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誤認?逮捕

機械的な音声が聞こえた直後、1〜2秒ほどちひろの体は奇妙な浮遊感に包まれていた。

横たわりながらその場でジャンプしている様な感覚。


「ぐえっ…!」


ジャンプした様な感覚なら、当然着地も待っている。

石のような冷たく硬い何かに全身を叩きつけられ、意外と痛いその感覚にもぞもぞと身悶えする。


そして ———ジャラ、と。

悶える動きを阻害される様な感覚と、身に覚えのない金属音がちひろの耳に入った。

音がする方向に視線を向けると、そこには自分の四肢を縛る、極太の鎖で繋がれた拘束具。


「……………」


じゃらじゃら、と鎖を手でいじるちひろ。

通常の鎖の数十倍の大きさはあるであろうそれは、ちひろの細い腕と足をガッチリと拘束しており、冷え切った石床に体全体をかっちりと固定されていた。。

ぎゅっと鎖を握りしめ、数秒の間、時間が止まったかの様に沈黙が流れる。




「お、おんぎゃああああああああああああ—————!!」



ちひろは、この上なく取り乱した。

この世界へ転移してまだ2時間弱、右も左もわからないまま気づけば石造りの小部屋で磔にされている現状にちひろの心は危機感と恐怖、そして不条理の感情が入り混じり、酷くかき乱された。

