02
「エルサ、出かける準備をしてちょうだい」
「え…で、ですが公爵様はお出かけを許可されていません。まずは申請を…」
「その必要はないわ。今日からは自由に出かけるの。あなたが罰せられることは無いから、安心して準備して」
いつまでも部屋に籠っていたら、それこそ悪いように洗脳されてしまう。幼少期から地道に洗脳された回帰前ではその呪いのようなものはとてつもなく強力だった。目に見える魔法ではなければ正確に呪いというわけではない精神的な縛りはそう簡単に開放されるものではない。また回帰前と同じ道筋を辿るのは絶対に避けなければいけないのだ。だから早くにここから逃げ出せるように、誰にもばれずにこっそりと抜け出す準備を進めなくては。
まず絶対に必要なのはお金。お金がなかったら宿に泊まれなければご飯すら食べられないのだ。それは宝石類を売ればしばらくは生きていけるだろう。あとはドレス…ではない洋服。これからは平民として生きて行けるように仕事も必要だ。後はやはり、あの二人や、回帰前私に熱烈にアプローチした挙句裏切ったこの国の皇太子。セドリック・リリークから自分の身を守れる力。相手は一国の皇太子だ。簡単に奴を遠ざけることは難しいだろう。
「お嬢様、お支度が出来ました。ですが…本当に良いのでしょうか。私たち使用人はお嬢様の指示に従いますが、公爵様は危ない街には出かけるな、と」
「いいの。どうせ騎士がついて行くでしょう。それとも、公爵家の騎士様はそんなに頼りないのかしら」
「いえ…」
自分のことは自分で守る。そのために今から『あそこ』に向かうのだから。
やはり、馬車は用意されなかった。父様が許さない限りは馬車を使わせることはできない、と。私が使用人になめられていた証拠だわ。きっと今頃父様の元に私の情報が届いている頃だろう。ペネロペが好き勝手していると。
「そこのあなた。今すぐ馬車を用意してちょうだい。それも、紋章の付いた馬車をね」
冬の外に出てきて一番に執事に声を掛けた。あっと驚いたように背筋を伸ばしなおした執事は口をもごもごとさせ、私の命令には従わない。
「何をしているの。早く」
「で、ですが」
公爵令嬢に、私に、逆らうということがどういうことがこの人はわかっていない。今公爵家の全権限を握っているのは私で父様はただの見せかけの公爵だ。それを理解したうえで私の命令に逆らうというのなら私だって容赦はしない。
「あなたは誰に仕えているの」
「公爵家の当主様です…」
「そう、なら良かった。さっさと馬車を用意しなさい。できなければあなたは解雇よ」
これで意味がようやく通じただろう。使用人だって私が全部の仕事を背負っていることを知っていながら、回帰前の性格によってほとんどの使用人が私を舐めていた。私だけはどんな扱いをしても良いと、私や公爵家に無関心な父様には何も咎められないと。
父様は知らないでしょうね。公爵家の財産が今どうなっているのか。今の公爵家の財産は数年生活できるかも怪しいのだ。私が少しづつお金を宝石に変えて蓄えていた分を父様は知らない。公爵家の財産事情まで私に任せっきりにしていた罰ね。信用できない者に、お金の管理は任せるな、と母様に言われていた意味をよく理解したわ。