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転移、また転移。

「―――ここは、どこだ?」


 見慣れぬ街並み、見慣れぬ服装、見慣れぬ顔立ち。

 突如として視界が切り替わる様な感覚に見舞われた少年の胸中は、『困惑』という2文字で埋め尽くされていた。

 年頃の男の子なら一度は夢見る異世界転生。

 少年も、これが『お決まりの異世界転生』なら諸手をあげて喜んだだろう。

 何らかの死因で亡くなり、神様と邂逅して、何やかんやチートスキルを手にして面白おかしく異世界ライフを満喫する。

 それが異世界転生だ。それがあるべき展開だろう、と。


「…俺、家でポテチ食ってた最中なんだけど。」


 暖かな部屋で、柔らかいソファーに座りながらポテチを貪っていた少年は、ーー薄暗い寒空の中、硬い石階段に座りながらポテチの袋を手に惚けるという、何とも間抜けな風貌に様変わりしていた。

 そんな彼をチラチラと見る人々の視線も、少年と同じく『困惑』の色が濃い。

 突如として現れた人間に対する困惑、その間抜けな姿に対しての困惑、そして少年の容姿に対しての困惑。

 少年を見る人々は決まって、金や銀、白に赤に緑に紫に…、なんともカラフルな髪色をしており、少年の様な真っ黒な髪色が見当たらない。

 格好は、どことなく少年のいた世界の服装によく似ているが、所々でマントやらローブやら、身の丈に合わない大きな帽子やらを着用している人が群衆の中に自然に馴染んでいる。


 辺りを見回し、ポテチを一掴み。

 パリパリとした食感とともに、口の中に広がるコンソメ味を堪能する。

 つい先程まで、ソファーで食べていた時と全く同じ感覚。

 その変わらない感覚に、少年は目の前に広がる世界が夢や幻の類でないことを認識し、心の中でひっそりと行っていた現実逃避を切り上げた。


「…はろー、異世界。」


 少年は項垂れ、どこか諦めを孕んだ右手をゆっくりと挙げるのだった。




 —————


 物珍しさに集まっていた群衆がチラホラといなくなり、石階段に座り込む少年の周りにはいつしか人影がいなくなっていた。

 今もパリパリと残りのポテチを貪る少年の名前は 黒河(くろかわ) ちひろ(ちひろ)

 学校の同調圧力に辟易し、かといって反抗的な行動をとるわけでもない。 親や教師の望むままに動き、これといった主体性もなく、ただ受動的な毎日を送る。

 現在15歳という年齢で、一度も彼女がいたことがないことが密かなコンプレックスになっている様な『どこにでもいそうな少年』、それが世間一般的に黒河ちひろを称する適切な言葉だろう。


「そんな俺が、まさか異世界転生とはね…。」


 正確に言うならば、『転生』ではなく『転移』なのだが、ちひろの中で 異世界へ行く=異世界転生の図式 が成り立っているため、現時点でその違いに気づくことはない。

 ちひろはポテチを食べ終えると、袋をくしゃくしゃに丸めて寝巻きのポケットに突っ込み、重い腰を上げて立ち上がる。


「…さて、異世界転生あるあるの神様ナビゲートが無い以上、まずは自分でできることをやらないとな!」


『どこにでもいそうな少年』と称されるだけあり、ちひろは学校にテロリストが襲撃してきた際の対処法を細やかに妄想するほど、日頃から妄想に耽る時間は長かった。

 勿論、自分が異世界転生した際の妄想も既に脳内シュミレート済みのため、動揺から立ち直る時間はポテチを食べ終える数分で終わらせていた。


 ペロリと、指についたポテチのカスを舐め取り勢いよく立ち上がる。

 ちひろは自身の脳内シュミレート第一段階、『異世界人との交流』を実行に移した。





「あの、すみません。少しよろしいでしょうか。」

「…? 知らない人に声をかけられても答えちゃダメって、ママに言われてるからダメー!」

「異世界の防犯意識高いな! 大丈夫大丈夫、お兄ちゃん全っ然怪しくないし危なくないよー?」


 ちひろの記念すべき異世界ファーストコンタクトの相手、それは幼女だった。

 薄暗い小道に移動し、待つこと数十分。目の前を1人で通りかかった9〜12歳くらいの見た目をした幼女(ターゲット)に、ちひろは躊躇なく声をかけた。


「(ここは異世界、大人相手に情報収集なんてリスキーなことはできない。大抵情報の対価として金銭を要求されるのがテンプレート。無一文の俺にそんな対価は支払えないし、最悪、不審に思われて捕まったりでもしたら即詰みだ。)」

