物で、そんなアンはラッキーなことに平民だ。だから、公爵家の書物は彼女にとっては宝でしかない。それで、釣るしか方法はないだろう。
薄暗い裏路地に、それの入り口はあった。ドアは壁と同じ色に塗られておりドアノブすらなく、ある言葉を呟くとその扉は開いた。足元に真っ黒な野良猫がすり寄ってきたがその子をひと撫でして、その怪しい部屋に入っていく。
「シアンはここで待ってて」
暗闇だった。明かりは疎か人の気配すら感じないその部屋はアンのアジトだ。有名な魔導士として、暗殺者や弟子を申し出る輩が多く存在し、しびれを切らしたアンは誰にも見つからないようここにアジトを作った。と、回帰前の未来では本になるほど有名なストーリーだ。
「誰」
一つの赤い光が眼を刺激した。おそらくアンの魔法だ。
「どうして、扉を開けられたの。…?ああ、もしかしてペネロペ?」
…!?私の名前を知っていた。私は社交界にも顔を出さない病弱令嬢だったというのに、アンとは一度も会ったことがないはず。ぱちん、と赤い光が消えて、部屋の電気が付いた。一瞬眩しくて目をつぶり、また開けると、そこには黒髪の女性…アンがいる。