理性がぐんぐんと削られ、次第に拘束具によって痛み出した手足を気にすることなく、動かせる限界可動域で全身をバタバタと振り回し始める。


「やだやだ!何これ何これ、え?まってまって、俺の異世界チーレム生活はどうなったの? ステータスオープン! ストレージ! アイテムボックス!」


「———何を騒いでいる。」


ちひろが監禁されている小部屋の、唯一の出口である木製のドア。

そのドアが勢いよく開け放たれ、1人の女性がちひろの前に現れる。

肩まで伸びた金髪は薄暗い小部屋にもかかわらずどこか光沢を感じさせ、瑠璃色の瞳は、今もちひろを真っ直ぐに睨みつけている。

すらりと伸びる長い手足と細い体には黒と緑を基調としたスーツを身に纏い、腰から下げている木製?と見られる棒切れが特徴的な、所謂『美少女』が、そこに立っていた。


先程までの奇声はどこへやら。突如として現れた美少女にすっかり目を奪われ、冷たい小部屋の中はギシギシとドアの金具が軋む音だけが響いていた。


「おい、お前だろう。先ほどから訳のわからないことを騒ぎ立てていたのは。」


彼女はその大きな瞳を不愉快そうに歪め、吐き捨てる様にちひろへ問いかける。

違う意味ですっかり我を忘れていたちひろは、恐らく限りなく高い確率で自分の現状を全て把握しているであろう人物との邂逅に歓喜した。

ちひろは首を上げ、せめてもの誠意として精一杯彼女へと視線を合わせる。



「僕は何もしてないワン。無実の罪でこんなところに閉じ込められてる可哀想な男の子だワン。」


バタンと叩きつける様にドアが閉められ、金髪の彼女が部屋から出て行った。

冷たい小部屋に、再び静寂が訪れる。


「待って嘘嘘!!ちょっとしたジョークじゃんジョーク!!俺と君の心の壁を取り払うア・イ・ス・ブ・レ・イ・ク!!頼むからカムバーック美少女ちゃーん!!!」


冷たい小部屋に、再度静寂が訪れる。


「え、ちょっとマジー?あの程度のジョークを寛容できないってマジヤバくね?頭カッチカチっていうかー、胸もカッチカチだったっていうかー?」


冷たい小部屋に、三度静寂が訪れる。


「ごめんなさい!本当にごめんなさい!!自分、調子乗ってました!マジ許してください!ほんの出来心だったんです!」


すると、こんどはゆっくりとドアが開き、先程の少女が顔を覗かせる。


「……次はないからな。」


ちひろは、首が折れんばかりの勢いで首を縦に振った。

そんなちひろの様子を見て、彼女は大きくため息をつくと小部屋の中へ足を踏み入れた。


「…で、お前は何を騒いでいたんだ?」


「いや、何かよくわからない間に極太の鎖で拘束されて身動き取れない状態にされたら誰だって気が動転するでしょ。」


ちひろのあっけらかんとした態度を見ると、彼女はおもむろにもたれかかっていた背後の石壁に触れた。

彼女触れた瞬間、彼女が纏っていたスーツが一瞬発光し、触れていた壁に小さな画面の様なものが映し出される。


「ふむ、お前は…。あぁなるほど、それはそうだろう。お前は少女誘拐未遂で現行犯逮捕されたのだから、処分が決まるまで厳重に拘束されるのは当然じゃないか。」


彼女は画面で確認した内容から、ちひろの処遇に納得した素振りを見せると、呆れた様な表情を向けた。


「おいまて、お前何見て勝手に納得してんだよ。」


「あぁ、これ?これはお前のプロフィールみたいなものだよ。お前の名前と罪状、拘束されるまでの経緯が簡単に書かれている。ほら、動物園とかでよく見るだろう?名前とか、特徴とか。あれと似た様なものさ。」


「俺は動物園の動物じゃないぞ…。」


「言葉の綾だよ。まぁ犯罪者なんて家畜と似た様なものだから、その場合正確には『動物園の動物以下』と形容するのが正しいけどね。」


「(…どうやらこの世界の人権とやらは、随分と極端なことになってるみたいだな。)」


さも当たり前の様に話す彼女の姿を見て、ちひろはここが異世界であることを改めて実感する。

それと同時に、『家畜以下』にカテゴライズされた自分のこれからを想像して、背筋に嫌な汗が流れた。


「(こりゃ、目の前の美少女ちゃんと会話が成り立っている今のうちに、何とか弁明してここから出してもらわないと本格的にヤバそうだな。)」


ちひろはスッと目を閉じると、先程の会話を1つ1つ思い返し始める。

会話の内容と現実の出来事に矛盾があったのなら、それは間違いなく誤認逮捕そのものだ。ここが異世界だろうが『逮捕』という概念があるなら、それは変わりないはず。

誤認逮捕が起きたのなら、よっぽどの裏がない限り普通に釈放される。

ちひろは、ゆっくりと頭の中で現実との矛盾を探し始めた。


「(———見つけた。)え、ちょちょ待って待って。少女誘拐未遂?現行犯逮捕?何言ってんだ、ほんと勘弁してくれって!」


これからの人生のかかったちひろは、それはもう必死だった。

少年は、相手を動かすには理論的に物事を説明するだけでなく、感情を揺らす必要があることも理解していた。

そのため、足りない頭をフル回転させつつ、身振り手振りで少々大袈裟なくらいに『身に覚えのない』演技を敢行する。


「…? 気でもおかしくなったのか?お前は確かに現行犯逮捕されたと記録が残っているぞ?」


「いやいや。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()女の子が取り出したボタンから変な光がでて、気づいたらここにいたところまでは覚えてるからそれは間違いないはずだ!」


そう。誘拐する意図がなかったとはいえ、ちひろはあえて人通りのほとんどない薄暗い小道で幼女(ターゲット)を狙っていた。

それは、自身のボロから生まれる不審な言動を他人に聞かれないため、そして幼女が周りの誰かを頼れない様にするためであり、ちひろは幼女に声をかけてからここに至るまで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「(誘拐は『未遂』だから、状況的に考えれば不審者ムーブをかましていた圧倒的に分が悪い…!)」


だからこそ、ちひろは現行犯逮捕の方をついた。

たとえ事件の内容に全く関係がなくとも、ちひろのプロフィールとやらに誤りがあったとなれば、本命の事件についての詳細の方も再捜査の可能性が格段に上がるはず。

そんな狙いの元、ちひろは今も瞳を潤ませ、表情を作りながら彼女の目を真っ直ぐに見つめている。


「(逮捕する側に、一度疑念が生まれてしまっては捜査はやり直し。少なくとも、俺の話を聞く機会くらいは生まれるはずだ。そこまで状況が傾いたら、もう釈放は目の前だ!)」


ちひろは、組み上げた釈放までの方程式による自身の勝利を確信し、表情とは裏腹に内心ニヤリと笑みを浮かべた。

しかし、そんなちひろの胸中とは別に、彼女は呆気に取られた様などこか困惑した表情を浮かべた。


「ちゃんと覚えているじゃないか。()()()()()()()()()A()T()A()()()()()()()()()()、記録に残っている情報と同じだし、間違いなさそうだな。」




「…えーてぃー、えー?」


ちひろの中で、釈放までの方程式がガラガラと崩れ去る音が聞こえた。




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