「(そこで、最初の情報収集相手は子供。特に比較的男の子よりも大人びている女の子相手なら、あまり警戒されることもなく、雑談感覚で情報を集められるはず…!)」


 側から見れば、奇怪な風貌の男が無害アピールをしながら幼女に近づいていく光景。

 どこかの防犯ビデオで見た様なシチュエーションだが、ちひろはそんなことを気にも留めず、幼女に詰め寄っていく。


「お兄さんね、少しだけ遠いとこから来たんだけど道に迷っちゃって…。」


 できるだけ人畜無害な人間を装いながら、全身をくねりながら全力で困っていますよアピールをする。


「(ふはははは、身晒せ幼女! 自分より年上の男がここまで情けない姿を晒しているんだ。少しは庇護欲というものが唆られるだろう? さぁ!お決まりの『しょうがないなぁ』から会話をスタートさせるんだ!)」


 対して、全身をくねらせるちひろを数秒見つめた幼女は、怯えるわけでもなく、憐れむわけでもなく、ただただ無感情にバッグの中へ手を入れた。


「(何だ何だ? 地図か? それともこの世界にもスマホの様な便利グッズが普及しているのか? 何はともあれ、この幼女が取り出すものは俺にとって貴重な情報源だ。 絶対に見逃すまい…。)」


 食い入る様に幼女の手元を凝視するちひろ。

 幼女がバッグから取り出したものは、地図でもなく、はたまたスマホでもなく、ただの無機質なボタンだった。

 ただその瞬間、ちひろの背中に嫌な汗が流れる。

 見たこともない、何の変哲もないボタン。

 しかし、このシチュエーション、幼女の持ち物、簡素なボタン。これらが導き出すボタンの用途に、ちひろは元いた世界にも似た様なものがあったことを瞬間的に思い出した。


「待ったお嬢ちゃん!!そのボタンから手を離すんだ————!!」


 ちひろの叫びも虚しく、幼女は躊躇いなくボタンを押した。



< ウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ——————————!!!>



 瞬間、ボタン全体が緑色に発光し、耳を切り裂く様な警報音が発せられる。


「くっそ、防犯ブザーの何倍の音量だよこれ!!鼓膜破れるぞこのレベル!」


 あまりの音量に、ちひろは耳を塞ぎながら膝をついてしまう。

 対照的に、音源のすぐそばにいる幼女は何事もない様に、そしてどこか面白そうにボタンとちひろを交互に見つめている。

 数秒の警告音の後、緑色に発行したボタンは幼女の元から離れ、ちひろと幼女を挟む位置で空中浮遊を始めた。


<< こちら公認探偵事務所アルシア。現在位置を把握、保護対象の安全を確認、転移術式を展開。>>


 ボタンから機械的な音声が流れ始め、今度は幼女とちひろを囲う様に、それぞれの地面に白い魔法陣の様なものが高速で描かれ始める。


「っな、なんだなんだ!? 探偵? 転移? くっそ!最高に異世界らしいイベントなのに素直に喜べねぇ!」


 ちひろはこの魔法陣が自分を脅かすものだと瞬時に判断。

 魔法陣の様なものが完成する前に早くこの場から離れなければと、幼女とは反対方向に足を踏み出して、地面に崩れ落ちた。


「あ、れ…?」


 立てない。

 正確には、立ち続けることができない。

 立ち続けることも、歩き出そうとしても、うまく体を動かせずに、結局その場で崩れ落ちてしまう。


「くっそ…、なんなんだよこれ。」


 そう呟いた直後、ちひろと幼女、そして奇妙なボタンはその場から姿を消した。


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