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件の資料を貰った翌日の一限目、花夜子と夏帆は同じ講義を受ける為に廊下を歩いていた。
「アメダマ様?」
「そう、アメダマ様。名前と儀式の仕方、供物の種類まではわかったけど何故か名前だけはカタカナでそこが気になってるの。あと生贄についての記載が無かった。」
「生贄って必要なものなの?あと、供物と生贄って別物?」
「位の高い神様には基本必要ないよ。特に今なんて伏見稲荷とか伊勢神宮とかで本物の人身供物使ってるってなったら大問題でしょ。」
「確かに…。」
教室に入り好きな席に隣合って座る。廊下側の真ん中より少し後ろ辺りが二人がいつも座る場所だ。時間はまだあるが講義の準備をしつつ二人は話し続ける。
「逆に言えば昔は位が低くて地域特有の土地神様とかは供物とは別の生贄を捧げる事で信仰心を高めてたの。それで天災を退けて貰おうとしてたんだよ。」
「つまり信仰心があれば必要ないって事ね。」
「そう。それが神様の力になるから。あと、供物は供物だよ。供犠である事に変わりはないよ、種類が違うだけで。」
「生贄にも種類があるの?」
「ある。人身供物は簡単に言えば神に嫁ぐから祝福されるもの。」
贄であるにも関わらず祝福と聞いた為夏帆はうげぇと顔を顰めた。
「人柱は鎮めるためのモノ。だから縛られたまま水に沈められたり、生き埋めにされたりする」
「うっわぁ。」
「物凄い顔をしてるけど、私は夏帆に全く同じこの話を軽く三十回はしてる。これ、どういう意味がわかる?」
ちろり、と花夜子が夏帆を見る。少し鋭い目線に夏帆はいや〜と言いながら笑った。
「マジでごめんなさい。」
「いいよ、私も説明しながら話するの楽しいから。覚えて貰えないのは悲しいけど。」
「ホントウニゴメンナサイ。」
講義開始のチャイムが鳴り、講師がハンカチで汗を拭きながら入ってきてそこで会話は終わった。夏が近づき暑さが出てきた五月の終わりの今、エアコンはまだ動いておらず生徒達は汗を垂らす。夏帆はあちぃ〜と言いながら下敷きでパタパタと仰いでいたし花夜子も首筋に汗が滲んでいた。その時花夜子の耳元でポチャン、と水滴が落ちる音がした。自分の汗が落ちたのかと思ったが明らかに違う涼し気な、水に雫が落ちた様な音で思わず辺りを見渡した。夏帆が気づきどうかした?と聞いたが教室に水溜まりがある訳もなく何でもないと答えた。
花夜子は気のせいかと思い講師の説明に耳を傾けようとしたがまた雫が落ちる音がして、そして、視界が真っ暗になった。花夜子は驚き小さく息を吐く。今までいた教室は見えず右も左も上も下も突然真っ暗になった。椅子に座ってはいるが椅子すら見えない。身動きも出来ないでいると雫が落ちて目の前で波紋が広がった。波紋の奥の方から音楽が聞こえてくる。この暗い場所に似合わない明るく心が踊るような曲が。暗くて湿気の強いこの場所からに逃げてその曲が聞こえて来る方へ駆け出してしまいそうになった時、花夜子の耳元で声が聞こえた。
「いってはいけません」
ハッと息をした時にはもう教室にいた。隣には夏帆が変わらず下敷きで仰いでいたし講師の話もさっきまで聞いていた内容から離れていない。本当に一瞬の出来事だったようだ。講義が終わり道具を片付けると夏帆がねぇ、と話しかける。
「大丈夫?」
「気付いてたんだ。」
「突然隣で目かっぴらいて口開けてたら気付くよ。」
「アホ面してたの私。ねぇ、夏帆。」
「すんごい嬉しそうな顔してるね花夜子。」
「もちろん!だって…神様に会えたんだよ!」
ニッコリとさっきまで普通の人なら怯え叫ぶような体験をした人とは思えない笑顔で言った。